運命の暗転2
「逮捕…!?」「けどすぐさま警察の手を免れてタナトスに潜伏しているのよ」ロレンツはタナトスの町中で盗み聞きした情報を思い出す。やはりそうか口から出ていた容姿が一致している。パズルのピースが全て当てはまった気がした。
「俺を落とした野郎がここに居るなんて憎い演出だな」
「あなただけじゃないわよ、ロレンツがここ落とされてから先生の机とか調べ物をして気づいたのだけど、全員ここに落とされているわ」
空気が一層と重くなり始める。
先に落とされていった子供たちは廃棄洞窟に落とされて落下時の衝撃で死んでしまいその後は上から重機で運ばれてくる大量のごみの下敷きになっていったか。確かめる気も起きないが何となく察した、そして俺達は奇跡的に生きていたというだけだろう。
「…」「グリアからしたらタナトスは完全に芥箱なのかしら」完全に恩師に対する敬う心を撤廃したクロエは敬称を付けずに呼び捨てにして話を伸ばす。少し水の一部へと変化している歪な氷をグラスで澄み切った音を垂らし、喉元に波を引き起こしている。
チラッとアレッタを見れば居心地悪そうな顔で只管デザートに切り分けた林檎に噛り付いていて何だか彼女に対して申し訳なくなってきた。「悪い、アレッタ。二人で盛り上がりすぎた」「そうじゃないよ」「?」「…。」「妬いているの?」「うん」
素直だ。可愛いな、こいつ。
素っ気無く答えたアレッタが可愛らしく思えるクロエはクスリと真剣そのものの顔の緊張を紐解く。今は楽しい時間だ、楽しまなくてはここまで待ってきた過去の自分たちに申し訳ない。フォークで林檎の果肉を貫いて瑞々しさを保ったままの状態を口の中に放り込んだ。林檎特有の触感を楽しみながらアレッタの方をちらっと見やった。黙々と膝を折りたたんで椅子の上に体をうまく収納して林檎に噛り付いている様子がうかがえる。まだ鋭く突き刺さる視線が痛いけど…。
料理を平らげた後は片付けまでしっかりとしていく。作って貰ったのにそのまま何もせずに帰るのは礼儀知らずだけだ。アレッタとクロエは皿をステンレスの流しで洗っているロレンツの周りで個々の作業に取り掛かる。アレッタが流水と洗剤によって油や汚れを一つ残らず水に流した皿の水滴を布巾でふき取り、クロエはテーブルを綺麗にした後キッチンにある食器棚へと次々に食器を入れていく。
「あのさ、ロレンツ。」
生活音だけが流れては消えての繰り返しの部屋の中でアレッタの声がした。
「ん?」
呼応するように口を閉じたまま返事をする。
「いつか地上に出て一緒に旅したいね」
「地上か…いいな。」
孤児院にいた頃に嫌と言う程ガンガン浴びていた陽ざしが今や遠い昔のように懐かしい。これからの活動、夢を語りつくした、こうして今回の食事パーティは幕を閉じたのだった。
「ありがとう、今日は楽しかったよ、ロレンツ」
「じゃあ、また会いましょう」
「ああ、また来いよ」
ロレンツと別れて自宅へと帰っているクロエとアレッタは途中で別れて常闇に沈んだ一本道をゆっくりとしたスピードで黒く塗りつぶされた足場を踏みしめる。
人々が寝静まって起きているのは夜勤勤めか居酒屋で屯して居る酔っ払いくらいだろう。それにしてもロレンツの料理美味しかったな、薄すぎず濃すぎずいい塩梅に調整された味が忘れられない。また食べに行こうかな、独りで食べることが多かったから何だか懐かしい思いが膨らんでいる。
兄弟などの他人とテーブルを囲んで食事をするという風景が海馬から呼び覚まされ、暫くの間その記憶の内容に耽っている。疲れにどっぷり浸かった足取りは鉄球付きの足枷のように重々しい。
明日からはまたお手伝いの時間だし、暫くの間はロレンツの家に行けそうもないかな。
仕事がまた始まってしまうと思うと晴れそうもない憂鬱の雨雲が心を覆っていた。でもそれが開けて再び楽しい時間が来るのは押され続けた発条が大きく跳躍していくくらいの気持ちになるだろう。
南西区にある家へと向かういつもの通路、歩きすぎて沁みになるくらい叩き込まれている。自然と歩みを進める脚の動きはいつものレール軌道上に乗っていった。
曲がり角を曲がった瞬間、急激に具合が悪くなってきた。
「!?」
跪くアレッタの後ろから何者かの影が近づいてきた。
「こんにちは、お嬢さん」
ばっ、後ろを振り向く隙も与えられず口を布か何かで塞がれて息が全くできない、苦しい…だれか…ロレンツ…。アレッタは意識を失った。
翌日、いつも通りに回り始める日常の歯車。ロレンツも翡翠色のパーカー、薄く汚れた白のズボン、黒いブーツを履きバック片手にラフターの居る店に出勤する。いつもより上機嫌のまま鼻歌を歌い、どうでもいい他人の視線など気にも留めず歩いているうちにマフィアの幹部と下端らしき者達が視界に入り一気に表情が暗雲に埋もれていった。荒々しい足取りが仕事場の扉前までで止まり、差し出された左手でドアノブを引く、開けるとそこには深刻そうな顔のラフターと話しているイリスが顔を真っ青にして俯いていた。
「どうした?イリスにおっさ…」
「ロレンツ、アレッタが何処に行ったのか知らないか!?」
イリスがいきなり両手で俺の肩をがっしり掴んで尋問してきた。相当必死そうな表情と焦りが十分に伝わってきた。驚きを隠せず茫然と眺めた後答えを振り絞る。
「昨日見て以来だ。何かあったのか?」
「そうかい、わしの家にまだ戻ってきてないんだよ」「なんだと…。」異常なほどの嫌な予感が体の中を隅々まで稲妻の如く走り抜けていく、頭をフル回転させあり得る情報を持ってくるので今は精一杯だ。まさかとは思わないが…昔は今では忌々しい奴の顔が思い浮かんでくる。
「俺、ちょっと情報収集してくるわ」
「わかった」
持ち物が入ったままのバックを店において勤務の為の準備に入ろうとしていたところを止めて急いで扉を開けて勢いよく閉めていく。力強い閉鎖音とともに一瞬の風が部屋の家具へと微かに吹き付ける。
「すまない、茶髪に焦げ茶の瞳をした女の子を見なかったか?」と通行人に質問して回っていく。今のところ手掛かりの尻尾どころか闇の奥に隠れている。そう簡単に見つかるはずはない、誘拐犯ならば身代金やら色々と要求を出してくるはずだが今ある件は何もなかったのだ。どういうことだ?犯人の動機と目的は一体なんなのだろう。
「クロエ、アレッタが何処に行ったのか知らないか?」
「いやっ、分からないわ。どうかしたの?」「それが」
3人のマフィアの連中の中にロレンツを凝視し続ける男性の姿が煩わしい。クロエと話がしたいのに視線が気になって集中できない。引き留めようとする二人のマフィアの下っ端たち、それを退ける一人の男は口呼吸で開きっぱなしの口角を上下に動かした。
「お前、もしかしてロレンツか?」
「…親父?」




