第十話その3
<ラベンダー蜘蛛>は巨大の割に動きが速かった。
カシャカシャと両手のハサミを鳴らしているのは、威嚇行為だろう。
さっきからダリアとチーゼルの打撃が決まっている。
少なからずダメージがあり、怒りを露にしているということか。
「ダメね。皮が硬すぎて剣が通らないわ。」
スカーレットがワイの隣に来て呟く。
「私の剣でも無理です。」
アヤメも隣に来て言う。
「どれ。」
アヤメの言葉を聞いたスカーレットが魔法を発動する。
「さすがです。魔法剣士さん。」
スカーレットの魔法を見てアヤメが褒める。
スカーレットは、<風の刃>という魔法で蜘蛛のハサミを切断していた。
「うむ。俺がグラジオラスに次に覚えて欲しい魔法があれだ。」
後ろでカルドンがグラジオラスに言っている。
「でもこの魔法ね。燃費悪いのよ。」
スカーレットが疲れた声で言っている。かなり精神力だか魔力だかを使うということか。
「上出来よー!」
チーゼルが蜘蛛の横から飛び出してパンチを浴びせる。
蜘蛛の巨体が揺らぐ。
「アヤメ!手を貸すのだ。」
ダリアが走り出し、アヤメもはい。と返事をして駆け出した。
転ばせるつもりか!
「太郎。君に魔法は使えないかもしれないけど、剣も扱えないかもしれないけど、こういう戦い方だってできるのよ?これ持って。」
スカーレットがワイにワイなりの戦い方を教えてくれる。
ワイはナイフを握ってダリアとアヤメが蜘蛛の足を狙って攻撃している様を見ていた。
「いい?敵が倒れる位置を予想して先回りしておく。狙うべき場所は頭部よ。どんなモンスターでも頭は弱点のはずだから。」
つまり、倒れる位置を予測し、更に倒れた時に頭があるであろう場所へ先回りをしておくということか。
「そして大事なのは常に警戒すること。いつでも動けるように膝を軽く曲げて重心を落とす。かかとを軽く上げてつま先で立つイメージよ。」
なるほど。戦場ではコンマ何秒かが生死の境目。これが戦いに明け暮れたスカーレットとチーゼルの知識。
非力で魔法が使えないワイでも戦闘の役に立てる方法。
「倒れるわよ。」
ダリアのチーゼルの怪力パンチに加えて、アヤメが足元を切る。
蜘蛛がワイの方に倒れてくる。
ワイが予測した位置からはズレていたけれど、蜘蛛は見事に倒れた。
膝を曲げて重心を下げ、かかとを浮かせた状態だったワイは、普段より素早く蜘蛛の頭部付近へと到達する。
――サクッ。
大根とかに包丁を刺すのと同じような感覚が腕に伝わる。
「得体の知れない敵の場合は攻撃したら一旦退くか、立て続けに攻撃して留めを刺すかどっちかよ!」
そう言ってスカーレットがワイの横から剣を真っ直ぐに突き刺している。
蜘蛛はまだ生きていた。顎の牙でワイとスカーレットを攻撃してこようとする。
ワイは避けようとして転んでしりもちを着いてしまった。
「わわわ…」
声にならない声が口を衝いて出てくる。
「上出来よーん。」
チーゼルが蜘蛛の腹の上に乗り、ローゼルの矢を槍のように構えて突き刺した。
何とか蜘蛛を倒した。
何も出来なかった…やっぱりワイはこのパーティーの足手まといなんだろうか?
「太郎のナイフがなければ倒せなかったかもしれないわ。」
チーゼルが褒めてくれた。それに、と続ける。
「問題のモンスターが残ってるわ。」
<ミニブルードラゴン>だ。
ちょうどヒゴタイの砂の壁からその体を現した。
ロープは切られているようだ。
「あいつを足止めしたのも太郎よ。しっかりと役に立っていることを自覚なさい。」
チーゼルには敵わない。慰められながら激励されてしまう。
「グゴォー!」
<ミニブルードラゴン>が吠えた。
「耳を塞いで!」
スカーレットが注意したが遅かった。
ドラゴンの咆哮には体を硬直させる効果がある。
物語の鉄則だったのに。
ビリビリと咆哮が体を走るような感覚を感じる。
体が動かない。
「全身に頭でしっかりと命じて!動け!と。命じながら神経を集中して。」
チーゼルがみんなに言う。チーゼルとスカーレットは流石だ。咆哮を防いでいた。
ワイは、右手の親指に意識を集中させた。
『動け!』
頭の中で命じてみた。
命じながら親指に神経を集中して必死に動かそうとする。
ワイの視線はドラゴンから離せない。
「咆哮は訓練でどうこうなるものじゃないわ。咄嗟に耳を塞ぐしか対応方法がないの。」
スカーレットがみんなの体に触れて、新しい刺激を与えているのが目の端に映る。
ドラゴンはチーゼルを視線で追っていた。
――ピクリ。
動いた!集中することで咆哮の硬直から脱出できた。
しかし時間にして数十秒から1分。戦闘中においては命取りになる時間だ。
「太郎は自分で解けたのね。よかったわ。」
ポンと肩に手を置かれた。
その手をそっと握る。
「!」
驚いたスカーレットが手を引っ込める。
ワイ自身も驚く。何で自分はこんな行動を取ったのか、自分で自分が分からない。
体が硬直していた短い時間に、あれこれと考えが整理できたからか?さっき戦闘で役に立って自信がついたからか?
「ありがと。」
頬を染めながらスカーレットが小声で言う。
そのままドラゴンに向かって行ってしまった。
「そういうことは、戦いの後にするものだ。」
カルドンに言われてしまった。見られていたか。
「ま。他の者は気づいていないようだがな。」
ニヤリと悪戯っぽくカルドンが笑った。
「こんな時になんだが太郎。グラジオラスのことどう思っている?」
どうって。好きかどうかってこと?
声は可愛いけど見た目はねぇ。
スポーツ少女っぽいのもワイの好みではないんだよなぁ。
ワイが黙っているとカルドンが続けた。
「俺が告白しても君は怒らないか?」
怒らない怒らない。
そうか。とワイの表情を見て短く応えたカルドンは、グラジオラスの隣に歩いて行った。
ワイは再び目の前のドラゴンに意識を集中した。




