魔王と黒色LED
勇者の聖剣は魔王ゲノンの胸を貫いた。溢れる光が魔王の身を焼いてゆく。腐敗した肉の焦げる臭いがあたり一面に漂ってきた。ゲノンの身は崩れ、漆黒の玉座の前に倒れ込む。
あと一撃。あと一撃で倒せる……。
勇者一行は魔王のもとに近づき、白銀の聖剣を構えた。
「フハハハハッ!」
突如、ゲノンは不気味な笑い声をあげた。自らの胸に手を当てながら、黒紫の空間を勇者の周囲に生み出した。勇者の聖剣は瞬く間に白銀の輝きを失い、ただの鋼へと姿を変える。
一方、魔王の肉体は再生し、だんだん元に戻ってゆく。
「なぜだ? どうして魔王の体が再生する?」
慌てふためく勇者に、魔王は「フハハハハッ!」と笑い声をあげた。そして、完全回復した魔王は勇者たちに語りかける。
「分からぬか、脳筋。貴様らは私にどんな攻撃をしている?」
「俺たちは女神の加護を受け、聖なる力でもって、貴様のような悪しき闇を払っている」
「フハハ。笑わせてくれるわ。貴様らの攻撃はただバカの一つ覚えみたいに、エネルギーをぶつけているだけではないか」
「なんだとぉ?」
魔法使いは呪文を唱え、魔王に向かって火球を放った。
「フンッ、魔法使いとあろうものが……。もう少し賢いと思っていたのだがな。貴様からは原始の香りしかしない」
魔王は漆黒の闇を広げ、魔法使いが放った火球は闇にのみ込まれた。
「知っているか。エネルギーというものはな、いろんなものに置き換わるのだ。光にもなれば、音にもなる。傷つけることもできるし、癒すこともできる。炎の熱と光は雷にもなる」
闇の中に青い火花が煌めき、スパークの音が玉座の間に響き渡る。
「我が闇魔法はあらゆるエネルギーを闇に吸収する。行き場を失ったエネルギーは、決してゼロにはならない。別のエネルギーとなって再利用される。このようにな」
「防御魔法を、雷撃がくるぞ」
勇者の指示で、白銀の聖なるバリアーが一行を覆う。これがあれば雷撃は反射され、ダメージを受けるのは魔王だ。
魔法使いは防御力を最大限に高めるため、さらに魔力を注ぎ込んだ。
だが、白銀のバリアーは徐々に闇に侵されてゆく。魔力を注いでも光は闇に飲まれる一方だ。
逆に、魔王の手元で煌めく雷光は大きくなり、威力が増していった。
ついにバリアーは消え去ってしまった。魔王ゲノンは「フハハハハッ!」と笑う。
「貴様らは落第だ。私がこれほど丁寧に講義したのに、またエネルギーを使うとは……。脳筋には失望したよ」
魔王は闇に封じられた雷を勇者一行に放った。
「フハハハハッ! フハハハハッ!」
玉座の間にいた勇者たちは昇華し、消え去った。魔王ゲノンは笑い声をあげ、悦に浸りながら玉座に戻る。
「闇魔法は万能! 闇属性こそ最強! わが闇の軍勢は永遠なり、フハハハハッ!」
***
「土井ぃー! これだけはやめてくれ。離せ!」
土井が山崎のノートを取り上げ、大声で内容を読み上げる。
「う~わぁ、魔王ゲノンだってー。ザッキーのノート厨二!」という声が教室内であがった。
山崎は赤面しながら、なんとか土井からノートを奪い返そうと必死になっている。
ノートを読み上げる土井に男子生徒が声をかける。
「このノート。イッシーにも見せろよ」
「はぁ? 天才石頭の石橋に見せても、なんの反応もないと思うぞ。たぶんメッチャつまらない」
「その反応がいいんだよ。ザキのショック倍増だ」
土井と男子生徒は山崎のノートを手に、石橋のもとに駆け寄る。石橋は席で静かに本を読んでいた。きっと小難しい近代文学でも読んでいたのだろう。差し出されるノートをめんどくさそうに受け取り、目を通した。
「やめろー!」
遠くで羽交い絞めされた山崎が叫んでいる。その姿に女子生徒は総員大笑いだ。
石橋はノートを読みながら、静かに「フフッ」と笑っている。
「どうだ、イッシーもおかしいと思うだろ」
土井と男子生徒は石橋の答えに期待を寄せる。こちらを向いた彼は真顔でこういった。
「実に面白い!」
「はぁ?」
予想外の反応に土井たちは思わず声を漏らした。
「イッシー、お前大丈夫か?」
「石橋もまさか厨二病患者?」
石橋は首を横に振る。
「土井君はなにも思わなかった? この発想を見て」
土井は石橋の言葉になにも返せなかった。横にいた男子生徒も同じくだった。
「この発想は黒色LEDの開発につながる、画期的な発想だと思うんだ」
「黒色LED?」
石橋の周りにいた生徒は一斉に裏返った声をあげる。
「黒色LEDは黒い光を発生させるダイオードだよ。もちろん黒い光なんてものは存在しない。正確にいうならば周囲の光を全て吸収して、黒い闇を作り出していることになるんだけどね」
石橋の言葉にみなキョトンとしている。静寂に包まれた教室で彼は語り続ける。
「普通のLEDは電気を供給することで、光を放っているんだけど、黒色LEDは逆に光を吸収することで電気を発生させる。近いものは太陽電池としてあるんだけど、ちょっと違う。黒色LEDは光を面で受けて吸収するんじゃなくて、一定の空間にある光を全て吸収するから効率がいいんだよ。反射はゼロ、闇の空間が球と仮定すれば占有面積は半分、LEDそのものはもっと小さく、たくさんメリットがある。エネルギー問題の救世主だよ」
石橋は沈黙するクラスメートの前で立ち上がり、ノートを持って山崎の方へ歩く。止める者は誰もいない。
同じく固まる山崎に、『魔王ゲノンとの決戦』のページを広げたまま、ノートを返した。
「山崎君、僕と一緒に作らないか? 黒色LEDを……」
山崎はボケーッと口を開けながら、小さく頷いた。
学校はしばらく山崎の厨二ノートの話題で盛り上がったが、いつしか忘れ去られた。
山崎と石橋の約束も一日限りのものだったと、みんな思っていた。
中学を卒業後、山崎と石橋は同じ進路を歩んだ。高校は著名な進学校に通い、大学は理工学部に入り材料科学を専攻した。土井も同じ大学に入り、学部卒業まで山崎と石橋と三人で野望を語った。
学部卒業後、山崎と石橋は大学院に入った。いつしか渡米し、共に研究を重ねていった。一方、土井は学費の工面ができず、彼らと別れ、科学機器のメーカーに就職した。
それから二十年ほど、土井が二人と出会うことはなかった。