歪んだ一本道歪んだ3
3話
一日の賑わいで疲れて静まり返った南西区の通り、もう開いているのは飲み屋などの居酒屋くらいだろう。陽を拝見できないタナトスの都市でイリスは既に酔っぱらっているがまだまだ飲み足りないような態度の酒豪一人を相手に飲み比べをして帰ってきている最中だった。わしに勝とうだなんて百年早いわという感じで相手を潰してきたばかり、体内に入ったアルコールが回り始めてきており、腹の底がむかむかして気持ち悪い。明日は二日酔いかな、畜生調子に乗りすぎたね、朝早くから仕事あるのに。
「早く帰って水でも飲むとするか…」
ポニーテールを束ねるヘアゴムを取り、フワッとボーイッシュな髪形が解けて一気に別人へと変貌した。側面を刈り上げ針が短いハリネズミのような部分が長髪により、完全ではないが隠れていった。
「ん?」
前方、100m辺りにある街灯に照らされていたのは独りの少女、何かから逃げるように必死な表情だった。躓いて膝を擦りむいた結果できた砂利交じりに血がにじむ傷を必死に押さえつける。
「はあ、はあ」
「ちょっと、あんた大丈夫かい!?」
誰よりも素早く駆けつけて彼女を心配する。ズボンの裾を掴んで訴えってくる彼女は泣きじゃくっていた。「助けてください…誰か…」少女は恐怖で震えている。このまま放置すれば酔っ払いのおっさんに連れていかれるのもこの子が気の毒だ。「大丈夫、安心なさい」ギュっ…。イリスは今自分が酒臭いことを気にせずに強く抱きしめた。アレッタは彼女の肩に顔を埋めて更に大量の涙を流して服を濡らした。
家に着くと、ひとまずアレッタをベッドの上に寝かせて傷の治療に当たった。血は段々止まってきて血漿の板が形成されつつある。化膿を防ぐために消毒液を垂らして、大きな絆創膏を張り付けた。ちょっと雑な応急処置だが、何もしないよりはマシだと考え、日課の寝る前の虫歯予防に歯磨きをする。
眠気に誘われてイリスも眠りについた。
翌日、目覚めるといつも喫茶店で煎り、コップに注いでいるコーヒーの匂い、ゆっくり背中を持ち上げれば、昨日助けたアレッタがベッドの上に座っていた。「あれ、目覚めましたね。すみません勝手にコーヒー淹れてしまって」「いや、いいんだ、それより大丈夫かい?」「はい」肩に布団をかけている彼女は少し恐怖に怯えている様子だった。見るとコーヒーカップを掴む両手が小刻みに震えているのだ。
「何かあったのかい?」
「それは…あまり言いたくありません」
口を針と糸で縫い付けてでも言いたくないよ言わんばかりの表情で黒く温もりのある水面を見て波打つ鏡に映る自分に視線を送る。今迄あった過去を聞き出さない方が彼女の為だと考えると、イリスは優しくポンと肩を叩いた。「何かあったらすぐ私に言いなさい。いつでも相手してあげるから」「はい、ありがとうございます。」
―。
「あの時、泥棒に縋ってでも助けてほしそうな顔は今でも忘れてないよ」
「…あいつも大変だったんだな、親とかは呼ばなかったのか」
「ん~、あの子は家族のことも話そうとしないからねえ」
「そうか…」
家族か…。過去を回想するロレンツは人生の内のほんの些細な過ごした時間帯を思い出した。幼少期のころの記憶など半分以上覚えていない、微かに蘇ってきたのは父親との記憶だった。「俺がお前を幸せにしてやるからな」嫌な記憶がフラッシュバックしてきた時点で掘り起こすのは止めにした。
「そういや、あんたラフターのところで働いているのかい」
「ああ、おっさんのこと知っているのか」
「そりゃあね、わしが北東区で昔馬鹿やって暴れていた時にあいつが率いるマフィアの一団が制圧に来て、そんでわしにカウンセリングごっこみたいなことやっていた変な奴だったよ」ラフターがマフィア出身知っていたが、まさかそんなことまで手を回していたとは、イリスもラフターもただのお人の好し何だろうか。
「なんか全く想像つかないな、ゴリゴリのおっさんが…彼奴らしくないことするなぁ」
「褒めているのか、貶しているのかよくわからないね、あんた」
「よく言われる」




