第七話 フォレストタートル
森から帰ってきた翌日の朝、再びライオネルは受付カウンターの行列に並んでいた。
今回ライオネルが受けようとしている依頼は「フォレストタートル」の狩猟、収集者五級以上の者が受けることのできる五級の依頼だ。ライオネルはフォレストタートルというのが獣なのか魔獣なのかすら知らなかったが、まぁなんとかなるだろうくらいの気持ちでいた。
「おはようございます、ライオネルさん」
「あぁおはよう。というか名前覚えていたのか?」
「グルドの街に獅子人族はあなたしか居ないので、印象深かったんですよ。では、ライオネルさん、カードと依頼書の提示をお願いします」
「はいよ」
ライオネルの名前は憶えてくれたが、やはりあっさりとした態度をしている兎人族の受付にカードと依頼書を渡した。
「依頼はフォレストタートル一体の狩猟で期限は二日後の夜までです。フォレストタートルは甲羅にいろいろと使い道があるので、甲羅だけは無事な状態で狩猟してください」
「ん、わかった。甲羅を割らないように狩ってくる」
「よろしくお願いします。それでは、行ってらっしゃいませ」
そう言った彼女にライオネルは片手を挙げて返事をするとギルドから出た。ギルドを出るまでの間に、ギルド内の幾人かから嫉妬交じりの視線を受けたが、よく分からないのでライオネルは無視することにした。
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森に入ったライオネルは早速フォレストタートルを探すことにした。
前回森に入ったときに陸亀を一回り大きくしたような亀を見たので、そいつがフォレストタートルなのだとあたりをつけていた。
(前に見たときは森の浅いところで日光浴をしていたから、今回もその辺りに居るはずだ)
森の奥深くは木が生い茂っていて日光が射さないため、下生えも少ない。そういった場所は例外なく強い魔獣の縄張りであり、弱い魔獣は居ない。ましてや五級の依頼の魔獣がそんな場所にいることはまずありえない。なので、森の浅い部分を探しているライオネルの行動は正解だった。
ライオネルがフォレストタートルを探し始めてから一時間程でそれを見つけた。
(お、居た居た。ぼけーっとした顔で日向ぼっこしてやがる)
フォレストタートルは暖かな陽ざしを全身に受けながら日光浴をしている最中だった。微動だにせずにただただぼけっとしている姿はどこか置物じみている。
(甲羅を傷つけずに倒せばいいんだよな。あんなぼけっとしてる奴なら動きも遅いだろうし、じっくりと倒せば甲羅に傷なんかつかないだろ)
気配を殺してフォレストタートルを観察していたライオネルは、全身に一瞬で闘気を漲らせて茂みから飛び出した。
すると、ぼけっとしていたはずのフォレストタートルが一瞬で両手足と首をひっこめて殻に籠り、頭を一撃で狩りとろうと放ったライオネルの斬撃は空振ってしまった。
(なんだコイツ……! 意外と素早い、それに俺の闘気を纏わせ飛び出した瞬間に殻に籠りやがった。危険を察知するのも早い)
初撃が空振りに終わったライオネルは、フォレストタートルへの評価を一段階上げ、大剣を正眼に構えて亀とにらみ合った。にらみ合ったと言ってもフォレストタートルは殻に籠ったままなので、ライオネルが一方的にねめつけている状態だ。
(このままこいつが殻の中に籠ってちゃコイツを倒せない。どうする……?)
ライオネルは警戒を解かずにフォレストタートルに近づくと、足でツンツンとつついてみたが微動だにしなかった。
(う~ん、このままじゃどうにも出来ないなぁ。そろそろ昼時だし、俺も腹が減ってきた……。ん? そうか、こいつも飯を食うんだから、このまま街へ持って帰って痺れを切らして出て来たところをズバッとやればいいじゃないか!)
