奈落に差す光3
午後6時、そろそろ店を閉める時間帯だ。ロレンツは床に散乱している埃をモップで取り除き、ラフターは次のオーダーの情報を見て基盤となる部品の製作作業に取り掛かっていた。ゴミ箱に集めた灰色の埃やらを入れ込んでいく。溜まったごみを出しに行くのはロレンツの仕事だが、箱の腹には8分目までしか入っておらず、出しに行くのは明日か明後日に延期になりそうだ。
「ロレンツ、もう帰ってもいいぞ」
「わかった、お疲れ様」
彼は翡翠のつなぎをロッカーにある白いフックにかけて、黒いブーツをつなぎの足元にそっと置いて少し黒ずんだ白いポロシャツの上から衝撃吸収材が組み込まれた翡翠のパーカーと紺色の菱形模様が入り濃い白のダボっとしたズボンをはき、ベルトで緩急を調節できる黒い革のブーツをはくと、仕事用の鞄を片手で担ぎ、玄関扉を開けて自宅へと向かう。
扉を開けた瞬間に都市中に配置された街灯から放たれる橙色の明かりがロレンツを照らした。擬似的な大量の太陽が並んでいる感覚だったが、一つ一つの光は本物よりも遥かに弱い。温もりも感じない。
地下にそんなものあるわけないよな、ロレンツは小さく鼻を鳴らすとアグローブ義肢製作整備店から東に向かって歩きだした。
彼の自宅があるのは南東区、地下都市を統治しているマフィアの本拠地が存在し、ある意味治安が安定している。それでも彼にとっては多少居心地が悪かった。7,8年前に地下都市に来てから何度かマフィアの下端たちと何度か小競り合いをしていたからだ。その時は人間不信の度がピークに達しており、かなり荒れていた。今は落ち着いてきたがマフィアとは全くもって関わりたくないと考えている。
音楽端末で好きな楽曲を聴きながらあれこれ考えているうちにラフターからここに住むように言われた冷たい鉄筋コンクリート式の古いアパートに着いた。
彼の部屋は塗装された階段を上がって一番奥の角部屋。いつも通り鍵穴に鍵を通して手首を捻って扉を開いた。家主のただいまの言葉すら響かずに玄関扉は閉められる。
部屋の明かりをつけると、暗闇で陰しか見えなかった部屋の全貌が明らかになった。広々としたリビングに置かれたテーブルとイス、衣装を入れるクローゼットの上には趣味で作ったガラクタ細工。キッチンには生の食材を入れる冷蔵庫とコンロが配備されている。
腹減ったな。
空腹で腹の虫が泣き叫んでいて五月蝿い。さっさと満たしてしまおうと考えて冷蔵庫の扉を開けて冷たい風を感じながら中身を覗き込んだ。あったのは南西区で買った大量の野菜類と鶏肉、パン、卵等々、鶏料理でも作るか。
パンに鶏肉とごちゃごちゃ入れられた野菜類の中からパプリカ、玉葱、レタス、トマト・・・。食器が仕舞われた棚の下からサラダボウル、耐熱式の容器を取り出す。鶏肉、パプリカ、玉葱、トマトは包丁で一口大サイズに切り分け容器の中へと入れてオーブンでじっくりと焼いていく。レタスについては一口大にちぎってサラダボウルの中に入れる。
大体の準備を終えると、彼は食材が焼きあがるまでの間、リビングにあるテーブルの上に大量の参考書とノートを置いて勉学に勤しんでいた。
食材を焼き始めてから数十分経過しオーブンを開けるといい感じの焦げ具合と香ばしい匂いが瞳のスクリーンと鼻腔の中に広がり食欲をますます掻き立ててくる。
それぞれ皿に盛り付けて食事の開始だ。フォークで肉料理を口へと運びながら今日の出来事を振り返っていくと真っ先に茶髪に焦げ茶の瞳の少女の姿が浮かび上がった。あの時の体験は鮮烈であり新鮮だった。あからさまに敵意を向けてもそれを諸ともせずにこっちに来る人は初めてだ。もしかしたら・・・。と思ったが、過去を振り返っているうちにトラウマも蘇ってしまった。
何を考えているんだ俺は、またあんな思いを味わうつもりなのか。両手で握りこぶしを作り更に力を入れて握りしめる。
「他人なんざ信じられるか・・・」
ロレンツは吐き捨てるようにそう呟いた。




