異世界生活4日目終了
山田太郎はシャワーを浴びて、鈴の元カレの服に着替えた。運動着だったが、センスがいい服で鏡に写る自分が別人のように見えた。これが幽霊先輩の服か。寝室にあった写真は紛れもなく、幽霊先輩の姿だった。
「太郎くん昼食出来たよ。ペペロンチーノだけど、お互い口が臭いって事で許してよね」
ニンニクの匂りがするペペロンチーノ。ふんだんに魚介類が使われており、ソーセージやベーコンまで入っている。デカ盛りで出された。太郎は食べきれるかわからないが、果敢に挑戦してみた。鈴さんの軽い昼食恐るべし。
「太郎くん。昼食を食べたらまたゲームだよ。今度は実際に大剣持って戦って。元カレのだけどね」
太郎はやっとの思いで大量のペペロンチーノを食べきった。その重量2キロ。大食い系ユーチューバーの半分以下とはいえ、かなりキツかった。乳化がしっかりされていて、美味しかったから食べられたが。
「よし、やるぞ!」
太郎は幽霊先輩の大剣を持った。とても重い。持ち上げるだけで精一杯だ。
「あはは。まあ、太郎君の今の力だと、大剣プラス50と同じくらい重く感じるわよね。いいじゃない。リアルで。あ、床にバリア張るから待ってね」
鈴は何やら呪文を唱え始める。すると、床が輝いた。
「さあ、これで大丈夫。適当に冒険してみて。異世界と同じマップだから。街は色々な建物が増えてるけどね。そうこのゲームは未来の異世界を再現して作ってるの。制作者も異世界バスの参加者」
太郎は驚いた。これはまるで異世界シミュレーターじゃないか。家にいながら異世界と同じ環境で練習出来るとは。
太郎は錬金術師の家に行ってみた。ドアをノックするとオリヴィアそっくりな人が現れた。少し歳を取っているが、熟女的な魅力がある。そこで回復薬と解毒剤を買った。合わせて100ゴールドだった。
「現実と同じ価格なのよ。太郎くん薬草集め頑張ってね。麻痺解毒剤は400ゴールドだから、その材料集められるとかなり稼げるようになるよ40ゴールドくらいで買い取ってもらえる。将来的に1000ゴールドのハイポーションの材料も集められれば一人前かな。エリクサーやエーテルの材料はドラゴンを倒せないと無理かな。万能薬はゲームだけの物でそんな都合のいい薬は存在しないけど」
鈴が鳥目勉強法で数歩先からピンポイントで教えてくれる。太郎は錬金術師の薬草集めも深いのだなと感心した。正直、今のままの稼ぎで大丈夫かと思っていたが安心した。
錬金術師の家からまだ行ったことのない西に向かって歩いてみた。薬草探しの逆側の山だ。すると、大きな家があった。木造の3階建て。すると、見張っていた者が大声を出した。どうやら山賊の住みかだったようだ。錬金術師の家からかなりの距離があるが物騒だ。
「おい、兄ちゃん。有り金を全部置いてきな」
10人程の山賊が現れた。
「はい。どうぞ」
太郎は有り金を全て渡した。20ゴールドしか無かったが。
「物わかりのいい兄ちゃんだ。行っていいぞ」
「はい」
太郎は、そこから山の中に向かって歩き出した。すると背後から呼び止められた。
「おい兄ちゃん。その森には熊が出るから気をつけな」
「はい。ありがとうございます」
太郎は山賊に深々と頭を下げると森の中を歩き続けた。
「あはは! 太郎くん面白い。普通山賊倒す所よ。しかも、山賊意外といい人だったし! ふふ」
鈴がお腹を押さえて笑っている。普段は美人系のクールビューティーだが、笑うととても可愛く見えた。
すると太郎の前にいや、ゲームのキャラの前に熊が現れた。大きく手を上げると一気に腕を振り下ろした。太郎は大剣を持っている為、横に飛んで回避する事はできなかった。熊の爪を大剣でガードするので精一杯。5分程熊の攻撃を耐えていると、熊が息切れした。これはチャンスだと太郎が熊の攻撃を右に移動し回避しカウンターで一気に大剣を振り下ろす。熊が痛がり、かなり深い傷を与えた。すると熊が反撃をする。先程より動きが遅くなっている。電の大剣のスキルの効果で10%動きが遅くなっているのだ。回避カウンターが取りやすくなる。次に攻撃を当てると熊が痺れた。スタンの効果だ。トドメだと太郎が大剣を天高く振り上げ、全身の力で体重を乗せて振り下ろす。ドカンと凄い音が鳴り響く。
「ごめんなさい! つい熱くなって床に大剣を振り下ろしちゃいました!」
太郎が我に返って鈴に謝る。すると鈴は笑っていいよと答えた。
「バリア張ってるから大丈夫よ。振動も下の階には届いてない。揺れなかったでしょ? バリアが衝撃を吸収してるの。後5回は大丈夫かな。ほら、熊を倒したよ」
