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廃れ大地の鎮魂歌  作者: ハブ広
26/27

絶望は希望を貪る5

「おや、お目覚めですか?」

 スタヴロスが体を捻ってアレッタがいる階段の方へと見やる。

ドォン!

ロレンツが一瞬の隙の穴に針を刺しこんだ。銃音がドーム状の洞窟に響き、死とは反対に属する紅い血潮が墓地の上を流れる。

「がぁああああああ!!」

「今までのお返しだ、確と受け止めやがれ、糞野郎」

 奴が初めて上げたどす黒い悲鳴、激痛に悶えている間にロレンツは渾身の力を込めた右腕スタヴロスの顔面を殴り飛ばした。前歯が折れ、口内出血を起こす。

 アレッタを抱え上げて話しかけた。

「アレッタ‼」

「ロレンツ、私…」

 涙ぐんだ瞳がまだ生きたかったと訴えかけてくるようだ。

「もういい、喋るな」

「初めてあった時のこと覚えている?」

「ああ、始めは嫌な奴だと思ったよ、だけどお前が何度も人間不信の俺に近づいて話しかけてくるもんだから、心から信じられそうと思ったんだよ」二人で買い物したり、飯食ったりこんなに楽しい時間を過ごせたのは数年ぶりだった」

「おこがましい言い方かもしれないけど、ずっと必要とされたい気持ちがあったんだ、だから死なないでくれ」

「それはもうできない、ごめんね、約束破っちゃって」

 震える左手はロレンツの左頬を優しく撫でて、頬と流れる涙の温度が混ざり合う。

「だから殺していいよ、できればあなたに殺されて楽になりたい」

 何時命を落としても可笑しくないこの状況、これ以上苦しむよりはさっさと楽になりたいという気持ちが強かったが、ロレンツの

まだそばに居たいという思いが彼女の些細な願いをへし折った。                                                                                                                                                                                                                                                                                                    

「俺からも嘘ついてごめん…できるわけないだろ、折角できた友達を殺せるわけない」

「はは、貴方らしいわね。」

「お迎えがきたわ」

「さようなら、ロレンツ…」

「ああ、さようなら」

ロレンツは最後の力を振り絞って見せてくれたまぶしいくらいの笑顔を見てそのまま笑顔で返した。そして彼女からぐったりと力が向けて左手が地に墜ちた。生気を失った瞳が潤いを失わぬように瞼はしっかりと閉じられている。

「アレッタ…アレッタ…」

 ロレンツは冷たくなったアレッタをぎゅっと抱きしめていた。

「く…そ…が…我ながら…油断した。」

 立ち上がるスタヴロス、自ら立てた計画をぶち壊す罅を打ち込むとは思ってすらいなかった。

ドゴォォォォォォォン!!

「爆発…!?」

「まさか…」

リンボに響き渡る爆発音、まさか、そのまさかだった。壁が爆発しては岩があっちこっちに砕けた破片が飛び散っている。ゴゴゴゴゴ…。「これは…」「リンボが崩れるぞ」

「ハハハハハハ!!マフィアの連中め、私ごとリンボを葬るつもりですか、ならば」

 ジャキッ、引き金に人差し指をかけるスタヴロス、ここで全員殺すつもりか…。

「逃げることは許しませんよ?全員ここで絶望しながら死になさい!」

「それは無理だな?死ぬのは手前だ」

「え?」ドゴッ、ラフターが大きなハンマーを使って狂気的なサイコパスを殴り飛ばしたのだということが分かった。左腕は複雑骨折により暫くは機能しなさそうだ。重いように動けず最後の最後で邪魔されたという悔いの念がスタヴロスの中で這いずり回る。

 ロレンツは不敵に笑いながら言った。

「遅いんだよ」

「準備に時間がかかった」

 包帯から血が滲んでいる。相当無理してやってきたのだろう、血色が悪く、かなり苦悶の表情が顔に貼り付けられていた。

「詫びにあとで何か奢れよ…おっさん」

 崩れ始めるリンボ。マフィアが仕掛けた爆弾による爆発、後10分程度で瓦礫に埋め尽くされそうだ。ここにいても助かる術はない、ロレンツはぐったりしているアレッタを背負ってクロエと共に走り出した。土埃が顔などにかかってもお構いなしだった、それらを払うことくらい生きていれば幾らでもできる、まずは脱出が先だ。無数の十字架が広がっている広場を抜けて出口へと脚を運ぼうとロレンツはしようとした、だが気配が無いのにいち早く気付いた。

「ラフター、何しているんだ…早くしないと死ぬぞ…」

「おっさんはここに残る」

 接着剤で靴裏と地面をくっつけたように動こうとしないラフターは満足そうな顔をしているように思えた。ロレンツは信じられない顔をしてラフターに叫び散らした。恰も一緒にここを出ようと催促していると言っているみたいだった。

