#10 音の破壊魔法
妖精が得意とするのは風魔法だと言われている。
風を自由に操り、遠くの声を聞いたり、遠くへ声を飛ばしたり、つむじ風や竜巻を起こすとも言われているらしい。
目の前の妖精も魔法を使ってデススパイダーを倒すという。
なら、私たちができることは、その舞台を整えることだ。
こうして、妖精を含めた四人での作戦は決まった。
妖精はその身の魔力を練り上げ魔法発動の準備を始める。
そして、その間に私たちがするのは蜘蛛によって張られた斬糸のワナを排除して戦闘のための空間を確保すること。
ルミーナに守られたリーリィが、離れた場所から魔法による陽動攻撃でデススパイダーの注意を引き、私の斬撃ドローン”セイバー”が周辺に張り巡らされた斬糸を切り払う。
デススパダーの糸であっても、強化魔法を施したステンレスの回転刃の敵ではないのだ。
セイバーを捕らえるため、また外れてもそのまま斬糸のワナとするため、高速で糸を放つデススパイダー。
リーリィは嫌がらせの攻撃魔法でデススパイダーを撹乱していく。
周囲に罠のない広い空間が確保されると、勢いよく妖精の乗るドローンが飛び込んできた。
「私の魔法が効き始めるまで少し時間を稼いで!」
そういって、デススパイダーの周囲を高速で旋回し始める。
妖精ドローンの邪魔にならないよう絶妙なコース取りで、新たに張られた斬糸を切り裂くセイバー。
攻撃に集中させないよう、タイミング良く攻撃魔法で嫌がらせを続けるリーリィ。
ルミーナはリーリィに向かう糸攻撃を身を挺して切り防ぐ。
不意に、お腹の中心が震えるような不愉快な振動を感じ始めると、すぐに周囲を震わせるような重低音が響いてきた。
その重低音も時間とともに音色が高くなってゆくと、じきに頭痛を感じるほどの高音へと至る。
その不快な高音もすぐに聞こえなくなってしまうのだが、耳の良い獣人であるルミーナだけは少しだけ長く頭痛が続いていたようだ。
そんな音の変化の中、妖精ドローンは変わらず、周囲を高速で旋回し続けている。
音が聞こえなくなると、デススパイダーに変化が現れる。
その体がブルブルと細かく震えだしたのだ。正確にはデススパイダーの乗る蜘蛛の巣が振動していたのである。
次第に振動が大きくなっていくのだが、しばらくするとその振動も徐々に収まっていく。
そして動くもののない静寂が訪れる。
ふいに響く音があった。
「パキン!」「ピキンッ!」「キ、キン!」
周囲に残っていた蜘蛛の糸があちこちで寸断し始めたのだ。
そんなさなかも旋回を続ける妖精ドローン。
気がつくと、デススパイダーを支える1本の糸を残して、すべての糸が切断されていた。
いや、それだけではない。デススパイダーの表面もヒビ割れたようにボロボロになっており、所々に裂傷を起こしていた。
その光景を見て私は、今目の前で起きていたのが何だったのかを理解した。
「これって、共振のよる振動破砕だ! 超極低周波をデススパイダーの固有振動に合わせて叩き込んだの?!」
私がTVの実験番組で見たある実験を思い出していた。
ワイングラスに向けて人が発する声だったか、高周波を発する装置だったかで音波を当て続ける実験で、しばらくすると直接触れていなかったワイングラスが突然砕けたのだ。
共振現象を見せる割と有名な実験だったはず。
今目の前のデススパイダーにも全く同じことが起きていたのだろう。
「これは、お前に食らった傷のお返しだ!」
そう叫んで、ドローンの周囲に渦巻くような新たな風魔法を纏って、デススパイダーに突っ込んでいった。
高速の移動による残像がデススパイダーと重なる。
次の瞬間、胴の部分で真っ二つに切り裂かれたその身体が地面に叩きつけられていた。
空中でホバリングするドローンの上で勝ち誇ったように仁王立ちする妖精。
そのとき、折れた翅にまとわりつくような黒い靄が現れたと思うと、すぐに霧散して消えてしまう。
たぶん、かけられていた呪いが解けたんだと思う。
その様子を見ていたルミーナたちも私の側に集まってきて、勝利に酔う妖精を笑顔で眺めていた。
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ドローンに乗って妖精が私たちのところにやってきた。
「ありがと、ありがとね! アタイのためにここまでしてくれてさ。
正直、どうしようもなくて、かなり精神的にヤバいトコまで逝っちゃてたんだぁ。」
さっきまでの雰囲気がまるで変わった、陽気でハイテンションな妖精がそこにいた。
「翔べないとさぁ、まともに魔法が使えないしぃ、なのに翅があんなになっちまって。
アンタらに会えなきゃ、たぶんアタイ死んでたかもな。
だから、ほんとに感謝してるんだぜ、ホントありがとな!」
以前のクールでストイックな感じに見えたのは、単に絶望して自暴自棄になっていただけだったみたい。
「全然別人! いや、別妖精かな?」
「基本、妖精は、陽気、なのが普通。」
あまりの豹変ぶりに三人揃って苦笑し合う。
「でさぁ、助けてもらったのに図々しいんだけどさ・・・・」
急にもじもじっと言い淀む妖精。
「こ、この変な乗り物、ドローンだっけ。これアタイにくれないか?
これ乗ってるとすっごく楽しいんだよぉ。だからアタイ、スッゲー気に入っちまった。
なあ、なあ、いいだろ。いっぱいドローン持ってるんし、1個ぐらい、なっ!」
突然、おねだりされましたぁ!
まあ、この妖精のためだけに創ったドローンだし、イイんだけどね。
「この子、妖精さん用に造ったから他に使い道ないし、それに翅だってすぐに治るわけじゃないんでしょ。
だからこのままずっと乗っててもいいよ。」
「ホントかぁ! やったぁ!
んじゃさ、今度はアタイがお礼しなきゃな。」
そう言って、器用にドローの上で胡座を組んで考え込む妖精。
「よし、じゃこれからアタイも仲間になってやる、何かあったら助けてやるよ。
アタイの魔法見ただろ。強い魔物もアタイがやっつけてやるよ!
あっ、そういえばまだ名前言ってなかったっけ。」
そういうとビシッっと私たちを指差す。
「アタイの名前はフィーリア。これからよろしくなっ!」