奈落に差す光2
地下都市を牛耳るマフィアの本拠地がある南東区と一番治安が安定し商業区である南西区の狭間、ロレンツは全力疾走で仕事場であるアグローブ義肢整備製作店に戻っていた。身の危険を感じ取った小動物の帰巣本能の如くまっすぐに。
彼の上司が営んでいる店では看板の文字通り、四肢を失った者にサイズのあった義肢を提供し、故障したり破損したりすれば整備したりと、結構大変な仕事だ。義肢用に扱っている鋼は黒く頑丈であり、しなやかに曲げることもできるのでこういう物の用途として使われている。
鉄の玄関扉を開ければそこはいつもの仕事場だった。玄関から入り、手前の机の上には大量の資料と日誌などの黒いノートが乱雑に積み重ねられている。中央には作業用の2人の鉄板でできた机の隣に配置されたパイプ椅子に上司であるゴリマッチョの中年の男が座りながら雑誌のページをぺらぺらと捲っている。部屋の左奥には上司の住む部屋へと繋がっている手すり付きの階段とすぐそこには彼らが日々の仕事用に着用しているつなぎや長靴が長時間からの作業から眠りにつく二つのロッカー、そして全体的に埃っぽい。彼が仕事場に戻ってきたことに気が付いたのか黒い瞳をこちらに向けて彼をスクリーンが映し出す視野に入れる。
「よお、ロレンツどうした珍しく焦ったような顔してよ」
「変な女に会ってよ、無駄に疲れちまった」
ロレンツは額を駆け抜ける多量の汗を自宅から持ってきている白いタオルで拭い取った。
「何だ、彼女でもできたのか?何なら、おっさんにも見せてくれよ」
と、上司が緩い口からポロっと出た一言により、さっきまで煮えたぎっていた腸が一気に過熱されて溢れかえっていき、ロレンツは少女を威圧した時以上の低い声とトーンを加えて声を荒げて怒鳴り散らす。
「彼女じゃねえ!ふざけんな、エロジジイ!!」
「まあ、そう怒るなよ、冗談だし。お前が酷く人間不信なのは知っているさ」
「またそういう揶揄いかたしたら、右手でぶん殴るからな、ラフター」
ラフターと呼ばれた中年の男はやや砕けた表情でロッカーを右手で殴りつけた彼を宥める。つなぎの袖から顔を出している黒い義手が今にも殴りかかりそうな雰囲気を出しながら握りこぶしを一つ作り上げていた。
「ふーん、もしそうしたら真っ先にクビにしとこうかね」
「するわけ、恩人に牙をむく真似なんかしないさ」
仕事の再開する時間になったため、二人は部品やら資料やら散らばる机の横にあるパイプ椅子に腰を下ろし、下向いて黒い義肢を作るための作業に取り掛かる。
「お前は俺しか信じていないからな」
「だとしても半分くらいだ、全部は信用しているわけじゃない」
「酷いな、そりゃ」
ロレンツのさっき出会った少女との対応の温度差が凄まじい。
ロレンツがラフターの店で仕事しているのには理由が存在し、彼が爆発事故で利き手である右手を失って横たわっていたところをラフターが彼の体格に合わせて作ってくれたことに恩を感じた彼はそれを返すかのように週5通勤で週2の休みを貰いながら暮らしている。思えばラフターがいなければ今の自分はここには存在していないだろう。
「そういや、料理は上達したか?」
「毎日しているから嫌でも上達するわ」
「そうか、またうまいもの御馳走してくれ金払うから」
「わかった」
週に一回か二回ほどロレンツ宅で料理パーティをしている二人だが、ロレンツが人間不信であることと、ラフターの友人の殆どが“マフィア”に所属している為、人数は毎回二人だけである。
「会費2000ウェイス(※注1ウェイス=100円)に繰り上げるか」
「おいまて、完全にぼったくりだな、おっさんお前にバイト代支払わなくても十分にいい生活できるじゃねえか」
「次から~そうするか?絶対しないけど」
「店開いても客が来ないオチが目に見えている、経営経験したことない奴でもわかるぞ」
ラフターは真顔のまま現実味のある回答をロレンツに投げ飛ばした。
「というよりそのままやったらおっさん破産しちまう」
「知っている」
ロレンツとラフターが繰り広げる冗談塗れの話にケリをつけて二人は無言になり作業に入った。