名案を思い付いたとばかりに浮かれるライオネルは闘気を纏ったまま亀の甲羅の端を掴み持ち上げると、そのまま街の方へと森の中を歩き出した。ちなみに、街中へ魔獣を生きたまま入れることはご法度なので街へは入れないのだが、ライオネルはそのことを知らなかった。
ライオネルはフォレストタートルを持ったまま森を歩いていた。今日の昼食を何にするかと考えていたら亀を掴んでいた手に軽い痛みが走った。右手を見ると、亀が首だけ出してライオネルの手に噛み付いていた。好機と考えたライオネルは亀の首をへし折ろうとするが、それより一瞬早く亀の首は甲羅の中へと入っていった。
「な、なかなか素早いじゃないか……」
再び歩き出すとすぐに亀は首を出してまたライオネルの手を噛み、引っ込んでいった。
―――ガブッ
―――スポッ
―――ガブッ
―――スポッ
―――ブチィッ
「ガァアアアアア!!」
首を出して噛み付きすぐ引っ込む。ライオネルは闘気を纏ったままなので怪我はしないがうっとおしい。何度もこんなことを繰り返されて怒りの沸点をブチッと超えたライオネルは、闘気を纏った拳で亀の甲羅を叩き割ってしまった。
「フゥー……、あ、やっちまった……」
亀の甲羅は綺麗に叩き割られて、拳大の穴が空いてしまった。当然亀は絶命したし、依頼は甲羅を無傷の状態で確保することなので、この亀はもうギルドに提出できない。
「しゃあねぇ、新しい亀探すか……」
せっかく確保した亀を無駄に殺してしまったせいでげんなりしながらも、ライオネルは新たな亀を探し始めた。
ライオネルは新たにもう一体の亀を見つけることが出来たが、先ほどと同じように挑発されて、また亀の胴体に拳大の穴を空けてしまった。
「くそぉっ! どうやってこいつを無傷で持ち帰れっていうんだよぉ!?」
ライオネルの虚しい叫びが森の中に響いた。
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「あれ? ライオネルさん、どうしたんですか?」
朝、収集者達で溢れかえっていたギルドに昼過ぎの時間帯はほとんど人が居ない。そんな時間に前に見た時より幾分か小さく見えるライオネルが入ってきて、思わずコティーは声をかけた。
「ライオネルさん、確か今日の朝にフォレストタートルの甲羅の収集の依頼を受けてましたよね? あ、もう達成報告ですか? さすがですね!」
「あ、いや、その……」
「どうしたんですか?」
猫耳をピーンと立てて興奮気味に話しかけるコティーに対して、ライオネルはさらに小さくなってしまった。コティーはそんな彼に対して疑問を投げかける。
「その、フォレストタートルを見つけたのはいいんだが、あいつらが意外と素早くて、ついカッとなって、甲羅をぶち抜いてしまうんだ……。だから、あいつらの倒し方を教えてくれ!」
コティーに今までの顛末を話しながらライオネルはさらに小さくなっていく。
「ライオネルさん、私言いませんでしたっけ? 魔獣等の倒し方や生態についての本があるからちゃんと読んでくださいねって」
「た、たぶん、言われたと思う……」
「言ったんです!!」
「は、はい! 言いました!」
先ほどの興奮とは違う意味で猫耳を立て怒りをあらわにするコティーに対して、どんどんとライオネルの耳は小さくなり体も縮こまらせていく。
「収集者が依頼を受けるのは自己責任です。ギルド側としても手取り足取りとはいきませんからね。ですから、ちゃんと本を読んでおいてくださいって言ったんです! 今回はフォレストタートルくらいの魔獣だったからよかったものの、もっと危険度の高い魔獣だったら、情報不足はそのまま死に繋がるんですよ!? わかってます!?」
「すまない……、俺の考えが浅かった」
獅子人族の村での狩猟は、とりあえず殺して持ち帰り、食えるところや使えるところが残っていれば使うというやり方だったので、あらかじめ指定された部位を無傷で持ち帰るような狩猟方法をライオネルは知らなかったのだ。
「はぁ……、まぁいいです、今回の依頼でライオネルさんが本を読んでいないことが分かったので。では、今すぐ本をしっかりと読んでください」
「え? 教えてくれないのか?」
「ですから! 本を読んでください! 全部それに書いてあります! 今日は本を読み終えるまで依頼にも行かせませんし、帰しませんからね!!」
「うへぇ……」
怒り心頭のコティーは不退転の姿勢でライオネルに本を読むことを強要した。こうなった女性が人の話や意見を聞かないことは、村の女性陣から身をもって学んでいた。
「なにか?」
「いえ、今すぐに読ませていただきます……」
ギロリとライオネルをにらみつけるコティーの眼に何を言っても聞かないことを察したライオネルは、素直に本を読むことにした。
そそくさと壁際の棚に置いてあった本を手に取り、中央のテーブルに座って本を読み始めた。
