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廃れ大地の鎮魂歌  作者: ハブ広
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奈落に差す光5

時計の針が12時を過ぎ去り、昼休憩に入る人々で通りがやや混雑している。うわっ、人ごみは嫌いなんどよなぁ…。ロレンツは店から出た廃棄物をゴミ捨て場に運ぶために黒い袋を片手に持ちながら店を出たが、あまりの人の多さに顔を歪めた。いかにも工場で働いていますよと主張してくるつなぎを着たおっさん3人組、薄汚れた服や布を羽織った貧乏人、派手に反り込みを入れて色を付けたメッシュで髪がチリチリに痛んでいるヤンキーなどがそこらを歩いている。全員ではないがリベラを追い出された雰囲気を漂わせる者も少なくはない。

「あいついなければいいけど…」

 彼女がいないことを心の片隅で信じ込み、15m離れたごみ収集場に持っていく。仕事が終わって今から休日が続くのに変な突っかかりが原因でゆっくり出来そうもなかった。

 砲丸投げの要領でゴミ袋をレンガの壁に向かって力強く投げ飛ばす。背のびと両腕を天に向けて伸ばし軽くストレッチをその場でし、軽い欠伸をかました。怪訝そうな顔でこっちを見てくる通行人の年寄りに冷たい表情と鋭い瞳で何見ているんだこの野郎と睨みつけながらその場を後にする。

 別に大変な作業ではなかったものの週末に溜まりに溜まった疲れを早く解したい。その思いで自然と早歩きになる。フードを被って頭を覆い隠しズボンのポケットに両手を突っ込み、猫背の体勢で歩いていると聞き覚えのある声がした。まさかと思い正面を向けばあの日あった少女の顔があった。

「また会ったね」

 苦虫を噛み潰したような渋い顔をして楽しそうにしている彼女の表情を見つめた。威圧して逃げようと思ったがその手はもう通用しないことは目に見えていなかったため、今度こそは話し込んで徹底的に突き放そうと脳内で企む。

「はあ、今度は何の用だ?」

「質問がダメならさ、ちょっと話さない?」

「…わかった少しばかりか聞いてやるよ」

 何かを聞き出さないと満足して帰らなさそうだったため、不本意ながらもそれを承諾する。話すなら人ごみが少ないところがいいという彼の提案した条件を呑み込んでタナトスの西側にある廃棄物の最終処分場へと脚を赴いた。

 30分とゆっくり時間をかけて辿りつけばロレンツはジャンプ力と筋力を駆使して2m上の道へと移動し、罅塗れの巨大なパイプに腰を掛けて脚を組む。アレッタにこっちに来いと手招きし、招かれた彼女はよじよじと不安定で不規則な足場を登り終えてロレンツの隣に座った。

「で、何だよ、話って…」

 不貞腐れた顔で目の前に広がっているタナトスを見つめる。ポケットに手を突っ込み、右足が上になるように脚を組んでいた。流石にこの景色を見る時はずっと独りだったためなんだか新鮮な空気になじむことが難しく心の中でそわそわしていた。

「前もここで会ったとき言ったよね、あなたに興味があるって」

 彼女が心の中にある真意を掴みきれない。…その言葉の真意を知ったところでだ、ロレンツは彼女を信用に値するような人物ではない。無暗に心を開きたくもない。あの気分を何度も味わいたくないからな、グツグツに煮込んだスープからでた大量の灰汁を飲まされている感じがすごく嫌だ。

「あたしね、昔から他人に興味を持ってはその人を知ろうとやけになっちゃうの、人のことを知っておけば仲良くなれるかもしれないし」

「それが俺に興味を持ったことと関係あんのか」

「あるよ、でなかったら最初から声すらかけてなかったと思うよ」

 益々彼女を信用できなくなってきた。そういう言葉の針金で心の扉にかかった鍵を解こうとしてもそうはいかない。建前でそう言いつつも本音は吐き出した言葉とは裏返しの想いが隠蔽されている可能性が高いのだ。

「何ていうんだろう、知らないままもう二度と会えなくなるのは嫌だからね、時間がある限りは沢山喋って、楽しい時間を過ごしたいって気持ちが強いんだと思う」

 軽く困ったような笑みを浮かべるアレッタ。

「…」

「どうしたの?」

「何でもない」

「何があったのかよくわからないけど、辛かったことでもあったの?」

 ロレンツは彼女がいる方向と反対に広がる景色すら映さない瞳は虚無のみを見据えていた。何かを察し、穏やかな目で彼を見つめる。

「あのさ」

「ん?」

「もしさ、私があなたを裏切るようなことしたりすればいつでも私を殺していいから」

 ここまでポジティブそうな性格とは思えないような殺伐な言葉が飛んできてロレンツは思わず瞳孔をカッと開いた。数年間上司と部下の関係として接してきたラフターにすら見せたことのない顔だっただろう。そして思わず腑抜けた一言が彼の口からポロっと落ちた。

「…は!?」

「それくらいの覚悟を持って接したいってことなの」

 流石にこんなことを言ってくる奴は初めてだ。普通に交友関係を深めたいだけなのに裏切ったら殺してほしい・・・か。なんか裏でもありそうだな、けど少しずつだが信じられそうだ。今迄暗闇に閉ざされ続けていた心に一筋の明光が指した気がした。

「フフッフフフフ、」

「どうしたの?急に笑い出して」

「シンプルに可笑しいこと言う奴だと思ってだな、裏切ったら殺してほしいか…」

 接着剤で付けられたような無表情の仮面がようやく崩れて口角が少しばかりか上がった。

「改めて自己紹介でもするか、俺はロレンツ=イングリス、ロレンツでいい」

「あたしはアレッタ、アレッタ=リンヴィ」

 二人は友情の証に握手を交わした。

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