運命の暗転4
おかえりアレッタ…。兄さんの声だ。兄さんの声がする。起きなきゃ、眠りによる瞼の施錠が解除され、パチリとこじ開けて光を取り込んだ。周りを見渡せば、自分の部屋。見慣れた勉強机、木で出来た椅子、街灯の光が差し込んでいる窓のレールに設置された可愛らしい柄のカーテン。これらは見覚えのある家具たち、まさか…。コンコン、叩かれてなり出すノックの音。
「あら、アレッタ!目が覚めたみたいね」
「母さん…」「よかった、母さん心配したのよ」
「いやだ…いやだ…」
完全に拒絶をしているアレッタを見て落ち着かせるように両肩を掴んだ母親は普段通りの声で問う。
「どうしたの?」「助けて、ロレンツ…」「怖がっていても仕方がないわ」仕方がないわけない、恐怖の津波を引き起こしている震源地はこの女、母親だから。帰らなきゃ…。立ち上がろうとした瞬間、手首をがっしりと掴まれたように動かない。「!?」じゃら、嫌な金属音がした。これは鎖?いつの前にか手首の手錠に繋がれた細やかな造りの鎖は壁にガッチリと固定されていた。
鎖の長さは15m程しかなく家の中を自由に動き回ることは叶わなさそうだ。
「逃がさないわよ、貴方は私の娘。もうこれ以上家族を失う訳にはいかないのよ」何かに憑依されているように歪み、引き攣った笑み。上顎と下顎それぞれの歯が小刻みに揺れてカチカチ音がする。助けて、助けてだれか…。
何故ここまで豹変してしまったのだろう、今となっては彼女本人にしか知る由はない。
十数年前。
アレッタが生まれた家庭は貧しかったが笑顔が絶えず家族の絆が人一倍強かった。「どんな困難も団結して乗り越える」というリンヴィ家の家訓の影響もあり、喧嘩する様子は殆どなかったという。
生活を支えるために兄二人、姉は父親が元々いるタナトスのマフィアに所属し始める。ところが家族の全てを踏み壊す事件が起こった。父親、兄二人、姉の4人全員マフィアの幹部により銃で撃ち殺されたのだ。残された母親とアレッタに凄惨な事件の真相が伝えられアレッタは現実を受け入れられずに虚ろを見つめ続け母親はその場で泣き崩れた。
ここからだろうか、歯車が狂って暴走を始めたのは…。
大事なものを一気に喪って途方に暮れた母親は彼女を過度の拘束の糸に絡めとっていた。全ては大事な一人の娘の為と言わんばかりの悍ましい笑顔は忽ちアレッタを不幸の泥沼に沈めていく。
そして現在に至る。
いつの間にか眠っていたらしく瞼を開いて壁に飾られた時計を見て今ある時刻を確認する。21時16分…。夜か、ここまでくるとなるとロレンツ達も捜索を中断してどこかで身を休めているだろう。
「あら、アレッタ。起きたみたいね、ご飯持ってきたわよ」
彼女の小さい頃からの好物である果物の果肉とジャムを挟んだサンドイッチと野菜スープをお盆の上にのせて運んできた母親の瞳は水面にインクを垂らしたように虹彩が少しばかりか黒く濁っていた。
もう怖がってもどうしようもないと思い体を震え続ける制止させようと必死だったが止まるはずもない。
「誰か…助けて…」
ドゴォン!
木で出来た扉がぶち破られて破片が飛び散って埃が舞う音が聞こえる。
「?」
ドゴォン!正体不明の侵入者の気配に怖気づくアレッタとその母親。
「誰!?」
「ここか?アレッタ!」
「ここにいるよ!」
「わかった、今行くぞ」
「来ないで!!私のただ一人の娘をどうするつもり?」
「いつもの日常に連れ帰る、それだけだ」
ドゴォン!!
アレッタの部屋のドアをぶち破るロレンツの拳が黒光りする。決意の意味を込めた足取りは止まることを知らない。不法侵入と分かっていてもマフィアは動かないのは百も承知、ヅカヅカと踏み込んでいくブーツの底が擦れる。
「ロレンツ!」
「アレッタ…!」
自ら定めた歪んだ幸せを守り抜くために激情に任せていかれた表情を浮かべてアレッタの母親は対峙するロレンツを睨みつけた。




