歪んだ一本道1
1話
南東区にある一軒家、何時になく都市を照らし続ける街灯の光を遮るようにレースカーテンと布地のカーテンの二枚重ねで窓際に敷かれている。部屋の明かりは火が灯されたランタンのみ、16歳くらいの弱冠で茶髪の男性が必死に勉学に励んでいる最中に寝間着を着用した茶髪の少女が眠い目を擦って部屋に入ってきた。
「〇〇兄さん…お勉強しているの?」
「ん?〇〇か、まだ起きていたのか」
「ちょっとトイレに行きたくて…」
「そうか」
「明日もお仕事でしょ?寝なくて大丈夫なの?」
「まさか、人は機械じゃあるまいし、しっかり休まないといつか体を壊しちまう、まあ学校に行けてない分は補いたいっていう気持ちが暴れて寝かせてくれないっていう理由もあるな」
「それは兄さんがただ単にお勉強したいだけでしょ?」
部星を突かれたため、笑って誤魔化す。
「ハハハッ、それもそうだな、明日も早いしもうそろそろ寝るかな」
「おやすみ、兄さん」
「お休み〇〇」
少女は自分に定められた部屋へと戻り、男性はランプの炎を消して寝る準備に入った。上に向かって舞っていく波に揺られる海藻を思わせる消えた炎の煙と残り香が部屋の角に漂う。眠気を誘う暗闇の部屋の中を少し動けば寝床がある。彼はゆっくりと寝床に身を移して眠りについた。
…。-。
襲い来る睡魔に苛まれながらアレッタは机にあるノートと睨めっこしながら勉強を只管行っていた。鹿威しの如く定期的にカクカクと上下に揺れる頭に振り回される。眠い…。昨日は中々寝付けなかったのをよく覚えている。不安事があったわけではないが、ちょっと考え事をしていたのだ。明日の内に“あの人”に採点してもらう約束だというのに答えた内容が中途半端で見てもらうのは申し分ない。バイトも兼用でやっている為今の時間しかやれる時間が無いのだ。
眠気の錆で上手く脳内を働かせる歯車が機能しない。それでも頭を回転させるほかなかった。
「えーと、この問題は」
筆をノートの表面に走らせて文字を書き残していく。一行、一列の白枠を只管に埋め尽し、重要な点はマーカーを引いて注意事項を記しては海馬に刻む。
時計をちらっと横目で見れば24時24分、気づけば日を跨いで月が天で半舷を描いている途中の時間帯だろう。そろそろ眠気がピークに近いため24時30分くらいに目処をつけていったん終わらせよう。あと少しで眠りにつける、目と鼻の先にあるゴールテープを切りたいという気持ちで気力を振り絞り、ラストスパートに入る。真夜中の静寂の中に達筆音と時計の針が一歩一歩歩いていく音だけが部屋の中に響く。
24時30分の目盛に針が到達する。はああ~。脳味噌が今からでも休息を欲している。もうそろそろ寝よう、椅子から腰を上げて立ち上がり洗面所でコップに少量の水をくみ取り、一気に飲み干した。ランプの光だけが灯されている自分の部屋に戻り、衣装箪笥に置かれている彼女の家族らしき数名写っている写真を見つめる。
「父さん、兄さん、姉さん、あの出来事が無ければ今も一緒にいられたのかな…、会いたいよ、もう一度でいいから…」
-。
翌日の朝、机に置かれたスマートフォンからバイブレーションによる細やかな振動音が聞こえてくる。なんだ?ロレンツは画面を確認して通話ボタンをそっと押した。出たのはアレッタだった。完全に仲良くなったという訳ではないが友好関係を深めたいということでどこかの喫茶店で話すということになり、モノクロの普段着から色鮮やかな余所行きへと衣装替えをする。まだ会って一週間程度だが、こまめに彼女から連絡がチョクチョク来るようになっていた。
きつめに縛り付けた靴ひもを一度解いて靴を履き始める。そこから再び蝶々結びで結び目を固くし、簡単に解けてしまうのを防いだ。爪先を叩きつけて踵の余りが出ないかの確認を終えて漸くアパートのドアを開けた。
向かったのは商業区である南西区である。何時になっても賑やかではあるが、よくよくタナトスを統治しているマフィアとリベラで裏社会を蝕んでいるマフィアが隠れて取引を行っており、見えていない闇は暗く深い。フードを深々と被って歩いていると黒スーツの一団…。マフィアだ。仕事を終えて本部のある南東区に歩みを進めているのだろう。
「くっそ、俺らを小物だってなめやがって」
「まあ仕方あるまい、我々は奴らにとっては塵同然の存在だからな」
聞き耳を立てていると愚痴を吐き散らす彼らの本音を聞いた。下端か、ロレンツは鼻で笑い飛ばして彼らを横目でギロッと睨みつけた。マフィアの連中はどうも好かん、本音を腹の底に隠して嘘を散蒔いく存在。完全なる偏見かもしれないが人間不信である彼からすれば嫌悪の対象だ。それに彼はマフィアと小競り合いをしていたことはマフィア内でも有名で銀髪褐色肌の男に気を付けろと上層部から伝えられるほどだ。変に人気者になってしまっており、見かけたマフィアの構成員である連中がこっちに視線をぶつけてぼそぼそと耳打ちしていることが多く見られる。かなり不愉快だが、寄ってこないだけマシだと思った。
「ロレンツ」
自分の名前を呼ばれてパシッと肩を小さな手で優しく叩かれた。振り向いてその正体を確認するが声ですぐわかっていたため、被っていたフードを外した。
「アレッタか、会うのは久しぶりだな」
「そうだね、それよりさ」
「なんだ?」
「ロレンツって意外と背が低いね」
自分自身の頭に水平にした掌を乗せてそのまま前の方向に佇んでいるロレンツへと延長線上に伸ばして言いたいことを動作で示した。ロレンツは160cmだがアレッタは165cm。どんぐりの背比べではない差が今の行為で歴然となった、それに彼は髪がもっさりしているのと底が多少厚めの靴を履いているがそれでも彼女に届いていない。
「うるせえ!ほっとけ」
「ははははっ!いや~ね、前から言おうか迷っていたけど言っちゃった」
アレッタの腹の底から飛び出してきたのは異様に変な笑い声だ。そして急すぎてビビる…。
背のことはかなり気にしている為、ディスられていたことに眉間を寄せて白眼の端を血走らせ、瞳孔を完全に開ききった目を向けて暴言が彼女に殴りかかった。
「黙れ、地面に埋め込むぞ」
「ごめんごめんごめん」
パーにした両手を不規則に左右に振って暴力反対のジェスチャーを送り、彼の感情の暴走機関車を制止する。流石に女性を殴るほど彼は非道ではなかったようだ。怒ることに無駄なエネルギーを消費してやや疲れたような顔の船を表情の水面に浮かべる。ロレンツは少しため息を漏らした。
「話しようって誘ったのはお前だろう?さっさと場所まで移動するぞ」
見えてこなかった話の着弾点を探り出してロレンツは身を翻す。先ほどの通りにポケットに手を突っ込み、フードを深々と被る。怒りを発散する足取りは荒々しく靴音を立てていた。彼の小さくも逞しさが感じられる背中をじっと見て安心感を覚える。数十秒遅れてアレッタも歩き出した。
こんにちは、ハブ広です。廃れ大地の鎮魂歌2章が開幕しました。ロレンツとアレッタ、二人の関係はまだ始まったばかりですが、最終章まで末永くお付き合いくださいませ。




