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灰の街

作者: クッキー


その街は酷く静かだった。


来る者拒まず。

しかし一度入ればもう戻れない。



真っ白い灰が降り積もり幻想的で、そしてなにか気味が悪い、そんな街だ。



「ねぇ!」

後ろから聞こえた少女の声に僕は少し足を止めた。

しかし、また振り返ることなく歩き始めた。

「ねぇ!君!」

先ほどより少し強い声が聞こえた。

諦めて後ろをむくとそこには僕と同じくらいの少女がたっていた。

「やっとこっち見てくれた!」

少女はこの街に似合わない眩しい笑顔でそう言った。白いワンピースが街に順応しているのにまるで明るさを失わない太陽のように存在が明るかった。太陽のないこの街には、明るすぎる存在のように思えるけれど。

「……なに?」

自分でも驚くほどしゃがれた声だった。

それもそうだ。声なんていつぶりに出したのかも覚えていない。そもそも人と話すこともどこか遠くの記憶だ。

「駅に行きたいの!どこにあるか案内してくれない?」

少女はそう言って笑った。

何も知らずにここに来たのだろうか。

「…ここに駅はないよ。」

「へぇ!そうなの?」

手を当てて驚く少女はここに来る人間とは思えないほど感情が豊かだった。

「ホントだよ。この街には灰をかぶった家と灰が浮いた白い海しかない。」

僕はそう少女に告げた。

「海!海があるんだ!じゃあそこへ案内してくれないかな!」

そう言って僕がなにか答えるより先に少女は僕の手を握った。

「さぁ!行こ!」

断るという選択を完全にかき消され僕は少しため息をついた。

「何も無い海だよ。」

「いいんだよ。」

「そうかよ。」

何故か少女を見ると落ち着かない心に僕は皮肉めいたものを感じながら歩き始めた。

「こっちだよ。」

「ありがとう。」

彼女はまた笑った。

心なんてもちあわせてない体は少し暖かくなったようだった。





_____________________________________________




「ねぇ!」

白く少し煙った空が広がる街に入って前を歩く少年を見つけた時は心做しか安堵した。

それから声をかけるのはすぐだった。自分でも行動力がある方だと思う。

しかし少年は少し止まり、また何事も無かったかのように歩き出す。白い半袖の服に長いズボンも同じく白。街の中に溶け込んでいるその少年はまるでこの街の一部のようだった。