「ふざけんな!あんただけここに置いて帰れるか!」

「これは俺の宿命だ、そして今まで罪から逃れ続けた分の贖罪だ、最期はこのくらい許してくれ」

「でもよ・・・」

 奥歯を食いしばってこみあげてくる想いを押し殺す。それが彼の願いならば連れていく必要はないだろうな、

 クロエが自分たちの思いぶつかり合いで拮抗しているロレンツとラフターの様子を見つめる。介入する余地はないと考えた。

「いけっ、まだ生き続けるというのはアレッタとの約束だろうがこんなところでそいつの想いを噛み潰そうとするな」

「…ロレンツ、おじさんは」「わかっている、ラフターこんな人間不信でちっぽけな人間を拾って育ててくれてありがとう、あのままだったら俺はどこまでも屑野郎に成り下がっていたのか分からない、そんだけあんたには恩がある。お世話になりましたラフター=アグローブ」

 只の魂のぬけ切った人形と化したアレッタを抱きかかえたままロレンツは彼に対してお辞儀をする。スタヴロスの仕業で廃棄洞窟に落とされた元リベラの住民、右腕を失い、何もかも失った俺に対して義手を与え、生きる価値を与えてくれた男への感謝といままで生意気言ったり、反抗的な態度を取ってごめんなさいと二つの意味を込めて…。その後、ロレンツとクロエは一度も振り向くことは無く、墓地を後にしていった。

 ラフターは感心した。

「なんだ、ちゃんと目上に敬語使えるじゃないか、クソガキ」

「これですべてが終わるな、まさか、ここが正真正銘の墓場になるとは、天から鉄槌でも下ったんだろうな」

 血を流して倒れ込むスタヴロスの隣に座って自分の終焉の時を待ち望む。

「ふっ、面白いことをほざいてくれますね、ここには天など存在しないというのに」

 スタヴロスは馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに鼻で笑った。

「代わりにあいつらが下してやったんだよ」

「…報復ですか、意地悪されて八つ当たりをする子供の様にね」

「そうなのかもしれないが、暫くお前という引きずり続けた足かせを外せたみたいだな、クロエは助けられず落とされた友人のことで苦しめられ、ロレンツは人間不信になり、価値観を失った瞳をしていたがその鍵はアレッタだった、あいつが少しは外してくれたが最終的に自分でケリをつけたみたいだな」

 過去の二人のことが頭の中に浮かんでくる、最初は同極同士の磁石の如く近寄っては反発するように避けていたのに、今ではものすごく仲良くなっていた。

「嘗て協力関係にあった貴方があのゴミ共に手を貸すなんて解せませんね、そこまでする必要が僕には理解できません」

 そういえば、こいつにとってタナトスはゴミ箱。世界から弾き出された異物の集合体という認識なのだろう。

「貴様の眼には地下都市の人間は塵同様にしか見えていないようだな、だがなあいつらは人間だ、お前のようなエゴイストの自己満足を満たすための道具じゃないんだ」

「…」「過去に人の命を容易く奪っていた人間がそこまで考えるようになるとは皮肉且つ滑稽の極みですね」

 両手で構えるピストルと目の前に広がる自ら起こした小さな惨劇を人的非道な瞳で見下ろしていたのを思い出した。仕事だと言い訳を付け加え良かれとやっていたことが後々の自分をここまで苦しめるとは…。

「そうかもな」

 スタヴロスの上に瓦礫が落ちてきて彼は粉々に砕け散った、生命の鼓動を感じさせる肉塊と血が終焉の地を鮮やかに彩る。ラフターは自分に死がこれから近いうちにやってくると分かったうえで笑みを溢す。さようならロレンツ、アレッタ、イリス。今からそっちに行くぞ、〇〇〇…。

 思い返せば奪ってばかりの自分に罰が下ったんだろうな、手足を分け与えることによって罪を償おうとしていた、償っているつもりだった…。でももういいんだ、漸く何かを成し遂げられたような気がする。

―。

 アレッタとロレンツが会う数日前のこと、イリスの喫茶店にやってきていたラフター。そこにはバイト中のアレッタの姿もあった。

「あのままじゃ彼奴がかわいそうだ」

「…人間不信ならなおさらかね」

「おじさん、その人の友達になりたいです。」

「!?」

「私も同年代の友達がいなかったから、私が彼の人間不信を治して見せる、必ず…私は浮き沈みの激しい病弱な体だしこのまま友達がいないまま終わるのは絶対嫌だ」

「アレッタ、ありがとうな」

―。

「ありがとう、ロレンツにアレッタ、そしてさようなら」

 ラフターの最期に見た景色は崩れ行くラビリンスの天井ではなく、嘗て時間を共にした亡くなった連れ合いの姿だった。手を差し伸べられ、実体のない物質を掴んだ瞬間、グシャリと跡形もなく潰されていった。

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