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◆3◆ 小説の続きは、もう読めない



「んー、気持ち~」


 一夜明けて、次の日の朝。


 私は目を覚ますと、窓を開けて背伸びをする。朝の日差しを浴びながら、空を見あげれば、そこには、大きな虹がかかっていた。


 その清々しい朝の光景に、私は昨日のことが夢じゃないと悟ると、部屋の中を移動して、昨日自分で描き出したドレッサーの前まで歩いた。


 前にインテリア雑誌に載っていた猫足のオシャレなドレッサー。その鏡の前に座ると、私はキョロキョロと見回しくしを探した。


「あ。そっか、くしは出してなかったんだ」


 昨日の部屋づくりで、大きな家具とかは一通り揃えたけど、小物は、さっぱりだったのを思い出した。


「えーと、出せるかな?」


 私は、掌を上に向けて、くしをイメージしながら目を瞑る。


 するとその瞬間、私の手の上には、私がいつも使っている愛用の櫛とそっくりな櫛がポトッと落ちてきた。


「すごい。本当に、何でも叶っちゃう!」


 ハルカは、これを魔法だと言っていた。


 まるで、魔法使いにでもなったみたいと、私は軽く胸を弾ませると、上機嫌のまま髪をかし始めた。


 腰まである黒髪を丁寧にときながら思い出すのは昨日のこと。


 ハルカに「一緒に暮らそう」と言われた時は正直驚いたけど、ハルカは本当に優しいし、なにより紳士的で、不安に思うようなことは何一つなかった。


 それに、夜、窓から外を見れば、そこは、ハルカが言った通り、昼間の明るい世界が嘘みたいなほど真っ暗で、少し不気味なくらいだった。


(もし、昨日ハルカにあっていなかったら、今頃は、狼に食べられて……)