「ねぇ!君!」

もう一度声をかける、少年はまたピタリと止まりわかりやすくため息をつくとくるりと振り返った。

「……なに?」

見るからに不服そうかと思ったが割とそんなことは無く。どちらかと言うと無表情だった。

「やっとこっち見てくれた!」

そう笑顔で言う。

笑顔なんていつぶりだろう。

けれどなんでか自然な笑顔ができた。

「駅に行きたいの!どこにあるか案内してくれない?」

駅に行きたい訳では無い。ただ終着点を想像したら駅だと思っただけだ。

「…ここに駅はないよ。」

少年はひどくしゃがれた声でそう言った。自分でも驚く事だったのか、言いながら少し首をかしげていた。

「へぇ!そうなの?」

少しオーバーリアクションだったかもしれないがわざとらしくそう言った。少年は相変わらず無表情のままだった。

「ホントだよ。この街は灰をかぶった家と灰が浮いた白い海しかない。」

そこで私は目的地がハッキリとわかった。

「海!海があるんだ!じゃあそこへ案内してくれないかな!」

そう言って私は少年の手を取った。

少しその感触には懐かしいものを感じた。

「さぁ!行こ!」

少年は困惑したように少し眉をまげた、しかしやがて折れるように首を落として小さくため息をついた。

「何も無い海だよ。」

そう答える少年に私はニッコリと微笑んだ。

「いいんだよ。」

「…そうかよ。」

そう言って少年は手を軽く振り払うように離させるとすたすたと前を歩き始めた。

「こっちだよ。」

そう言って歩き始めた少年の横にたって言った。

「ありがとう。」

今まで無表情だった彼は少し顔を赤くした。




_____________________________________________



白い海は彼女とあった場所から数キロ先にあった。

「ねぇ、君はここに住んでるの?」

歩いてる中、彼女はそう話しかけてきた。

「…そうだよ。」

住んでるという概念自体感じたことがなかった。僕はただここに居るだけ。そういう生き物だと思っていた。だからここにいる時の記憶はほとんどなかった。

「そうなの!じゃあここら辺の家にも誰か住んでるのかな!」

そう言いながら彼女は白い家々の扉を見つめる。

けれど開いた気配を感じない灰に埋もれた扉はとても人が住んでいる気配は感じなかった。

実際ここには人は住んでいないのだろう。

けれど彼女は特に残念がる様子は見せずただ少し笑っただけだった。

「そういえば君はいつからここに居るの?」

その質問に一瞬頭が静止した。

「……忘れた。」

そう絞り出すような声で告げると彼女はまた少し笑って、そっか。と言った。

なぜだか彼女の笑顔は僕の無いはずの心にノックするように、いちいち軽い衝撃を与えてくる。だから今度は僕が質問した。

「…君は海に行って何をするの?」

横を歩く彼女が初めて顔を曇らせた。

涙こそ出なかったが、少し泣きそうにもなっていたのかもしれない。

「……知りたい?」

逆に聞き返されて僕は見つめられてる視線からそっと顔を逸らした。

「別に…いい。」

逃げたのは分かっていた。

何故だか脳が理解することを拒否しているようだった。

目の前には変わらない白い灰を被った家々が左右に続いている。

まだそんな景色が変わらずに続いている。

同じ景色のはずなのに、少しいつもより威圧的に感じてしまう。

彼女はどうしてここに来たのだろう。






_____________________________________________



歩き始めたあと沈黙が気持ち悪くて私から声をかけた。

「ねぇ、君はここに住んでるの?」

少年は隣ですたすたと歩きながらただ、そうだよ。とだけ呟いた。

「そうなの!じゃあここら辺の家にも誰か住んでるのかな!」

会話が途切れるのが嫌で私はそう言うと左右に広がるなんの代わり映えもない白い灰をかぶった家の扉を見る。

しかしなんの擦れたあとも見当たらない扉は人が住んでるようにはとても思えなかった。

別にわかりきっていたことだから悲しいことも無いのだが会話が終わってしまうことはなんだか嫌だったのでまた質問を重ねることにした。

「そういえば君はいつからここに居るの?」

その言葉に少年は少し戸惑ったように歩みを止めてまたぼそっと、忘れた…と言った。

彼は覚えてるのだろう。脳ではなく体が。

「そっか。」

私は少し悲しそうに笑ったのかもしれない。

けれど私は覚えている。

だからこそ言えないのだ。

そんなことを思っていると彼はまた歩み出して私の方を見ると無気力な口の動きで私に質問した。

「…君は海に行って何をするの?」

頭が真っ白になった。

だって知っているから。

この世界がなんなのか。彼が何者なのか。

そしてその海と呼ばれている場所で何をするのか。

私はじっと彼をみていた。

彼は少し困ったような顔をした。きっと私は今笑顔ではないのだろう。

「知りたい?」

そう言った私に彼は顔を逸らして、別にいい。と言った。

彼はきっと少し思い出したのかもしれない。

けれど、まだ私から言うべきじゃない。

彼の横に少しかけていって彼の歩みに合わせる。

まだこの時間は少しの間終わらない。

だから、もう少しだけ…。


_____________________________________________



「……あれが海。」

そう言って僕が指さした先には街がただ消えただけの平野のような場所が開けていた。

「……海?」

彼女は少し怪訝そうな顔をして首をかしげた。

「海だよ。灰が被ってる、白い海。」

そう言ってすたすたと2人で並んで歩いていき、そしてすこし白い床のように見える場所が揺らいでる手前で立ち止まる。

「わぁ!ほんとだ!なんか不思議な光景だね。」

そう言って彼女はしゃがむとパシャパシャと水面を叩いた。

波紋は白い灰を巻き上げながら少し先まで続き

視認できなくなる。

見れば見るほど乗って歩いていけそうな海は不思議とこの街のような不気味さはなかった。

いや、よくよく考えてみると彼女と居る時はこの街に不気味さは感じなかった。

また心がチクリといたんだ。

なんの感情なのだろう。そう少し考えていたところで彼女はこちらを見てにっこり笑った。

「ありがとね、ここまで送ってくれて。」

彼女の瞳から大きな雫が流れて、落ちて、白い灰が小さく黒くシミを作った。

何故か心が激しく痛むようにドクンとなった。

僕は知っている。この痛みをこの感情を……そしてこの光景を。

「………ずっと会いたかったんだよ。」

彼女がそう言って笑った。知っている。その顔も、誰よりも知っている。

「…何度も死にたいと思ったし、何度も死のうとしたんだよ。けど、君が生きたかった一日を一秒を無駄にはできなかったの。」

あぁ、そうだ。これが感情だ。この、心に残っていた痛みは、そして喜びは。

「だからさ精一杯生きたの。けど私の祈りが強すぎたのかな。事故で死んだら君を見つけたの。こんな所に一人でいて、何してるんだろうって思ったけど。」

そう言って少し微笑む彼女を僕は滲む視界に捉え続けた。

もう二度と忘れぬように。


_____________________________________________



彼は泣いていた。

自分でも気づいてるのかは分からないがきっと思い出したのだろう。


私達は現世では恋人同士だった。

けれど、幸せだった日々は彼の病気による急死で終わりを迎えた。

死のうと思ったことも死のうと実際にしたことも両手の指じゃ足りないくらいやった。

けれど死ねなかった。彼との思い出が消えてしまうのは怖かった。

けれど神様はきっと分かっていたのだろう。

なんの奇跡なのか、周りの人はきっと不運と思ったのだろう。彼と全く同じ病気で私はこの世を去った。


彼の目に光がないことは会った瞬間にわかっていた。

けれど、彼はずっとここで待っていてくれた。

この狭間で一人でずっと。

「君は…一緒に来る?」

いつの間にか顔のない船乗りが私たちの手前まで来ていた。

ここは海じゃない。

あの世とこの世をつなぐ狭間の世界。

この向こうはあの世なのだろう。

だからここは死者の街。なのだろう。

彼は涙を拭って私の手を取った。

「一緒に…行ってもいい?」

彼は生前と同じように不器用に笑った。

頷き彼と二人で船に乗り込む。

船はゆっくりと白い海を漂うように進み始めた。



_____________________________________________


その街は酷く静かだった。


なもなき忘れられた街、白い灰に埋もれた街。


人々は死ぬと灰に変わる。


そして静かにこの街の海へと旅立っていく。


けれど思いは形を作る





このお話は死者が訪れる三途の川の手前に街があったらという想像で書きました。

死の概念は人それぞれだと思いますが、誰かを待つために形作られた心が三途の川の手前に留まっていれば素敵だなと思います。


両視点から描いた短編の小説です。楽しんで頂けたら幸いに思います。御朗読ありがとうございました。

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