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異世界バスツアーにようこそ  作者: ルンルン太郎
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異世界生活6日目終了

 上原達矢と三浦千夏が異世界バスに乗り込んだ。愛想がいいサターナに、そのすぐ後ろに陣取る安井と浅野。安井は結婚している癖にサターナに夢中でいつか落として一発やると豪語している。


「お前ら今日もソロ組かよ。もうお前らクビな。ツアーに参加するなよ。ツアーの参加費も払えない雑魚どもが」


 安井がそう言い放った。その大声は後ろの席にも聞こえたらしく、鈴という美しい女性が笑っていた。俺はさすがに腹が足って言ってやった。


「今日で俺達は卒業するんで別にいいですよ。それに、俺達はともかくソロで参加して生き残れるあの人達は凄いですよ。バカにしてると火傷しますよ。安井さん」


 言ってやった。俺は遂に言ったぞ。


「お前なー!」


 安井は激怒し、上原の胸ぐらを掴んだ。するとサターナが立ち上がり、安井の腕を握った。


「困るな。僕の目の前で揉められちゃ。上原っちの言う通りだよ。後ろの連中は君達より数段強い。バカにしてはいけないよ。鈴はもう50億くらい現金あるんじゃないのかな?」


「150億よ」


「ありゃ、読みが外れた。相変わらず流石でやんすなー」


「たまたま株で儲けただけよ」


「またまたー」


 鈴とサターナの会話が続く。その間も安井の腕を掴み続けるサターナ。


「痛いですよサターナさん」


「何が?」


 たまらず声をあげる安井。顔には脂汗が出ている。


「だから腕が痛いです」


「ありゃ、軽く握ってるだけなんだけどな。もう、バスの中で喧嘩しないで下さいね。他のお客様が不快になる発言も慎んで下さいね」


 普段の親しみやすい明るい妹のようなトーンの声とは違い、サターナの敬語は落ち着いていて、お姉さんのような声だった。


「上原っち。いつでも戻っておいで。体をきっちり鍛えれば行けるよ。君はまだまだ若いし。寂しくなるけど、我慢して待ってるからね」


 サターナは上原の頭を優しくポンポン叩いて撫でた。


「何かあったら呼んで下さい。山田太郎くんの為ならいつでも助けに来ます。役に立てないけど、敵を引き付けるだけなら何とか」


「うん。その時はよろしく。その時はそう遠くない」


 上原とサターナのやり取りを無言で見守る千夏。千夏は同性だからわかった。サターナは恐ろしく強いと。決して逆らってはダメだ。千夏が異世界バスに乗るのを辞めたい理由はそこも大きかった。


「さ、到着ー! 上原っち、いずれまた会おう!」


 サターナの後にツアー組が続く。安井は舌打ちし、上原を睨みつけた。


「やっといなくなったね。太郎ちゃん。本日で最後だけど宜しくお願い致します」


 千夏は太郎に深々と頭を下げた。その瞳には少し涙が含まれていた。


「なら、今日の稼ぎは餞別がわりに二人に全額報酬をあげるよ」


「やっぱり太郎ちゃん大好き。もちろん、達矢の次にだけど」


「俺も大好き。さ、行きますか。山田先輩」


 山田太郎がバスを降りようとすると鈴が呼び止めた。


「太郎くん、ハイポーションと回復薬と毒消しあげる。持っていって」


「鈴さんありがとう」


 3人はバスを降りると真っ直ぐ下水道に向かった。早苗が合流し、ライトの魔法で照らされた下水道を進む。分かれ道に到達し、一度立ち止まる。


「依頼しておいて何だけど大丈夫?」


「太郎ちゃんがいるから大丈夫よ」


「そうそう」


 早苗が心配し、二人が大丈夫だと励ました。早苗の不安そうな顔の色は消えない。


「巨大ネズミだけにしてもいいのよ?」


「ごめん。俺達は今日で引退するんだ。異世界生活卒業ってやつ」


「あ、そうなの。じゃ、仕方ないね」


 早苗と達矢の話はまとまったようだ。太郎はその間も集中力を高めていた。達矢と千夏の卒業式をより良い物にする為に。下水道の曲がり角を右に進むと、ゴブリン達の影が見えた。そこを目掛けて火炎瓶を投げる山田太郎。そのままスプレー片手に突撃し、火の海を飛び越えるゴブリンを撃退する。そして、鉄線バットに持ちかえて大暴れした。


 完璧に不意を突いた。ゴブリンは大混乱のまま、次々と太郎に倒されていく。達矢達は炎の明かりで揺れる太郎の影に見とれていた。その瞬間、達矢の胸の中心に何かが生えた。それは刃だった!