本の目次には、六級から始まり最後は魔王級と呼ばれる魔獣までの項目があった。六級から読み進めると各魔獣ごとにページ分けがされており、魔獣の生態、弱点、対処法がイラスト付きで紹介されていて、字が読めない者にもわかりやすく書かれていた。文字数もそこまで多くなく面倒な言い回しも無い簡潔な文章で、村で次期族長としてある程度の読み書きを教わっただけのライオネルにもさくさくと読み進めることが出来た。
六級を読み終わり五級の項目を少し読み進めると、フォレストタートルについてのページが出て来た。
(そうそう、こいつだよ)
お目当ての魔獣に対する記述が出て来たことに喜びながら読んでみると、あの亀は二、三人の収集者が持ち上げて一人は亀が頭を出すところを牽制し続けたまま外敵の少ない場所まで運んで、大きな音を出す魔道具を用いて気絶させて出て来た首を飛ばすのが一般的な狩猟方法らしい。
ライオネルはパーティを組んでいないから一人だし、大きな音を出す魔道具も持っていない。だが、ライオネルには闘気を乗せた咆哮があるし、安全を確保するために持ち上げて移動しなければならないというのも、あの森に覚えられたライオネルにとっては森の浅い所で大きな音を出したところでなんの問題も無い。
(なるほど、これなら俺一人で問題なさそうだな)
亀の対策が分かったのだがライオネルは本を読み進める。こんな短時間で読み終えたなんてコティーに嘘の報告をしたらすぐにバレて怒られるだろうし、何よりこの本は面白い。
本をさらに読み進めると、いろいろな魔獣が居ることが分かった。二級までの項目はこの街の付近に生息する魔獣についてのものだったが、一級以降は数が少ないせいかこの街の付近に生息していない魔獣についても書かれていた。
魔王級までしっかりと読み込んだライオネルはぱたりと本を閉じた。
(魔王級は俺には倒せないだろうな……)
魔王級の項目を読み終えたライオネルはそう感じた。奴らは一体で国を滅ぼすほどの力を持っているらしい。そんな化け物を一人で倒せると思うほどライオネルは自分の力を過信してはいなかった。
(まぁほとんどおとぎ話のような存在だし、出てくることはないだろうがな)
そんなことを考えながら本を元の場所に戻して、コティーの座る登録カウンターへと向かった。
「あ、読み終わりました?」
「あぁ、なかなか面白かった」
「結構な時間読んでましたもんね。それでフォレストタートルの狩猟方法は分かりました?」
「あぁ、一人では難しいらしいが、俺は獅子人族だ。獅子人族流のやり方でやってみようと思う」
「何か考えがあるんですね? 無鉄砲なやり方で無いといいんですが……」
「大丈夫だ。危なくないし、確実に成功するだろう」
「では何も言いません。今日はもういい時間なので明日また向かってみては?」
「そうか。じゃそうする」
「はい、ではお疲れ様でした」
ライオネルがギルドの外に出ると、既に街は夕焼け色に染まっていた。少し人の増えて来た大通りを通って宿に戻り、夕飯を食べて床についた。
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翌日の朝、ライオネルは再び森の中に居た。依頼は昨日受けたので、人でごった返すギルドに行かなくて済んだ。
昨日と同じように森の浅い部分を探すと、昨日よりも早くフォレストタートルを見つけることが出来た。
「ふふふ……、今日はお前を狩らせてもらうぞ! 無傷でな!」
逃げ足は速くないことが昨日読んだ本に書いてあったので、今回は堂々と近づいていく。
亀は既にライオネルに気づいて殻に籠っているが、ライオネルはまったく気にしていない。
闘気を全身に纏わせて亀を持ち上げると、頭の引っ込んだ部分を覗き込んだ。
甲羅の奥から様子をうかがっているフォレストタートルと目が合うと、ライオネルはニヤッと笑い、渾身の闘気を込めた咆哮を放った。
「ガァアアアアアアア!!!」
その咆哮は朝日の差し込む森を震わせ盛大に騒がしたが、森の獣たちはそこまで驚いていないことをライオネルは肌で感じ取っていた。
至近距離で咆哮を食らった亀は四肢と頭をだらりと弛緩させた状態で出て来た。しっかりと気絶しているようだ。
「ん? ちげぇ、こいつ死んでやがる」
好戦的な魔獣でさえも一瞬恐怖にとらわれて体を硬直させてしまうほどの闘気を乗せた咆哮を至近距離で食らった亀は、ライオネルが意図していた気絶を超えて絶命していた。
「まぁ手間はかからなくて楽なんだが……」
昨日あんなにてこずった亀を一撃で、なおかつ甲羅も無傷な状態で仕留めたが、なんだか釈然としないライオネルであった。
その後亀をギルドに提出したライオネルは、しっかりと報酬を受け取り宿へと戻っていった。
今回の魔獣の説明
フォレストタートル
その名のとおり、森に生息する亀である。危険度は低いが、危機察知能力に優れており、外敵の接近に気が付くとすぐに甲羅の中に籠ってしまい、甲羅を無傷のまま倒すには工夫が必要である。最も有用な部位である甲羅は鎧の装甲や、耐熱性に優れることから調理器具として重宝される。