奈落に差す光1
都の西端、もう使われなくなった廃棄物の最終処分場。電気を通しても二度と返事をしないであろう冷蔵庫やテレビなどの電化製品、大きく礼をするようにへし折れた標識、原形を失いバラバラにされたコンクリートの瓦礫等々、もはや物が行くつく先の終着駅だ。
だが、そこから見える景色は格別だった。岩の氷柱ができた空を知らない岩盤の天井が見下ろしているのは太陽代わりの光源である規則正しく並べられた橙色の光を放つ街灯が味気の無い暗闇の都市を彩る。一際賑わいを見せる商業が盛んな区域では地上で栽培、飼育されていたであろう農畜産物が売り捌かれていた。中央に大きく佇む建物が圧倒的な存在感を主張している。
いつ見ても変わらない、だがそれがいい。廃棄物に腰掛ける赤褐色肌に銀髪、藤色をした釣り眼の青年は顔色一つ変えず、都市を見つめる。
そろそろ、彼は仕事の休憩時間を使ってここまで来ていたが、時計の針が休憩時間を徐々に削り取っていく。戻らないといつもは寡黙なくせに仕事に関しては人一倍うるさい上司に一括いれられるのも癪だ。翡翠色をしたつなぎが今迄圧し掛かっていた廃棄物からゆっくりと離れる。彼は1m程下のゴツゴツした肌に飛び降りると、4m程先に肩甲骨まで伸び、毛先がややカールしている茶色の髪の毛に焦げ茶の瞳、服装は鳩尾までかかるフード付き朱色のローブ、白いポロシャツに膝まで露出した茶色のズボン、赤のブーツを着用した少女が丸くした目をこちらに向けている。
なんだ?見たことない面だな。
人間不信である彼は敵意剥き出しの鋭い目線を少女側に向けるが、彼女は怯むことなくこっちを見つけている。気味が悪くなった彼は小さくため息を漏らして、着崩している翡翠色のつなぎのポケットに両手を隠し、靴底を地面に擦り気味のまま歩いていく。
歩き慣れたいつもの下り坂、未だに大量の廃棄物たちがまだ顔を出しているが、目も暮れずにいつも通りに目線は一寸先の足場を見下ろす。しかし、いつもと違うと気づき始めたのは彼女が現れてからだ。振り返れば、柔らかな笑みを浮かべてこっちについてきている。
「なんだ、ついてくるんじゃねえよ、気味悪いな」
威圧的な言葉を吐き出した。普通ならこれでもう来ることは無いはず、はずだった。歩いても、歩いても背中にこびり付く視線が頑固なシミのように離れない。
再び振り向けばやはりあの少女だった。
「はあ、何か用でもあるのか?俺の後についてきて楽しいか?」
その心に不純物が一切ない宝石のような輝きを瞳に宿している彼女はその問いに5秒後に答えを喉の奥から吐きだした。
「私は貴方に興味があるの、それだけ」
は?
脳内一面に咲き誇ったには質問の応答内容に対するクエスチョンマーク。何言っているんだ、こいつと顔にマジックで書かれたような表情を浮かべて彼女の面を拝見する。
腰のあたりで後ろに手を回し、左手首を右手で掴んでいる少女は再び口を開いた。
「ねえ、あなたはあそこで何をしていたの?なんか何も移さないような虚ろな目で見ていたようだから」
仕事の上司ならまだしも、初対面の赤の他人に質問をぶつけられるのは初めてだ。ここには天気という物はないが、嵐か吹雪が吹き荒れそうな嫌な予感が首筋に走った。
「景色でも見ていたの?趣味?」
流石にしつこいと感じ出した彼の心にどんよりとした曇り空が広がり出した。
「お前には関係ないだろ、俺に興味を持って何になるんだ、つうかついてくるなよ」
体を翻し、彼は益々脚を動かすスピードを上げていく、いやこれではまた追いつかれそうだと勘が囁いたのか今度は四肢を全力で使い、走り去っていった。彼女もその後を追うが、廃棄物処分場を抜けたあたりで見失ってしまった。
「はあ、はあ」
人一倍瞬発力と機動力がある彼女だが、スタミナが流石に切れてきたようだ。両手を膝について息と激しく脈を打つ心臓が大人しくなるのを待つ。大人しくなってきた辺りで服の袖で額を流れる汗を拭い、大きく広がっている都市を見つめた。
わたしはただ―。
これは人間不信になった青年と興味津々な少女の価値を見出す物語。荒廃し、再度発展し始める都市の地下で邪魔な錆を取り除かれ、潤滑油で動きが活性化された歯車は動き出す。




