第六話 初仕事
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朝の大通りは人で溢れていた。昨日の昼間にここを通った時よりも少ないが、それでも多くの人が居た。ライオネルは大通りの人の流れに沿って収集者ギルドに向かっていった。
ライオネルが収集者ギルドについて扉を開けると多くの人でごった返していた。昨日真ん中にあったいくつかのテーブルは撤去されて、中央のホールは受付から伸びる収集者達の列が占拠していた。
ライオネルはその列を避けて、多くの人がたむろしている依頼の掲示板の前に行った。人だかりの後ろに背の大きなライオネルが後ろに立ったことで、周りの人は後ろに振り向き、ライオネルを見て驚いが、そのことを彼は意に介さずに掲示板から良さそうな依頼を探した。
その中から一つの依頼を見つけ、それを引っぺがしてライオネルは受注カウンターの列の最後尾に並んだ。
受注カウンターには多くの人が並んでいたが、受付のさばき方がうまいのか予想よりも早くライオネルの番が回ってきた。
「おはようございます。依頼書と収集者カードの提示をお願いします」
「これでいいか?」
「はい、失礼しますね」
受注カウンターの受付は、目つきの鋭い兎の頭を持つ兎人族の女性だった。
その女性はライオネルの出した依頼書と収集者カードを、机に置いてある透明な水晶の上にかざすと水晶が一瞬だけ光った。
「依頼はトビウサギ三匹の狩猟で、期限は二日後の昼までとなります。規定数に満たない場合や、期限を過ぎた場合などは未達成となりますのでご注意ください。それではいってらっしゃいませ」
「ありがとう」
忙しいせいか、元からの性格なのかそっけない受付の女性から収集者カードを受け取り、ライオネルはカウンターを離れて出口へと向かう。今まで並んでいた列にちらりと目を向けると、かなりの人数を捌いたはずの列には再び同じくらいの人数が並んでいた。ライオネルがぼーっと並んでいる最中にもどんどん人が増えていたようだ。現に今も入口から何人かの収集者が入ってきたところだった。
ライオネルが受けた依頼の「トビウサギ」という生き物は魔獣ではなく獣である。トビウサギは茶色の毛皮を持つ小型の獣で、自分の体と同じくらいの後ろ足で森の中を飛び回る兎だ。基本的にはどこの森でもその姿を見かけることが出来る。繁殖期の春先に大量の子供を産んで一気に増えるが、逃げ足しか取り柄のないトビウサギのような獣は森の生き物や人間に狩られてしまう。そのため、春にはトビウサギの子供の柔らかい肉を使った商品が多くの街村で作られ消費される。とても狩られやすいトビウサギだが、春を生き延びた個体は警戒心が強くなり、生き延びやすくなる。そうしたものがまた春に大量の子供を作るのである。
今は春を過ぎたところなので生き残っているトビウサギは少数なうえ、とても警戒心が強い。これらを狩ってくるのがライオネルの受けた依頼である。
警戒心が強いとはいえ、ライオネルの居た森にもトビウサギは居たし彼自身も何度も狩っている獣だ。子供のころから狩りをして暮らしてきたライオネルにとっては何の問題も無い依頼であった。
(ただ一つ問題があるとすれば……)
――ドンッ
「いたっ」
「……ん?」
初仕事に対していろいろと考えを巡らせ、水晶の小刀を手で弄びながら歩いていたライオネルは、みぞおちあたりに軽い衝撃を受けた。下に目を向けると小柄な女の子がおでこを抑えて蹲っており、ぶつかってきたのはこの女の子で、ライオネルの鎧におでこをぶつけたようだった。
「大丈夫か? すまない、考え事をしていて気が付かなかった」
「あ、いえ、すみません。私の方こそ前をよく見ていなくって……」
顔を上げた女の子の顔は普人族だったが、頭から生える可愛らしい兎のたれ耳があり、彼女が普人族寄りの兎人族であることを物語っていた。
「本当にごめんなさい。お詫びをしたいんですけど、私……」