「何するのよー!」


 千夏が達矢を背後から刺したゴブリンを頭から斬りつけた。ゴブリンは絶命したものの、達矢はもう…


「大変! 左側にゴブリンが! 太郎ちゃ達矢が! たっちゃんが!」


「うおー! 貴様らー!」


 下水道の外にも聞こえそうな太郎の怒号。怒りに任せて鬼神のように暴れまわる。傷を受けてもお構いなし。まるで痛みを感じないようだ。太郎の切り傷が10箇所になる頃、不意打ちをしてきたゴブリン20匹は太郎に倒された。全て皮を切られただけの浅い傷だったが、ダメージは大きい。毒消しと回復薬を同時にかける。そこに光輝く回復薬。ハイポーションをかけた。


「太郎さん…俺、死ぬのかな…さっき死んだ婆ちゃんが見えたんだ…」


「お前は死なない。俺が死なせない」


 達矢に全ての治療薬を使った太郎は自分の傷も気にせず、達矢を背負って走る。


「回復薬が足りない。山のてっぺんの家に行くぞ! ついてこい!早苗さんはこのブルーシートを使って戦利品を集めて管理室に保管しておいて!」


 と言うとバッグから新品のブルーシートを投げた。


「今日で引退するんだろ。だったら死ぬな。ゴール直前で死ぬな!」


 太郎は走った。なりふり構わず走った。叫びながら励ましながら走った。


「おい。声は出さなくていいから意識は強く持っておけよ! なあ、おい!」


 太郎が錬金術師の家に到着した頃には達矢の意識は無かった。


「なら、オリヴィアさん。こいつを助けてくれ! 頼むよ。まだ若いんだよ。これからなんだよ!」


「これはもう無理だよ…ハイポーションで命を繋いだに過ぎない」


 錬金術師の残酷な診断。太郎は達矢を抱きながら崩れ落ちる。目には大粒の涙。


「仕方ない。1年間いっちり働いてね。エリクサーを使うわ。私の魔力の全てを使うけど。それでも助かるかは保証しないよ」


 錬金術師の体が虹色に輝く。すると数百もの薬草が一ヵ所に集まり、濃縮されていく。カッと太陽のように明るい光が出ると、太陽のように輝くエリクサーが誕生した。それを達矢の傷口に振りかけ、背中を向けた。


「ん? 背中から刺されたのよね?」


 錬金術師が不思議がった。


「背中の傷が治りかけてる。細胞組織がくっつきかけてる。これなら飲ませるぶんもあるわ! 助かるかも!」


 傷口にかけた残りのエリクサーを達矢に飲ませる。すると、土気色だった達矢の顔がみるみる白くなり血色を取り戻してピンクになっていく。


「これでもう大丈夫」


「よかった。達矢くんを救ってくれてありがとう。オリヴィアさん。明日と言わず今から約束取ってくるね!」


 太郎は全力で走って新品のブルーシートを用意する。2つ買っておいてよかった。ブルーシートの上に薬草を片っ端から投げ入れる。そして、そのままブルーシートの端を持って進む。瞬く間に薬草がいっぱいになった。今日の太郎は凄かった。いつもの倍は素早い。


 スライムが待ち伏せする間もなく薬草を摘み終えて、錬金術師の家に戻ると、千夏が達矢を抱きしめて泣いている。


「助かってよかった。もうダメかと思った」


「千夏…一緒に居酒屋開こうな…」


 太郎は若いカップルの微笑ましい光景を目にして、よしと言うと、今度は下水道に戻って戦利品を受け取り、武器屋を訪れた。


「おやっさん。これを買い取ってくれ」


「ずいぶん大量だな。3割増しで買い取ってやるよ。お前は鈴の紹介だしな」


「助かる。今日で引退する冒険者がいてな、これはその餞別になるんだ。俺は少し眠る」


「お前さんよく見たら傷だらけじゃねえか。よくまあ、この傷で…母ちゃん、回復薬くれ」


 眠った太郎の服を脱がし、全身の傷に回復薬をかける武器屋の奧さん。達矢と千夏と早苗も後からやって来て、太郎が起きるのを待った。達矢の方が重傷だったが、太郎の方が目覚めるのが遅かった。そして、日が落ちて暗くなった頃、太郎が目覚めると達矢と千夏のお別れ会が開かれた。安井と浅野以外は全員参加していた。


「太郎くん、皆さん本当にお世話になりました。俺は今日で死んでいた筈でした。その証拠にこの傷を見て下さい。この今日拾った命を世のため人の為に使おうと思います。皆さんの応援宜しくお願い致します」


「皆、命をかけて戦った仲間だー! 今後とも宜しくね」


 達矢と千夏は異世界バスのほぼ全員と握手し、再び連絡をすると誓った。そして全員酔いつぶれるまで騒いで、帰りの異世界バスの社内では安井と浅野以外全員が眠っていた。


「何が送別会だよ。何が餞別だよ。さて、いくらあるのかな。おお、すげえ1000万近くあるぜ」


「君たち何してるのかな? 揉め事は最後にしろと言わなかったかな?」


 サターナは起きていた。達矢の持ち物から金を盗もうとしていた安井と浅野を止める。鬼のような形相だった。いや、悪魔と言うべきか。







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