第八話 兎人族の少女
八話目にしてやっとヒロインと絡ませることが出来ました。展開が遅くてすいません。
ライオネルが今日も日課の朝の鍛錬に行こうと宿の一階に降りるとリーナと会った。
「おはよう」
「おはようございます、ライオネルさん!」
ライオネルが亭主に挨拶すると、リーナも挨拶を返した。
「今日も鍛錬?」
「あぁ、鍛錬は毎日やらないとなんだか気持ち悪くってな」
「わかるわかる、その気持ち! 私も毎朝おそうじしないとなんとなく気持ち悪いの!」
毎朝ライオネルは起きると鍛錬に行く。そのときに毎回掃除をしているリーナと会うので、ちょっとした世間話をするくらいには仲良くなっていた。
「じゃあ俺は鍛錬に行く」
「あ、ライオネルさん、ちょっといいですか?」
「ん、どうした?」
「えと……、ちょっとお話があるんですけど、お時間いいですか?」
「あぁ構わないが……」
リーナからそのように話を振ってくることは今まで無かったのでライオネルは不思議に思った。
「最近ワイルドボアの肉がちょっと安くなってるらしくて今のうちに蓄えておこうって、今度お父さんが依頼をギルドに出しに行くって言ってたの。だけどライオネルさんに直接依頼書を渡して受けてもらった方がいいかなって思って、ライオネルさんさえ良ければ受けてくれない? 報酬は相場どおりで!」
「あぁ、特にやるべき依頼も無かったしいいぞ。依頼書はあるのか?」
「ありがとうライオネルさん! 依頼書はあるから、ライオネルさんがギルドに行くまでに書き終えちゃうね!」
「ん、わかった。じゃあいってくる」
「うん、行ってらっしゃ~い!」
リーナから依頼についての話を聞いたあと、ライオネルは今日も鍛錬のために大通りへと向かった。
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「ふぅ、ごちそうさん」
「あ、ライオネルさん、これお願いします」
鍛錬を終え、宿で朝食を食べ終えたところでリーナから声がかかった。リーナから手渡されたのは依頼書と銀貨の入った袋だった。
「依頼書はわかるが、こっちの金は?」
「それは依頼の成功報酬。依頼を受けるときに渡り鳥の止まり木亭からだって言って渡してください」
「ん、わかった。じゃあいってくる」
「は~い、行ってらっしゃい」
依頼書と金を受け取ったライオネルは、リーナに行ってきますと告げ、ギルドに向かった。
ギルドは相変わらず人で込み合っていたが依頼を取りに行く手間が省けたライオネルは、そのまま受付カウンターの列に並ぶ。
いつものようにサクサクと列は捌かれていき、すぐにライオネルの番になった。
「おはようございます。依頼書とカードの提示をお願いします」
「あぁ、おはよう。今日はちょっと特殊なんだ」
「と、言いますと?」
無表情で小首をかしげるという器用なことをする兎顔にちょっとうすら寒いものを感じながら、ライオネルは持ってきた依頼書と金、ギルドカードを見せた。
「渡り鳥の止まり木亭からの依頼だ。依頼書とこっちは報酬の金だってさ」
「あそこから依頼書と報酬金を頼まれて持って来たんですか?」
「あぁ、そうだが……」
「いえ、随分と信頼されているようですね」
「そ、そうかな」
ライオネルはなんだか気恥ずかしくなって頬を爪でポリポリと掻いた。
「では、依頼はワイルドボア一頭の狩猟で、多く使える部位を残して狩ってきた場合は評価に加点させていただきます。よろしいですか?」
「ん、問題ない」
「はい、ではお気をつけて」
ライオネルはいつものように彼女に片手を挙げて答えてギルドを出ていった。
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いつものように森に入ったライオネルはワイルドボアの痕跡を探して回った。
ワイルドボアは大きめの猪といった風貌で、普通の猪と大きく違うところは牙が四本生えていて、それらはより効率よく敵を刺し殺すために前方に向かって真っ直ぐ伸びていることだ。ワイルドボアはライオネルの村の森にも生息していて、よく夕飯で出てくるくらいには狩っていた。なので、ライオネルはその習性をよく知っていて、奴らは牙で木に傷をつけて縄張りを主張することを知っている。
(確かこの前はここら辺に傷が……、お、これだ)
ライオネルは木に特徴的な傷を見つけると素早く回りを警戒する。すると、少し先にワイルドボアと思われる気配を感じた。茂みに隠れながら気配のする方向に向かってみると、そこには牙で地面を掘り返して餌を探しているワイルドボアが居た。
(ワイルドボアの気性は荒く好戦的だが、攻撃は突進しかできねぇ。それにこいつらは食える部分が多いからなるべく傷をつけたくない。なら、いつも通り……)
「真っ向勝負だ!」
ライオネルは潜んでいた茂みから声を上げながら立ち上がると同時に、ワイルドボアに向かって両手を広げて闘気を纏わせた。自分を大きく見せることでワイルドボアが自分に向ける敵意をより大きくするためだ。ライオネルは村ではよくこうやってワイルドボアと対峙し、それを狩っていた。
「ブオォオオオオオ!!」
自らの縄張りに敵意を持つ存在が入ってきたことにワイルドボアは怒り心頭といった様子で鼻息も荒くライオネルに向かって突進してきた。
「おらぁ! かかってこい!!」
突進してくるワイルドボアに対してライオネルはつま先を地面に少しめり込ませて機を見計らう。
(ここだ……!)
