第五章その2
ガバッと眠りから覚めたかのようにワイは起き上がった。
あれ?確か<笑う木>に刺された…いや刺されてない。
それよりもおかしな夢を見た気がする。
神を祀った村とその村人が神の軍勢の幹部と話している奇妙な夢だった気がする。
よく思い出せない。
ふと周りを見ると、部屋の中だった。
ベッドには仲間たちが横たわっている。
看病をしてくれている初顔の2人が驚いた表情でこちらを見ている。
「びっくりしたぁー。急に起き上がるんだもん。」
可愛い顔した少女が言う。
「いきなり起き上がらない方がいいわよー。」
こちらはオカマだ。
2人とも女子高生みたいな恰好をしている。制服姿だったが色々と対照的だった。
点々とだが先の戦いを思い出してきた。
枝に刺されそうになったワイを助けてくれたのはこの2人だ。
確か名前は可愛い方がスカーレット、オカマの方がチーゼルだった気がする。
あの時、ワイ達パーティーは全滅仕掛けていた。
ワイに木の枝があと少しで刺さるという時に、スカーレットの声が辺りに響いた。
「こっちよ!」
<笑う木>はその声につられて攻撃をやめた。
高校生の制服を着ていながらも、筋肉ではち切れそうな異質な出で立ちのチーゼルは、その筋肉で蜂と蟻の群れを追い払い、すぐに毒消しを使って仲間を助けてくれていた。
「ラベンダー山へ向かうのに毒消しの類も持たないなんて、自殺行為よ?」
と怒っていたっけ。
仲間が助かったと思ったワイは、緊張の糸が切れてそこで意識を失ったんだ。
「みんな瀕死の重傷だったけど、命に別状はないわ。」
スカーレットが優しく微笑んでくれる。
依頼は失敗だ。
「どうしてあんな危険なところにいたの?見たところ、ベテランのパーティーってわけでもなさそうだし。」
ワイを横に倒しながらスカーレットが訊ねてくるので、ワイは、オネェ受付の依頼を話した。
「なるほどねぇー。生態系の調査は確かに重要だけど、あなた達じゃ無謀もいいところよ?」
チーゼルが鼻毛を引っ張りながら言う。ふうっと息を吹きかけて抜けた鼻毛を飛ばしていた。
汚っ!命の恩人に失礼だけど汚い!
よく見ればチーゼルは驚く程高校生の制服が似合っていなかった。
腕も髭も足も毛が濃い!更には胸板が筋肉で厚すぎている。
なのに、白のパンツが見える程のミニスカだ。パンツもはち切れそうだし。こんな女子高生絶対に嫌だ。
「なぁーにぃー?私の足何かついてるー?ってやだぁー。パンツが見たかったのぉー?もぉー。特別よー?」
いや。見たくない。
変な風に思われるのも嫌なので話しを逸らすことにした。
「助けてくれてありがとうございました。お2人は、なんであそこにいたんですか?」
「私たちは山の先のラベンダー湿原に向かうところだったの。」
スカーレットが応えてくれた。
「私たちも別に急ぎの用事じゃないけど、道中にモンスターにやられそうになってるパーティーがいるじゃない?しかも勇者のパーティーなら助けなきゃって思ったのよ。」
チーゼルが後に続けた。
やっぱり勇者はこの世界に必要な存在なんだ。さっきの夢もなんかそんな感じだった気がするし。
「せっかくだし、私たちと行動を共にしない?生態調査も手伝うからさ!」
スカーレットがワイの手を取ってくれる。可愛い。ヒゴタイちゃんもいいけどスカーレットちゃんもいい。
「その代わりに、きちんと魔王ブッドレアを倒してちょうだいね?」
横からずいっとチーゼルが顔を覗かせてワイの手を握る。
キモい。
それにしても、やはり勇者は魔王ブッドレアを倒すことが使命なのか。どう見ても悪い人には見えないんだよなー。
「目的は分かってるわ!<神の村>でしょう?」
目を輝かせながらチーゼルが言う。<神の村>って確かワイがさっき見た夢の?
