#06 テンプレは外れない
窓から差し込む日差しの明るさで目を覚ました私は寝ぼけつつ周囲を見渡す。
「・・・ここは『見知らぬ天井だ。』って言うところなのかな。
実際に自分で口にするとは思わなかったけどね。」
そうつぶやいて上体を起こすと、それに気がついて隣のベッドでルミーナが目を覚ます。
「う、うーん・・・、あっ、おはようハバネ、よく眠れた?」
耳をピクピクふるわせながら笑顔で挨拶するルミーナ、おもむろに天井を向いて両腕を伸ばし、その腕を勢いよく振ってガバっと上半身を起こす。
「よっと、いつもならリーリィ起こして朝の鍛錬するんだけど、今日はお休みでいいかな。
とりあえす、ハバネのこと落ち着いたら三人で一緒にやろ♪」
「うん、私も早く馴染めるように頑張るね。これからもよろしくぅ。」
お日様のような笑顔で話しかけられ、同じく笑顔で答える。
そして二人してベッドから出ると、タオル代わりの手ぬぐいをルミーナから受け取り、裏庭の井戸へ顔を洗いに向かう。
この手の宿屋はたいていトイレと水場は裏庭にあるのが普通で、体の汚れを落としたり、道具の洗浄や洗濯なんかはそこでするのが普通なんだって。
「うーん、むにゃむにゃ、私も、ドローンに、乗る・・・・」
そして、朝に弱いリーリィはそんな二人に気づくことなく、いまだ夢の中にいた。
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「そろそろギルドも落ち着いてきただろうから、私たちも出掛けようか。」
ハンターギルドでは、条件の良い依頼を取り合うために早朝からしばらくはいつも混雑しているらしい。
今日の私たちは依頼を受けるつもりがないので、その時間帯を避けてギルドに行こうというルミーナたちの提案に従う。
いつもよりノンビリと朝食を終え、しばらくまったり過ごしていたのもそのためだ。
宿と出てギルドへ向かう道すがら、一つの懸念を口にするリーリィ。
「ギルドで、新人、よく絡まれる。
ハバネ、見た目、態度、ハンターっぽくない、から、目を、つけられそう。」
はいっ、フラグきましたぁ!
目につきやすく、それでいて弱そうな新人というのは、えーかっこしたがる連中にとって絶好のカモという図式は、この世界でも外せないテンプレらしい。
あとになって知ったことだが、黒目黒髪というのは皆無ではないが結構珍しい容姿らしいので、それを含めての注意喚起だったようだ。
だけど、ラノベみたいに軽くあしらうなんて、私にはかなりハードルが高い、というか確実に無理だよね。
どうしようと考え込んで立ち止まってしまった私の様子に、ルミーナは一つ思いついたことを口にする。
「あのさ、私達を助けたときみたいにあの何だっけ、ドローンだっけ、
あれを呼び出しておいて、いつでも対応できるようにしておいたら、どうかな?」
「あの子たちを出したままにするの? もっと目立つんじゃないかな・・・いいのかな?」
「みんな不思議がったり、珍しがったりするだろうけど、よく分からないからと警戒してくれると思うよ。
それで手を出すのを躊躇ってくれるかもしれないし。」
この世界の成人に近い年齢にとはいえ、その常識を踏まえても見た目が幼いらしい私。
今後、周囲から舐められないためにドローンという能力をある程度見せたほうが良いということなのだろう。
そういう考えもアリかなと思った私は、身を守るためのドローンを呼び出すことにする。
「セイバー、テクト、おいで。」
私の呼び声に応え、手のひらサイズのドローンが2機出現する。
黒鉄色の斬撃型ドローン『セイバー』と白銀色の防御型ドローン『テクト』だ。
「とりあえず、この子達なら剣や盾の代わりになると思うから、この子達に守ってもらうことにするね。
私の代わりに敵を切るセーバーと、シールド魔法で私を守ってくれるテクトだよ。」
2機のドローンを両肩上空に浮かべて、ルミーナたちとギルドへ向かう。
耳を澄まさなければ聞こえないほどの微かな羽音をさせて、ドローンは正確なポジショニングで追従してくれる。
ハンターギルドの特徴でもあるスイングドア(西部劇の酒場のドアと言えばピンとくる人もいるだろう)を通り、受付のあるカウンターに進む三人。