「いや、俺も悪かったんだ。お互い謝罪をしたし、これで終わりだ。お詫びなんかいらないよ」
「ありがとうございます! それじゃ!」
彼女はライオネルの差し出した手を取り立ち上がるともう一度謝り、受付へと向かっていった。
彼女姿が収集者の集団で見えなくなってから、ライオネルは再びギルドの扉へ向かって歩いて行った。
ギルドを出たライオネルは北門へと向かっていく。北門から出て少し歩くと大きな森があることをグルドの街へ入る前の丘からライオネルは確認していた。森の浅いところなら強い魔獣も出てこないはずだろうから、トビウサギなどの弱い生き物はそこで生息しているはずだとあたりをつけた。
(今回の依頼の期限は二日後の昼間でに三匹のトビウサギを狩ってギルドまで持っていくことだ。この機会に森を覚え、森に覚えてもらえば、今後の狩りがしやすくなる。だから今回の依頼の期限ぎりぎりまで森で過ごそう。期限ぎりぎりまで依頼の達成が遅れた場合、点数がどれだけ引かれるのかわからないけど、始めの一回だけだ、問題ないはず)
獅子人族にとって森は生きる場である。森で狩りをし、森のものを収穫し、生きていく。森は恵みをもたらす母であるからむやみに汚したり、騒がすことを獅子人族は良しとしない。
森を汚したり騒がしたりしないために、まずは森の中に入り観察する。どのような生き物がいるのか、植物はどのように生えているのか、なわばりはどうなっているのか。それらを理解することを、獅子人族は「森を覚える」と言う。
森を覚えたら、次は森の中を歩き回り、植物を収穫したり、獲物を狩ったりする。覚えたことを使って、森を騒がさないように、まるで元からこの森の住人であったかのように振舞う。このことを「森に覚えてもらう」と言う。
森を覚え、森に覚えてもらった獅子人族を森の中で発見することは困難である。森に慣れた猟師でも、獅子人族の痕跡を見つけても疑問を持ったり、警戒したりすることは出来ないほど、存在の違和感が無くなるのだ。
グルドの街をしばらく拠点にしようと考えているライオネルは、森を自由に動き回れるようになれば依頼をこなすのが楽になると考え、まずは森に覚えてもらうことにした。
今後の方針を決めたライオネルは北門で衛兵に収集者カードを見せて街を出て、足早に森へと向かっていった。
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ライオネルがグルドの街を出てから二回目の朝、彼はグルドの街へと戻ってきた。
街を出てから森に入ったライオネルは今日までずっと森の中で過ごしていた。そのおかげでしっかりと森に覚えられ、トビウサギの狩猟もうまくいったのだ。
蔦を編んで作った即席の縄に、血抜きを済ませておいたトビウサギを括り付けて森から歩いてきた。
二日前、ライオネルが街を出るときに対応した衛兵が門の前で警備に立っており、その衛兵にカードを提示して街へと入っていく。
相変わらず活気づいている大通りを進み、ライオネルはギルドへ向かった。
朝早くから良い依頼を取ろうとごった返すギルドの中を通って、書類に目を通しているカガシィーの居る報告カウンターへと進んでいく。
ふと顔を上げたカガシィーと目が合ったライオネルは彼女に軽く手を挙げて報告カウンターの席に着いた。
「あら、ライオネルさん。おはようございます。報告かしら?」
「おはよう。そうだ、依頼達成の報告に来た」
「では、カードの提示をお願いします」
ライオネルがカードを差し出すとカガシィーはそれを受け取り、机の上の淡い赤色の水晶の上にかざした。
「依頼はトビウサギ三匹の狩猟ね。受けたのは二日前……随分かかったのね?」
「森に覚えてもらうために二日間森の中にこもっていたからな」
「森に覚えてもらう?」
「森に居ても違和感が無いように存在を馴染ませるんだ。俺たちはそのことを『森に覚えてもらう』と言うんだ。これで次の依頼はもっと早くこなせるはずだ」
