死にたいの最上級
「死にたいの最上級は生きたいなんだって」
忙しなく指先を動かし、ガンガン行こうぜモードな勢いで、目の前の敵を薙ぎ倒す。
敵がぶっ飛び、赤く染まる阿鼻叫喚な地獄絵図を表現しているところで、そんな声が掛けられた。
画面から一瞬だけ目を離し、忙しなく動く指先はそのままに、言葉を投げた相手を見る。
相変わらずとも言える、燃えるような赤い髪を揺らしながら、マグカップ片手にこちらを見つめる姿があり、それを確認して直ぐに画面に視線を戻す。
「それ、どこの誰の入れ知恵?」
「誰って言うか、歌詞かなぁ」
ガチャガチャ、コントローラーが悲鳴を上げる。
目の前の敵を一掃するためだけに動くキャラは、体力をほぼ満タンにしたまま武器を振るう。
近距離武器は、短刀よりも長物の方が扱いやすい。
「はぁ、何て言うか……無駄な知識を入れやがってってところかな」
コマンド入力で大技を出せば、あっという間に敵がいなくなる。
ドドンッという効果音と共に出る何人斬りの文字を見て、うーん、と首を捻った。
「それでね」
「うん」
「作ちゃんは、生きたいのかなって」
ザッザッザッとキャラクターが移動する足音が響く。
地図を画面の端っこに表示してあるので、向かうべき場所にはマーカーがあるので、そこを目指すだけだ。
時折襲ってくる敵を迷うことなく、一発で仕留めていく姿は、凛々しい。
隣に座り込んだ彼女は、やはりマグカップを持ちながら首を傾げている。
そのマグカップの絵柄は、見覚えのあり過ぎるもので、名言まで書かれているから、確実にボクのだ。
何でボクのを使ってるんだろう、という疑問を頭の片隅に置き、ふわりと漂うカカオの匂いで鼻が上下する。
「死にたいは死にたいだよ」
コントローラーを握る手に力が入る。
控えめに向けられた視線は、ボクの首に突き刺さっており、身を捩った。
昨日は首吊りに失敗した結果に、首には細い縄の跡がクッキリと浮かび上がっている。
特別隠したいものでもなく、引きこもり体質なために外には出ないので、Tシャツにパーカーと首元は無防備なもので、その跡は誰にでも見えてしまう。
見たくなくても見えてしまう、というのは、相手にとっては不快極まりないことなのかも知れない。
自分とそれ以外の間には、身内でも幼馴染みでも、見えない線引きがあるのだ。
「……そうなの?」
画面に視線を戻したけれど、彼女は身を乗り出しで顔を覗き込む。
元々下がり気味の眉と瞳が、更に下がっているように見えるのは、きっと気のせいではないのだろう。
近付いた顔に合わせて身を逸らす。
画面が見えないせいで、何かが切り裂かれる音がして、適当にボタンを弾く。
その間も、こちらの顔を覗き込む彼女は、色素の薄い瞳を閉じたり開いたり。
「そうだよ」
素早く答えて体を横に倒す。
画面の中のキャラクターの体力はいつの間にやら半分程になっていた。
ここでアイテムを使うべきか、まだまだと走り続けるべきか。
体を横にしながら考える。
「ねぇ、作ちゃん」
「んー?」
横になったボクを元の位置に座り直して見下ろす彼女は、マグカップに口を付ける。
甘い甘い匂いでお腹が空きそうだ。
思い返せば昨日の夜から何も食べていない気がする。
「……生きたいね」
視線を向ける。
目が合えば、にっこりと効果音が付きそうな笑顔を向けられて、うーん、と一つ唸って見せた。
何とか反動を付けて体を起こす。
「……そうだね、いきたいね」
画面の中のキャラクターが悲鳴を上げた。
ゲームオーバーの文字と、眉を下げた彼女を見て、舌打ちをしたくなった。