ワイルドボアの牙がライオネルに届く寸前に牙二本をがっしりと掴んで動きを止めようとする。
「ブォオオオオオ!!」
「ぬぉおおおおおお!!」
縄張りに侵入してきた痴れ者に渾身の突進が止められたことに憤慨したのか、気勢を上げてライオネルを吹き飛ばさんと四肢に力を入れるワイルドボアだが、闘気を纏ったライオネルの体は少し後退するばかりで、その牙はライオネルに届かずに止まってしまった。
「ふんぬっ!!」
ワイルドボアの体が止まった瞬間にライオネルは牙を支点に飛び上がり、空中に体が浮いた状態でワイルドボアの首を腕でがっちりと締め上げ、落下すると同時に首をへし折った。
首をへし折られた瞬間にワイルドボアは一度だけビクンと体を痙攣させて崩れ落ちた。
ライオネルはワイルドボアの首を折ったことを感触のみで判断すると、地面に降りた勢いのまま距離を取った。獣が死んだと判断しても油断することは無い。子供のころ瀕死の獣に手痛い反撃を食らってから、ライオネルは獣が死んだ後も警戒を欠かさない。
「ふぅ、いっちょあがり!」
完全にワイルドボアが死んだことを確認すると、ようやくライオネルは警戒を解いた。
ワイルドボアの死体の首元に手刀で切れ込みを入れて血抜きをした後、巨大な死体を担いで森を抜けた。
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荷台も使わずに軽々とワイルドボアの死体を担いできたライオネルが衛兵に驚かれたが、衛兵はライオネルの朝の異常な訓練量を知っているからか、苦笑しながらも通してくれた。
今の時刻は昼時で大通りは相変わらず込んでいたが、巨大な猪の死体を担いでいる獅子人族にはあまり近寄りたくないようで、道行く人は自然とライオネルを避けてとても歩きやすかったが、ライオネルは複雑な気分だった。
ギルド裏の解体所みワイルドボアを渡すと、内臓や肉がほぼ無傷で残っているため、かなりの高評価らしい。ライオネルは証明書を貰い、解体所を出てからギルドへと向かった。
昼頃のギルドは空いており、報告カウンターのカガシィーは今日も暇そうにしている。
「カガシィー、依頼の報告に来た」
「あら、ライオネルさん。確か今日の朝に受けたばかりじゃなかった?」
カガシィーと話しながらライオネルはカウンターに座り、カードと証明書を渡した。
「あぁ、ワイルドボアを狩りに行ってた。故郷でもよく狩っていたから慣れたもんだよ」
「へぇ~、確かに慣れてたみたいね。最高評価じゃない」
「あいつらは食うところがいっぱいあるから大事に狩るんだ」
「五級の収集者がワイルドボアを最高評価で狩ることなんてまず無いわよ。すごいじゃない」
カガシィーはライオネルを褒めながらカウンターの下をあさり、銀貨八枚をライオネルに渡した。
「はい、報酬ね。ワイルドボアをこれだけ綺麗に持ち帰ってくれる収集者は少ないから、これからワイルドボアの依頼があったらあなたに優先的に回すかもしれないわ」
「別にいいぞ。あれくらいなら楽なもんだ」
「そう、そういってくれるとギルド側としても助かるわ。ホントに……」
そう言ってカガシィーはどこか含みのある暗い笑みを浮かべた。ライオネルはその笑顔に寒気を覚え、何を企んでいるのかと思ったが、藪を突いて蛇どころか鬼が出てきても困るので無視してギルドを出た。
「フフフ……言質は取ったわよ……。これでなぜか増えたワイルドボアを間引けて、使い道の多い肉や内臓もギルドが総取りといい事づくめね……。しばらくはギルドに貢献してもらうわよライオネルさん……」
ライオネルが去った後、くつくつと笑うカガシィーはまるで魔女の様だった。
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昼飯を串焼き屋で串を十本ほど食べてから宿へ戻ったライオネルは、どこかで見たことがあるような少女が宿の前でうろうろしているのを見つけた。