「そこに行けば魔王ブッドレアを倒す手掛かりが掴めるって話だし。ブッドレア配下のカラードラゴンもついでに倒そうって魂胆でしょ?」
ニコッとスカーレットが微笑む。
「カラードラゴンって、レッドドラゴンとかブルードラゴンとか?」
「そうよぉー。カラードラゴンを倒すかどうかで、ブッドレアとの戦いが楽になるかどうかが決まるって話だわー。」
ツインテールの毛先を指に巻きつけながら、チーゼルが当然とばかりに言う。
ワイらは当面安静にした後、再び生態調査をしつつラベンダー湿原へ向かうことを目標とした。
●
みんなの傷が癒え、体調が万全になり、生態調査を終えた夜、オネェ受付とワイらは酒場で話し合いをした。
「つまり、ラベンダー湿原の霧が山を包みつつあるってことね?」
オネェ受付が言うように、ヒゴタイとアヤメが向かった箇所は、ラベンダー湿原と同じ異様な空気に包まれていた。
「それも、モンスターの強さが半端なくなってるっぽいのよぉー。私たちでも迂闊に手が出せないわ。」
チーゼルがグビッとビールを飲みながら応える。
制服を着ているがチーゼルは25歳らしい。
「<制服姉妹>でも厳しいとなると、ブルードラゴン討伐は後回しの方が良さそうね。」
オネェ受付がそう結論付けた。
<制服姉妹>とは、スカーレットとチーゼルの二つ名だ。
生態調査の結果、ブルードラゴンが大人しいならば討伐隊を送るつもりだったらしい。
「討伐隊でブルードラゴンが倒せるものなのですか?」
素朴な疑問をワイが投げかける。
討伐隊だけで倒せるならば、依頼を出す必要がない気がするからだ。
「倒せないこともない。やり方はいくらでもあるからな。」
驚いたことに、返事をしたのはカルドンだった。
「ただ、街の防衛機能を使うよりも依頼として出した方が安上がりだから、依頼として出しているのだろう。」
なるほど。そういうものか。討伐隊でも倒せるけど、それよりも依頼の方が楽だし街の戦力を減らさずに済むということか。
「じゃああなた達の当面の目的はどうなるの?ラベンダー湿原も抜けるの難しいんでしょ?」
オネェ受付が聞いてきた。確かにそうだ。ワイとしては別に目的もなくダラダラと過ごしてもいいんだけど。
「私はこの街を拠点にして、少しモンスターとの戦い方を覚えた方がいいと思うの。レモングラスの森やレモンバームの丘なら手頃のモンスターもいるだろうし。」
スカーレットが提案する。
「そういえば、もう1つの依頼はどうするんですか?」
思い出してワイが訊ねる。
そう。依頼はラベンダー山麓の生態調査とミント洞窟3階層の生態調査だったはず。
「ミント洞窟は今危険なのよ。」
スカーレットがため息交じりに言う。
「カラードラゴンこそいないけど、魔物の巣窟って言われてるだけあって危険なモンスターがわんさか出てくるのよね。」
やれやれとオネェ受付も言う。
「癪だけど、エルフとドワーフに援助を要請した方がいいでしょうね。」
オネェ受付から異世界っぽい種族の名前が出てきた!
「援軍要請か。となると勇者の出番ってわけか。」
ローゼルが訳の分からないことを言う。
別にワイじゃなくてもいいだろうに。まさかそれも勇者の仕事とか言うのか?
「大変ですが勇者様。頑張りましょう。」
グラジオラスも異論なしのようだ。解せん。
「太郎。この世界では君だけが頼りなんだ。よろしく頼むよ。」
ポンとカルドンに肩を叩かれた。
「太郎ちゃんは僕が守ります。」
優しいねヒゴタイちゃん!