「ガォーっ!!」


「きゃぁぁ!?」


 瞬間、背後から唸り声が聞こえて、私は肩を弾ませた。振り向けば、エプロン姿のハルカが、私の背後に立っていた。


「アンナ、おはよう。びっくりした?」


「もう、脅かさないでよ、ハルカ」


「ごめん、ごめん。朝ごはんできたから、一緒に食べよう」


「え? ハルカが作ったの?」


「そうだよ。いつも魔法に頼ってばかりでは、ダメだからね」


 そう言って微笑むハルカ。開け広げた扉の奥からは、美味しそうなスープと、香ばしいパンの香りが漂ってきた。


「そうだ。朝ごはん食べたら、でかけようか。アンナに、この世界を案内してあげる」


「ホント!」


 美味しそうな朝食の香りと、ハルカの言葉に、思わずテンションが上がった。


 ずっと好きだった絵本の中。行きたい場所は、たくさんあった。




 ◆◇◆




 それから、私達は朝食をすませて、ハルカの案内で、色々な場所を見てまわった。


 そして、最後に訪れたガラスのお城。そこを一階からゆっくりと見て、最上階の部屋のバルコニーにつくと、私はこの世界全体を見回わして、深く深く息をつく。


「綺麗……」


 色鮮やかな絵本の世界は、とてもとても綺麗で、まるで夢心地だった。


「アンナ、こっちに来て。休憩しよう」


 すると、一面ガラス張りのそのお城の中で、テーブルと椅子を出したハルカが、お茶にしようとティーセットを描き出した。


「何を飲みたい?」

「じゃぁ、ミルクティー!」


 ハルカの元に駆け寄りテーブルに付くと、ハルカは、私のためにミルクティーを入れてくれた。


 広い部屋の中央で、綺麗な景色を見ながら、カッコイイ男の子にお茶を入れてもらうなんて、まるで、名家のお嬢様にでもなった気分──


「あぁぁ!?」


 だけど、その瞬間、私は声を上げた。


「どうしたの、アン」


「ねぇ、ハルカ! 今日は何日!?」


「え? 9日だけど」


「うそー! 今日、好きな小説の発売日だったのに!」


「発売日?」


「うん、お嬢様と執事の恋愛小説なんだけど、どうしよう。今日、新刊買いに行こうと思ってたのに!」


「……」


 その日付に驚愕して私は頭を抱えた。だけど、それをみたハルカは、こころなしか冷たい表情をする。


「なんだ、そんなことか」


「そんなことじゃないよ! 凄く楽しみにしてたのに。ねぇ、願えばなんでもでてくるなら、その小説も魔法でだせるかな?」


「うーん……アンナ、その小説の内容知ってるの?」


「え? 知ってるわけないじゃない」


「じゃぁ、ムリかな。この魔法は、あくまでも自分が想像したものを具現化するだけだから、中身を知らないなら、ただ白紙の小説が出来あがるだけだよ」


「えーーー!!!」


 できないと知り、私は愕然とする。


「じゃぁ、あの小説の続きは、もう読めないの!?」


 あの小説だけじゃない。


 続きが気になっていた漫画も、やり残したゲームも、この世界にいたら、ずっとその結末を知れないままなのだ。


「そんなぁ~」


「落ち込まないでよ。アンナ。そんな小説のことなんて直に忘れるよ。それに、どうせお嬢様と執事の恋なんて、バッドエンドで終わるか、親が許してくれるミラクルハッピーエンドかで終わるかのどちらかだろ」


「もう、そんな単純な話じゃないんだから! はぁ、信じられない。もう本が読めないなんて」


「本なら読めるよ。中身を知ってる本を出せばいい」


「そりゃ、読み終わった本を何度も読み返すのも好きだけど、"結末のわからない物語"をゆっくり追っていくのが、またいいんじゃない」


 私は酷く項垂れた。それは、本好きの私には、耐えられないた苦行だった。


 なにより私は、母のお腹の中にいた時から、本が好きだったらしい。


 胎教として、母はよく読み聞かせをしてくれて、その時に、このハルカが出てくる絵本も、よく読んでくれたらしいんだけど、その度にお腹をぽこぽこと蹴って、凄く喜んでいたんだって。


 本を読むのは、ある意味、私の生きがいだった。それなのに──


「アンナ」


 だけど、その瞬間ハルカが後ろから、私を抱きしめてきた。


「ハルカ?」


「もしかして、帰りたくなった? "あっちの世界"に」


「え?」


 あっちの世界──


 そう言われて、はっとする。この世界が楽しくて忘れていたけど、なんで私は今、この世界にいるのだろう。


 帰るには、どうすればいいんだろう。



「アンナ、よく見て」


「え?」


「この世界を、よく見て。とても綺麗で穏やかで、最高の世界だよ。ここにいれば、辛いことや苦しいことなんて、なにもない。あんな世界のことは、もう忘れて、僕とこの"優しい世界"で、夢のある話をしよう」


 まるで逃がさないとでもいうかのように、きつくきつく抱きしめて、耳元で囁きかけられる。


 この世界は楽しい。

 この世界は素晴らしい。


 ハルカといると、心が安らぐ。

 なんの不満もない。


「でも……っ」


「あ、そうだ。結末のわからない物語が読みたいなら、僕が作ってあげる」


「え?」


「僕がアンナが読みたい物語を考えて、本にしてあげる。そしたら、結末の分からない物語も読めるよ」


「ハルカが? 作るの?」


「うん。アンナもやってごらん。自分だけのオリジナルの小説。きっと楽しいよ」


「自分で小説を作るなんて、そんなの考えたこともなかった。確かに、面白そう!」


「でしょ。じゃぁ、本が出来たら、お互いに読ませあいっこしよう」


「うん!」


 そんなハルカの"夢のある話"に、私の思考はあっさり切り替わる。


 そうだ。

 ハルカの言う通り、今はこの世界を楽しもう。


 あの虹色の川の先にも行ってみたいし、ペガサスにだって乗ってみたい。


 見たい物や、やりたいことは、まだまだ、たくさんある。


 だから、帰る方法は──


 帰りたくなったら、考えればいいよね?



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