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君を攻撃する虹

作者: 円件

蝋梅( https://twitter.com/roubaititle )様よりお借りしたお題「君を攻撃する虹」にて、2017年7月7日に作成した短い話です。

 友達ができた。彼は白く眩んでいて目に見えない。体温は無い。物音ひとつ立てずにそこにいる。それは声を持っている。

「うん、私は頑張ったんだけどね、それを頑張ったって言ってもらえるかは別の話で、そう……あ。ごめん、暑いよね。今窓開けるから」

 安っぽい壁紙に囲まれながら、わざと声に出して答える。野暮ったい言い回しが空気の中に漂って、どこにも行かず、そのまま落ちていった。歪な鉛のようなそれは、跳ね返りもせずにフローリングの上でただ死んだように動かなくなった。

 友達はちょっと天邪鬼なところがあって、こうして私が話し掛けるとうんともすんとも全く言わない。そのくせぼんやりと考え事をしている時に限って、横からアドバイスをしてきたり、知恵を貸してくれたり、時には心にぴたりと合った音楽を流してくれたりする。気の利く良い奴だ。もっとお喋りがしたいと不満を言えば、それを叶えてくれるぐらいに、沢山の声をくれる。彼が喋っている時、私はどうしてもぼんやりとしてしまって、私が喋っている時はどうしてか彼の気配を感じない。別に聞いていないというわけではなく、後から答えてくれることも多いけれど、時間差のあるそういう仕組みが寂しいと言えば寂しかった。

まるで文通でもしているようだ。郵便を待つよりもずっと身近で早いけれど、時代遅れな道具に似たジレンマがある。そうやって次に投げつける為の文句を考えながら、手癖で何となくスマートフォンを触る。画面に映るのはいくつものアイコン。ニュース、SNS、写真投稿、文字投稿、本名、ハンドルネーム、ただの記号まで。指で触るだけで開く膨大な世界は、頭の中身が混ざって苛々する時に、気を紛らわすのに調度良い。私の親指が青い標識を触った。突然雑踏の中に投げ込まれた時のように、視界が狭くなって何かに圧迫された。

体が勝手にベッドへ転がり込んで、代わりに意識ばかりが冴えてくる。目がぎょろぎょろと動いて、勝手に沢山の情報が流れ込み始めた。天井の細く走った汚れが目に入ると、多分あれは壁紙が剥がれかけているんだろうと声が聞こえた。私はその横やりに、律儀になって答えた。ああ、確かにうちも古くなってきたから、そういうこともあるのかもしれない。それに何ていうか、あれは天井だから壁紙って言うのも何かと思うし、もう少し上手い言い回しが欲しいというか、ちょっと待ってその前に天井が剥がれてるっていうのは雨漏りの可能性とか最悪天井の亀裂とか、そういう可能性もあるんじゃないの、一応家族に相談しなきゃ、面倒だけど、面倒って言い訳にしたら駄目ってこの前あなたに言われたから私もそれ言い訳にしないって決めたんだ、偉いでしょう。

私の友達の声が、付け上がるなと辛いことを言いながら、一方で素直に偉いと褒めてくれる。転がった視界の端で、スマートフォンの画面が光っていた。魔法のランプにするように指でこすると、それは色とりどりに輝きを増す。ありとあらゆる人がそこに居るような、魅入られるような気分がした。


友達が痺れを切らしたように、珍しい声を上げた。

そういうのはあんまり好きじゃない。その声は苦いようで酸っぱいようで、気分が悪そうで、悔しそうで、なんだか疲れているようにも聞こえた。そんなことを言ってはいけないと、わかっているのにどうしても口から零れ落ちてしまったような、そんな小さな声だった。

私は起き上がって部屋を見渡す。友達は目には見えない。そこには居ない。けれどもスマートフォンの電源を落とすと、良かったのかと、控えめに訊ねる声がした。

良いんじゃないのと、私か、或いは友達が言った。目を閉じると、瞼の裏にうねる虹が見えた。私達は低い土手に行って芝生の上に座った。黒い空に掛かった虹を、二人で呆然と眺めていた。それは輝き方を変えながら、身を捩ってどこか遠くへ行こうとしていた。目を開ける。土手も虹も無い。私は汚れた天井を見ながら、また寝転がって、嫌に重くなった体を感じていた。意識の遠い所で、指先が何かを探しているような気がしていた。



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