「はぁ?あんたには無理!ウチが勇者を守るよ。」
出た。名物ワイの取り合い。
あれ?ここでふと思い出した。いつも騒がしいダリアが大人しい。
そういえば、ここ最近ずっと大人しい。
ダリアを見ると、俯いたまま何かを思いつめたような表情をしていた。
そりゃそうか。このメンバー全員がダリアの父親の首を狙ってるんだもんな。
ワイとしても、いい加減そろそろ気持ちを固めないといけないな。
場合によってはダリアと敵対するかもしれないけど。
ワイらの方針は固まった。レモンバームの丘を抜けてその先の街へひとまず向かう。その後、エルフの森へ入り援軍要請の許可を得る。
《依頼内容》
・エルフの森で援護の許可を得る
●
その夜、ワイは久しぶりにダリアと2人きりで話をした。
「どうしたダリア?」
分かりきってはいるが、ダリアにかける言葉が見つからず、そう声をかけた。
「タロー。」
今にも泣きそうな声だ。
「ダリアはどうしたらいいのだ?パパを殺されるのは嫌。でもタローとさよならするのも嫌。パパからは戻って来いって言われた。ダリアはどうしたらいいのだ?」
きっと魔王にもワイらの行動は筒抜けだろう。
ワイがどんどんパーティーを集めているのも知られているはずだ。
最初こそ、あんな風に言ってはくれたが、やはり自分と敵対する者を認めるわけにはいかないだろうし、簡単に殺されることもないだろう。
魔王の言葉はもっともだ。
ダリアは魔王の元に戻るべきなのだ。元々ワイとは住む世界が違う。ワイだってダリアを嫌いではないが付き合えるか?結婚できるか?と聞かれれば答えはノーだ。
それは住む世界が違うってのも大きいけど、やっぱりまだ好きとかよく分かんないし。
情が移る前に別れた方がお互いのためだろう。
「正直、俺にもよく分からない。でもみんながダリアのお父さんを狙っていることだけは確かだ。ダリアだけ違う方向を向いて進むことは出来ないと思う。今までは騙し騙し、モンスター討伐って名目にしてたけど、今は違うし。」
ワイは正直に話した。
「タローはどうなのだ?タローもダリアとパパを倒したいのか?」
「いや。俺は倒したいとかは思わないよ?でもそれが勇者の役目って言われたら何だか断れない気がするんだよね。」
「倒したいとは思わないんだな?ダリアのことも嫌いじゃないんだな?」
ダリアが目をうるうるさせながら顔を上げる。
「そりゃあそうでしょ。俺が初めて出会ったのがダリアで、2番目がお父さんだよ?嫌いになる理由がないし、倒したい理由もないよ。」
これがワイの本心だ。
情けないけど、周りがやれと言うからやるだけ。ハブられないように同調するのと一緒だ。
「それならダリアは最後までタローの傍にいるのだ!」
急に笑顔で抱き着いてくる。
「でももしかしたら敵になるかもしれないんだぞ?」
「そうなったらダリアは喜んでタローに殺されるのだ。」
顔が近い。
「ダリアにとってタローは全てなのだ。」
にこりと微笑む。やっぱり可愛いな。ダリアが目を閉じて口をこちらに傾けてくる。
これは!噂に聞くキスというやつか?
アニメや漫画、ゲームの知識をフル活用してワイは片手でダリアの涙を拭う。
そのままキスをしようと目を閉じた。
「あらぁー?2人で何してるのかしら?まっ!あんた何抜け駆けしてるのよ!」
ワイのファーストキスはチーゼルによって阻止された。
「なんなのだお前は!ダリアはこれからタローと接吻をするのだ。邪魔をするな。」
接吻って言い方やめて。
「そんなの許さないわよ!」
――!!
無理やりワイはチーゼルにキスされた。
ワイのファーストキスはこうして奪われた。
いや、オカマならカウントしなくていいか?
「何してるのだ!」
ダリアが怒る。
「恋は早い者勝ちなのよー!」
オホホホホホー。と笑いながらチーゼルが逃げ出し、ダリアがそれを追いかける。
やれやれ。また騒がしい日々が戻るのか。
この時のワイはまだ気づいていなかった。
いや、知らなかっただけかもしれない。
人間の悪意というものを。
夜空に輝く星たちが、優しく見守ってくれているような気がした。