数は少ないがギルドに居残っていた冒険者が、依頼書の貼ってある掲示板やテーブルが置かれた飲食スペースで酒らしきものを飲んでいるのをそれとなく観察する。
そこにいる皆が私たちへ興味深げな視線を向けているのだった。
居心地の悪さを感じつつも、空いた受付を見つけそこへ向かうと、ルミーナがギルド職員らしき女性が声をかける。
「ナタリアさん、おはようございます。」
「あらっ? 貴方たちは昨日はじめて依頼を受けたんだったわね。無事帰還できたようで安心したわ。
それで、今日は依頼の完了報告?」
「いえ、依頼はまだです。今日はこの子の冒険者登録に来ました。
あと途中で倒した魔物の買取もお願いします。」
そう言ってルミーナは私をカウンターの前に押し出す。
「へぇー、見掛けない顔ね、黒目黒髪も珍しい・・・。
それになにか変わったモノ連れてるわね。それ従魔? いや違うわね、魔道具かしら?」
ドローンをモノ珍しそうに観察するギルド職員のナタリアさん。
ハンターは自衛ために自分の能力を隠すのは常識、なのでナタリアさんもドローンへの追求はせずに話を進める。
「依頼をこなすために二人で森に入ったんですが、そこでマッドベアに遭遇してしまって襲われたんです。
私たち、もう駄目だと死を覚悟したところにこのハバネが現れてマッドベアを倒して助けてくれたんです。
あっ、これ証拠に持ってきたベアの爪です。」
事の経緯の説明をしながら、証拠になるからと取っておいたクマの爪をカウンターに出したところ、横から怒鳴るような荒い声が上がった。
「おいおい、ちょっと待てよ!
新米がうろつくような場所にマッドベアが現れたうえに、それをこんなガキが倒しただって?!
んな馬鹿なことあるかぁ!! ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!!
いくらなんでもフカシ過ぎだろ。冗談も休み休み言いやがれぇ!」
双剣を十字に背負った見るからにガラの悪そうな筋肉男が突然話しに割り込んできたのを見て、
『フラグ回収、キタッーーー!』と私は心の中で叫んでいた。
「おい、そこのガキ!、本当にお前がマッドベアをやったのか?」
カウンターの爪を一瞥し、それが間違いない本物だと分かると、男はさらに表情をキツくし怒鳴るように詰め寄ってくる。
私は、その迫力に怯みながらもコクンと頷いた。
「ならその実力、俺が試してやるよ。おいお前ら、行くぞ。」
「ちょ、ちょっと貴方たち、何するつもり?!」
男の仲間と思われる男たちに囲まれ、私たちは追い立てられるようにギルドの裏手にあるという練習場へ連れて行かれる。
キルドは基本的に犯罪に類する行為でない限り、ハンター間のやり取りに不干渉がルールなので、担当していた女性も黙って成り行きを見ているしかなかった。
良くも悪くも自己責任、というのが暗黙の了解であり、些細なイザコザまで対応していられないというギルドの本音もあるんだろう。
ギルドの裏手には、簡素の円型闘技場のような場所があり、普段はハンターたちが自主訓練したり、ベテランが新米に指導するなどいったことに使われている。
無理矢理、私を引っ張り込んだ筋肉男は、私に向かって双剣を抜き放った。
「さーてと、お前戦士系に見えないが魔法使いか? それともその妙なちっこい従魔で戦うのか?
わははっ、まあ、どっちにしてもたいしたことなさそうだな。
すぐにマッドベア殺ったのがハッタリだってハッキリさしてやんよ。」
大笑いしながら挑発かます筋肉男に向かって、怯えて腰が引けるのを抑え込み、なけなしの勇気を引っ張り出して言い返す。
「う、嘘じゃないし・・・、セイバーたちだって、あ、あんたなんかに負けないんだからぁ!!」
「聞こえねぇなあ! とりあえず、これ喰らってとっととお寝ンネしなっ!!」
大声で言い放つと筋肉男は片方の剣を振りかぶり、私の頭を目掛けて思いっきり振り下ろしてきた。
生半可な武器など簡単に叩き折りそうな勢いで迫る太刀筋に、周囲の誰もがこれで終わったと思ったみたい。
次に瞬間、『カキーン!!』と硬いもの同士が激突する衝撃音が鳴り響いた。
「「「「「な、なにっ?!」」」」
練習場中の驚愕の視線がすべてこちらを向いている。
そこにあったのは、私の眼前で白銀色の小さな飛翔体が透明な円盤のようなものを展開し筋肉男の剣を受け止めている予想外の状況だった。