「そうだったのね。まぁ、期限以内に達成できるのなら文句はないわ。……ところで達成の証明書は?」
「証明書? これならあるぞ」
ライオネルは足元に置いておいたトビウサギの死体を掲げて見せた。
「それは解体所の方へ持って行って、そこで証明書をもらうのよ。コティーから聞かなかったのかしら?」
「う~ん、どうだろう? あの時の説明は長くて聞き流してたんだ」
「……まぁいいわ。今回はこちらで処理するけど、次からは解体所に持って行ってね。ここの裏にあるから」
「わかった。すまなかった」
「次から気を付けてね。じゃトビウサギはこちらで預かります。……はい、カードをお返しします」
苦笑いしながらライオネルからトビウサギを受け取り、カガシィーは彼にカードを返した。
「これで依頼は達成です。報酬は大銅貨三枚ね、少し待っててちょうだい」
カガシィーは屈みこんでしばらくゴソゴソした後、木の板に乗せた大銅貨三枚を机の上に置いた。
「報酬の大銅貨三枚です。受け取って」
「ん、確かに。ありがとう」
「次もよろしくね」
報酬を受け取ったライオネルは立ち上がり、ひらひらとこちらに手を振るカガシィーに手を振り返すとギルドから出て行った。
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「ライオネルさんっ!!」
ライオネルは二日ぶりに渡り鳥の止まり木亭に戻り、自室で武具を布で拭いていたところ、部屋の扉を勢いよく開けて仁王立ちしている小さな襲撃者の対応に追われることとなった。
「あぁリーナ、ただいま」
「おかえりなさい……ってそうじゃないよ!」
リーナは床に座り込んでいるライオネルに大股で近づくと、腰に手を当てて彼をねめつけた。
「……何をそんなに怒ってるんだ?」
「ライオネルさんが二日も無断で部屋を空けて出ていくからでしょ! 普通、宿の人に一言断ってから行くもんでしょ!?」
「そうだったのか、知らなかった。すまない」
宿屋に泊まったことが無いライオネルは、そのような規則があるとは知らずに彼女らに何も伝えず二日間も部屋を空けてしまっていた。小さな女の子からすごい剣幕で怒られたライオネルは、三角形の耳をペタンと伏せて反省の意を示した。
「それに心配するでしょ! 次からは気を付けてね!」
「あぁ、わかった。……ごめんな?」
ぷんぷんと怒って仁王立ちしているリーナを床に座り込んでいるライオネルが見上げるような形になり、彼は上目遣いで彼女へ再び謝った。
「分かったならいいんです。ライオネルさん、まだ朝ご飯食べてないでしょ」
「あぁ、今さっき戻ったところでまだ食べてないんだ」
「じゃあ食堂にいきましょ! 収集者さんたちは皆ギルドに行っちゃって空いてるから、ゆっくり食べられるよ」
リーナに連れられて向かった食堂には数人の客が朝食をとっているくらいで、二日前の朝の食堂の状況とは打って変わって静かだった。
厨房で皿洗いをしていた亭主に二日も無断で宿を空けたことについて謝ると、彼は気にしていないようだった。
朝食を持ってきてくれた女将にも同様に謝ると、彼女にも次から気を付けてくれればいいとあっさりと許してもらえ、リーナのように烈火のごとく怒られると思っていたライオネルは肩透かしを食らった気分になった。
今は客が少なく仕事が無いのか、ライオネルの座るテーブルの前に陣取ったリーナは、ライオネルにこの二日間何をしていたのかと問い詰められ、食事をとりながら彼女に森の話を語って聞かせるはめになった。
今回の獣の説明
トビウサギ
本文にあるような生き物。筋肉の詰まった後ろ足は、じっくりと焼いて食べると美味である。
今回の人族種の説明
兎人族
兎の特徴を持った獣人。身体能力はさほど高くないが広域の音を聞き取る耳を持ち、また魔法への適性が高い。パーティー内では斥候か魔術師として活躍する。