絶望は希望を貪る3
「...。」
はあ、早く来ないかな。退屈で仕方がないよ、それに彼女の死へのタイムリミットは近いしこのまま息絶えたら態々誘拐したのにただの時間の無駄になってしまうじゃないか。
リベラでもここタナトスでもしくじって居場所はもうない。この一件が終わればまた新天地に拠点を移すべきかな。また紡がれた縁の中で絶望の表情を拝むのも悪くない。
ドーム状の洞窟内、無数の十字架が立ち並ぶ土地の最奥部にある白い小さな建造物の階段にアレッタは寝かしつけられていた。所々に存在する燭台に燈る炎が唯一の明かりとなっており、ほんのりと仄暗さが残っている。
犠牲の十字架スタヴロス=ティシュアは疼いている火傷の痕を隠し、抑えきれない衝動を必死に抑えようと必死だった。散々ロレンツを叩きのめしてアレッタをこの手で殺したらどんな表情を浮かべるのか、考えただけで脳味噌が興奮で踊り狂う。手に持った懐中時計の指す時針と分針を見下してまだかまだかとリンボの入り口に退屈そうな視線を送っている。
奥から足音が段々と近づいてくるのが分かった。銀髪に赤褐色の肌…ロレンツだ。
「漸く来たね。待っていたよ、ロレンツ=イングリス」
「何のつもりだ、グリア、いやスタヴロス」「これは君を釣るための動機付けさ、警戒心の強い君にとってはこれくらいしないと針に罹ってくれないと思ってね」
「あ?」
ロレンツはふざけた考えに怒り心頭だった、噛み締めた奥歯がギリギリと軋んでいる。
「次の獲物は君さロレンツ」「意味がよく分からん、アレッタを返せ」「これからの調理は僕が決めることだよ。まな板の上にいる食材たちに選択権はない」襤褸切れの布に隠れている人差し指が掛けたトリガーが引かれて乾いた発砲音がリンボ内に響き渡る。脹脛の筋肉を引き裂いて風穴を軽々と開ける銃弾が暗い地面を穿った。
「があああああ!」
「ハハハハハ!いい表情だよ!堪らないね!あの時の続きが楽しめるなんて僕は何て幸福なんだ!」
「クソサイコゴミクズ野郎がぁ」
「もっと楽しませてくれよ…」
これはまだ余興と呟くカーテンコール、絶望の劇はまだ始まったばかりだと言わんばかりのワクワクを暴れさせる。動けないでいるロレンツに近づいて蹴り上げる靴の爪先が腹にめり込んだ。吐血、倒れ込む銀髪赤褐色肌の青年。
苦しい、痛い、俺は死ぬのかこんなところで一番憎い奴に殺されるのか…。そう考えていると途轍もない憎悪と悲嘆で涙が出てきた。ポケットの中に入れたピストル銃を使うタイミングが見いだせない。
「もう少し楽しみたかったけどタイムリミットが迫ってきたし、彼女は僕が殺させてもらうよ」
その次は廃棄洞窟で殺し損ねたロレンツの抹殺、頭の中に浮かんでいる死のシナリオは既に二幕目を開こうとしている。その時、ふたりにとって聞き慣れた女性の声が耳に届いた。
「やめなさい!」
クロエの声だ。騒ぎを聞きつけてやってきたのだろう、両手に持って構えているのはピストル銃だ。どこで仕入れてきたのかは分からないがかなり手入れがされており新品同然の品だった。
「ほう、君も生きてたんだぁ、これでまた楽しみが増えたね」
「クロエ、ダメだ逃げろ」
「逃げるわけにはいかないのよ、ロレンツ。ここでまた会えたというのに私はもう何も失いたくない」
アステール孤児院で過ごしてきた幼少期の友達が事故死や失踪ではなくこいつに殺されたという真実を知って今迄の信頼してきた白く純粋な思いが黒く混沌な不純物となって溢れ返った。
頬を伝っていく雫の一つ一つがこれまでの苦汁の日々。
「いいね、その表情、絶望させがいがあるよ」
とことん悪趣味な野郎だ。俺が医者やサイエンティストだったら思考回路がどうなっているのかメスで頭皮を切り開いて覗いてみたくなるだろう。
「ロレンツ…」
意識が戻ってきたのだろうか、蚊が鳴くように小さな声を振り絞ったアレッタは今どうなっているのか覚束ない視界で見渡した。
「アレッタ?」
「おや?お目覚めですか?」