「たぶんここで合ってると思うんだけど……」
「何を探してるんだ?」
「渡り鳥の止まり木亭っていう宿屋を探してるんだけど、ここで合ってるのかどうか……」
「あぁ、合ってるぞ」
「ありがとう……って、あ! こないだ私がぶつかっちゃった人!」
「あぁ、この間ぶつかってきた兎か!」
その少女は無意識にライオネルと会話していたようで、ライオネルに気づくと大げさに驚いた。その様子にライオネルも彼女が先日ぶつかってきた兎人族の少女だと気が付いたようだ。
「あの時は本当にごめんなさい!」
「別に怒ってないと言ってるだろ。それでどうしてこの宿に?」
先日と同じように謝られたライオネルは、その律儀な性格に苦笑しながらも彼女にこの宿を訪れた目的を聞いた。
「私、今まで観光用の宿に泊まってたんですけど、ギルドの人からこっちの宿の方が収集者だったら都合がいいって言われて来たんです」
「ギルドの紹介で来たのか。とりあえず入って女将に話を聞いてみたら?」
「そうですね。そうします」
ようやく扉を開けて入っていく少女の後ろからライオネルもついていく。
「し、失礼しま~す……」
「戻ったぞ!」
「あれ!? どうしてあなたも!?」
「俺は前からここに泊まってるからだ」
「あ、なるほどです」
小さな声で挨拶する少女の後ろからライオネルが大声で戻ったことを知らせると、少女はびくりと肩を震わせて驚いた。ライオネルがこの宿に滞在していることを教えると、納得がいったようだ。
「あら、ライオネルさん、おかえり。その娘は?」
「ギルドの紹介で来たらしい」
「そ、そうなんです。ギルドから収集者ならこの宿がおすすめだって……」
「へぇ、こんな可愛らしい娘がねぇ。じゃあ早速説明するよ!」
可愛いと言われて若干照れている少女を横目に、女将はこの宿の説明をしていた。ライオネルはなんとなくその場で同じように説明を聞いた。
「……とまぁこんなところだね。どうする? 泊まってみるかい?」
「はい! ギルドも近いですし……、とりあえず三泊お願いします!」
「あいよ。……ってなんでライオネルさんはここにいるんだい?」
「んー、なんとなく、だな」
「……そうかい」
女将はライオネルがなぜ説明を聞いていたのか分からなかったが、ライオネルも特に意味のある行動ではなかったらしい。女将は今までのライオネルの言動から、意外とのんびりした性格だというのは把握していたので、何も言わなかった。
「あの、これ……」
「はい、ちょうどいただきますね。ようこそ渡り鳥の止まり木亭へ! 部屋は二階の階段上がってすぐの部屋だからね」
「はい! お世話になります!」
少女はこの宿に滞在することになったようだ。ライオネルは少女にこの宿のいいところを教えてあげようと思った。
「この宿は飯がうまい。パンも食べ放題だ」
「へぇ、いいですね!」
「それにリーナという女の子も働いている。歳も近いだろうから多分仲良くなれると思う」
「楽しみです! 収集者は女の人が少ないから、この街に来てから女の子の友達は出来なかったんです!」
楽しそうに笑う彼女は擦れたところの無い、太陽のような少女だった。
「俺はライオネル、獅子人族だ。君は?」
「あ、私はロップって言います。兎人族です。これからよろしくお願いします、ライオネルさん!」
「あぁこちらこそよろしく」
ライオネルが自己紹介をすると、ロップはライオネルを見上げてたれ耳をぴくぴくさせながらにこっと笑った。
今回の魔獣の説明
ワイルドボア
普通の猪より大きく、太い牙が四本突き出している猪。好戦的で縄張りに入るものには容赦しない。肉も内臓も筋も食べられる、捨てるところの少ない魔獣。