絶望は希望を貪る4
俺は元々リベラの住民だった。家族は中小企業を営む父親、既に家を巣立った姉の二人。姉とは俺が10歳のころには外国へと旅立っており時折手紙を寄越してきた。
父親が社長を務める企業が倒産し、そのころ俺はギャンブルと酒に溺れ激しい暴力を受けるだけのサンドバックになり果てていた。15の時に生きつなぐための金を稼ぐためにゴミ処理施設の従業員として働いていたが、誤って廃棄洞窟に落ちてしまい、タナトスのマフィアに自ら入る。
区ごとの資料を読み漁っている中優しさの奥に憂いを帯びたような声が聞こえてくる。
「こんにちは」
「…おう、お前は上層部が言っていた噂の協力者か?」
マフィアはその当時、組織の増大を図るために協力者を仰いでいたのだ。急に入ってくる新人や用心棒のような人員が本部内を闊歩していたのは知っていた。流れで加入してきた彼もそうだった。
「そうです。初めまして、ラフター=アグローブ、僕はスタヴロス=ティシュア」
犠牲の十字架か、中々洒落ている名前だな。やや歪んだ狂気を纏ったスタヴロスの右手を握り返した。
ここからだったな、そういえば。共にマフィアでの任務を熟し他人なんか手足の指に入りきらないほど殺してきた。生きるため、食いつなぐためだが次第に罪悪感がラフターの心を蝕んでいった。
ある日の夜、タナトスの酒屋に入り二人で焼け飲みしていた。透明なグラスの中でウイスキーに浮かぶ立方体の氷があたって冷たく澄んだ音が鳴る。
「なあ、スタヴロス」
「何でしょう」
「今更こんなことを思うなんてあれだけどよ、俺はもう人を殺したくない…」
組織内の誰にも言うことは無かった本音をなぜこんなやつに話そうと思ったのかは定かではないが貯め込むのも心に悪いと思いぶちまけた。
「そうですか、僕はタナトスの住民全員殺してもいいと思いますけどね」
「クソイカレ野郎が、お前に相談した俺が馬鹿だったよ」
最後の一杯を飲み干して店長に勘定してもらう。飲み過ぎて真っ赤になった顔を見られて「飲み過ぎにはお気をつけて」と釘を刺された。罰悪く「わかってんだよ」と荒々しく返しておいた。
店を出る時にちらっと後方を見るとスタヴロスが頬杖をついて疑問を店員にぶつけている様子が目に入る。どうせ俺に対する話題だろう。そんなことを話しても理解されないのは百も承知、万人に受け入れられない思想を持つ彼は不満そうだった。
そんな中、ラフターに転機が訪れる。人殺しに身を投じ続ける日々によって魘されていたころだっただろう。廃棄洞窟でゴミを漁っていた時に右腕を失くした彼女と出会った。
彼女はリベラの名家のお家騒動に巻き込まれた末にタナトスにやってきたのだという。あそこにいるくらいならと何度も復唱していたのをよく覚えている。
付き合うと共に彼女に何かを与えたいという願いが宿り始め、マフィアでの仕事を辞めたのち義手に対する知識を蓄え続けていた。そして現在まであるアグローブ義肢製作整備店を開店、お客第一号はもちろん彼女だ。華奢な体に似合わぬ黒い義手は元気と希望を与えた。
そんな幸せも束の間、彼女が惨殺されているのが見つかった。
「嘘だ…」
やり口を拝見してこんな殺し方をするのは奴しかいないと悟ったが彼は既にタナトスには居なかったのだ。怒りと憎しみが募っていく。
過去にお前と過ごしてきたからこそわかるがスタヴロス、てめえが考えていることは御見通しなんだよ。ガキどもに手出ししないうちに息の根を止めてやるよ。