太郎がゲームから目を離してる間に熊が倒れていた。先程の一撃で倒したのだった。すると、太郎は熊の足を掴み、引きずった。そして山賊の元に戻った。
「な、兄ちゃん熊をひとりで倒したのか!?」
「はい。そうです。頑張りました」
「そうかー! 凄いな。熊さばけるか?」
「いえ、無理です。グロくて吐いてしまいます」
太郎は山賊と会話している。どうやらかなりゲームに熱中するタイプのようだ。ブラックボックスの専用コントローラにはマイクが搭載されており、しかもかなりの高感度。小さな物音も拾う。選択肢を選ばなくても、会話のみでもゲームが進むようにプログラムされている。まるで現実の異世界のようだ。
「なら、俺達が熊をさばいてやるよ。今夜は一緒に熊鍋だ!」
太郎は山賊が熊鍋を作る間、山賊の家で読書をして過ごした。異世界の言葉で書かれていて、バッグの中から鈴が書いた異世界言語入門を使いながら少しずつ読み進んだ。暗くなると熊鍋が完成し、山賊達と酒を飲みながら楽しく食べた。すると、山賊と友達になったという文字が表示された。
「太郎くん面白いよ! 普通は殺しちゃう所の山賊と友達になるなんてストーリーモードやらせてみて良かった。さあ、サバイバルモードに戻るよ。今度は一対一ではなく、複数のレベル150ね」
「それは無理ー!」
太郎は鈴のスパルタ教育でヘトヘトになった。立っているのもやっとだ。沢山ゴールドと経験値を手にしたし、鎧も盾もアクセサリーも手に入れたが、とてつもなく疲れた。レベルが150になった所で鈴の許しが出て、ようやく休めた。
「太郎くんお風呂沸かしたから入って。私はシャワーでいいから好きに入っていいよ。汚し放題」
太郎は這いつくばりながら風呂場に向かった。風呂で酷使した筋肉を休める。入浴剤のおかげなのか、筋肉疲労が熱いお湯で溶かされるようだ。
「その入浴剤いいでしょ。異世界の高級品なのよ。10000ゴールドもするんだから。着替え置いておくね。全部シャネット。高級焼き肉だからね。プレゼントするから焼き肉の臭いが付いても気にしないで。元カレの誕生日にあげようと思ってたけど、その日に死んじゃったんだ…太郎くん…大切にしてね…」
鈴の声が段々涙声になっていった。太郎は黙って聞いていた。鈴の心の痛みが声に乗って胸に響く。太郎ももらい泣きした。そして、高級焼き肉に出掛け、ユーチューバーが食べていた物を実際に食べれて感動した。金粉は無駄にしか思えなかったが、特別な人間になれた気がして嬉しかった。凡人の自分がこんな体験をできるなんて。そして、深夜まで仮眠し、異世界バスに鈴とふたりで乗り込んだ。
「太郎くんは今日頑張ったから異世界の言葉でも勉強してて。それじゃあ、私は王都でミノタウロス討伐に行ってくるね」
鈴は太郎が両手でも振り回すがやっとだった元カレの大剣を片手でひょいと持ち、大きな鉄の盾タワーシールドを持って、全身を鉄の鎧で堅めた姿でバスから降りて行った。
「モブ太郎は今日はお勉強かね。じゃ、私も付き合うよ」
とゆっけが言って、言葉を教えてくれた。サターナは勉強なんかサボってツアーに参加しようよ。昨日約束したのにーと言って文句を言っていたが、しぶしぶツアーの案内人の仕事に出掛けた。サターナが帰ってきた時、参加者の男性のひとりがミイラのように痩せ干そって干からびたようになって帰ってきた。サターナが介抱してようやく血の色が戻り、膚のツヤも少し良くなったが、歩くのでやっとのようだった。それから少しして異世界バスが出発し、鈴さんが後から乗り込んできた。
いつもは冒険が終わると疲れて帰りは寝ていたが、今日は勉強しかしていないのでバスの中をよく観察する事が出来た。異世界バスの参加者は現在21人。怪我人はサターナがバスの中で順番に治療していく。アザゼルの時はこのサービスは無かった。ずっとサターナが案内人ならいいのにと思った。
「それでは皆様お疲れ様でした。明日も異世界バスツアーに参加して下さいますよう宜しくお願い致します」
サターナが真面目なお姉さんボイスでこう締めくくり異世界バス生活4日目が終わった。参加者全員が降りて、サターナと運転手が二人きりなった。
「山田太郎くんのオーラが増して、更に筋肉量が増えてたね。噂通りの逸材だね彼は」
「ああ、そうだな。毎日別人のように進化している。人間は魔法の扱いは苦手だが、神聖術は得意だ。治療の術は魔術では敵わないし、バリアも神聖術の方が広範囲で強力だ。鈴並みとは行かなくとも、かなり使える人材になるだろう」
二人はそれから参加者全員の話をしてその日の仕事を終えた。