運命の暗転5
「悪いな、探すのに時間かかっちまった」
彼女を奪いに来たと思われた母親はロレンツを相手に両手でギュっと握ったナイフで応戦する。切っ先を二人に向けて敵対心を激しく燃やす。
「何よあんた、私の娘を奪いに来たわけ?」
「…そうだ」
「出ていけ!出ていけ!」と何度も金切り声で叫びながらナイフを振り回すが温く粗い太刀筋はいとも簡単に躱しきることができた。ギンッ、義手の右腕で受け止めパーカーの袖に切り傷が入るのが見なくとも分かった。
「娘の幸せを奪うのならあなたを殺す」
懐に隠し持っていたもう一つのナイフを取り出して今度は鼓動を生み出す臓器を突き刺そうと狙いを定めていた。
その一言でロレンツは激怒する。一直線の軌道上に乗ってきたナイフを義手で粉々に砕き、左手で顔面にパンチを喰らわす。「…娘の幸せを奪うだ?ふざけんな、あいつの気持ちを微塵にも気にかけないで娘を思い通りにして満足か?お前が自分の娘の幸せを奪っているんだろうが!貴様は歪めた理由を現実に貼り付けて逃げているだけだ、少しは気にかけるようなことをしてやるのが親の役目だろ!」
「私はこの子の幸せを守ろうと必死で・・・」
「それはてめえの価値観をこいつに当てはめて自己満足に浸っているだけだろ、イラつくんだよ、そういう自分勝手な妄想を築きあげて行動に移している偽善者が」
「自分で大切なものを傷つけていたことにも気づかないのか、親なら子供の意見も尊重してあげろよ」
イライラする…アレッタの母親が俺の父親とやっていることの理由が被って仕方がない。
クロエが見つけてきた鍵でアレッタと壁を繋ぐ錠を解除し、アレッタを忌々しい部屋より連れ出した。
「行くぞ」
「うん」
「ロレンツ、ありがとう」
「どうも致しまして」
隣にアレッタがいようとも関係なさげに怒鳴り散らされた母親は放心したように膝が崩れおち、へたんと尻餅をついた。
「…娘の最後すら見せてくれないなんて、神は残酷ね」独り言と思われる一言がもう一人の人間によって別の意味へと変貌した。「善良な神はここにはいない、何故なら空が存在しないからね。例えるならタナトスは地獄か冥界ってところかな」「君はどうするというんだい?最愛の娘はもう二度と貴方に顔を出すことは無くなったよ」
「もう、私には何もなくなった。家族がこの世に縛り付けてくれる重りなんだから、だからもう地獄に行ってもいいのよ」
「…僕が引導を渡そうか?」
「できればそうして」
「了解」
バァン‼乾いた発砲音が部屋の一室に響き、貫かれた脳漿が血流と共に飛び出して床や壁にべったりとついた。
「面白くないな、満足のそうな顔して死んじゃってさ、もっと絶望してほしかったんだけどなぁ」「ま、いいか彼女が獲物から生餌になって巨魚を誘ってくれるなんてね、失敗だと思ったけど、意外と成果がでたね。前菜でお腹いっぱいなんじゃ本末転倒だ。もうそろそろメインディッシュと行こうかな」
―。
南東区マフィアの本部にて、騒ぎ立てる喧噪が慌ただしくなっている状況を物語っていた。本部の前の門はマフィアたちの血のせいで真っ赤に染まっている。
「おい!何事だ!」
「お、お前は…」
ビュッ…。
「っ!?」首元に突きつけられた刃渡り15cmナイフが今にも頸動脈を容易く切り裂きそうだ。ナイフのグリップを慣れた手つきで空中に飛ばして弄んでいる。
「初めまして、急で申し訳ございませんが褐色肌に銀髪の青年は見かけませんでしたか?」
襤褸切れのような布でできた衣装を纏う人物の半面には痛々しい火傷痕が残されていた。そして歪めた笑みを浮かべて自分のたくらみの為に動きだす。




