十字架の悪夢1
十数年前…。潤いすら忘れたカラカラの陽ざしが渇きを与え続けられている地上都市リベラ、ここで彼の物語は始まった。あまり裕福ではないが、ロレンツは円満な家庭ですくすく育っていったと思われる。2歳の頃に母親が病で他界。そこからは父親が男手独りで幸せにするために自分が立てた農業会社をフル回転させていたが、経営破綻の末に途方に暮れて自殺まで考えていた。あまりに生気の無くした顔で仕事探しにうろついているとタナトスのマフィアに勧誘され、下端に下る。農業会社を営んでいたころよりはるかに低賃金ではあるが仕事が見つからないよりもましだと考えた。でもこのままでは息子を幸せには出来ない、苦悩の末に孤児院へと受け渡すことになってしまう。
それがロレンツの心に人間不信の種を埋め込むことになろうことはあくまで頭に入っていなかっただろう。
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「幸せになってくれ…ロレンツ」
大きな背中を見せつける父親を見て必死に手を伸ばし続けるロレンツを縛る孤児院の先生は腕を引き千切るような勢いで行こうとするのを必死に止めていた。
「ダメだよ、ロレンツ君、君はもうここの子だよ」
嫌だ…。嫌だ…。行かないで父さん。
とうとう姿が見せなくなり、拭おうとも何度も流れ出る頬を伝う物が静寂に零れて消えていった。声の主へと顔を向けると視界にツーブロックを入れたロングヘア、不摂生そうな前髪は鼻の辺りまで伸び、後ろ、横はツーブロックがやや見える程度まで伸びており、後ろに束ねて結んでいる黒い髪に淀んだ翡翠の瞳、右半面を焼き焦がしたであろう濃い火傷の痕を見てロレンツは戦慄する。それでも優しそうな表情が出ていた。
「初めまして、僕は“グリア=メルスト”、“先生”と呼ぶといいよ、さあおいでここは皆歓迎してくれるよ」
先生はこの“アステール孤児院”へと新しく入るロレンツを歓迎していた。孤児院で前から暮らしている子供たちが歓迎してくる。さあ、おいでよと手を引っ張られて五芒星の紋章が飾られた門を潜る。今迄いた心地よく、親しんだ環境から急激に新しい環境へと移り変わってしまい、慣れるのに時間がかかると思っていたが、年齢が近い子供たちの積極的な対応によりその時間を刻む針は急速に速度を上げていった。
ロレンツの部屋は奥から3番目の所、中にはベッド、衣装箪笥、勉強机が配備されている。子供部屋は合計8つ、食堂と浴室が完備されており、図書館もあるので暇なときにはもってこいだった。先生の部屋は1階の子供部屋が羅列している廊下の一番奥だ。
とりあえず、ベッドで一人本棚に入っていた絵本を読み始めて数ページ読み進めていった頃だった。ガチャッ、ゆっくりと扉が開かれる。やってきたのはオレンジの髪にグリーンの瞳をした少女、黒い髪にスカイブルーの瞳をした少年だ。彼らはロレンツより一つ年が上だ。驚かせないようにゆっくりと入ってきたみたいだが、彼はかなりビビっており、逆効果みたいだったようだ。「驚かせないでよ」「ごめんごめん」
「ちょっとお話しようよ」「いいよ」「私はクロエ、こっちはここ一番煩いジェシー、よろしくね、ロレンツ」「うん、よろしく」友情の証に利き手で握手を交わし合う2人と1人。廃棄洞窟に落とされるまでのアステール孤児院での生活が始まった…。




