第二話
その客の印象を一言で言うなら、『老人』という言葉がピッタリだった。
背は結構高い気もするが、背中はかなり曲がっていて、真っ白で長い髭、色褪せたセーター、小豆色のニット帽を浅くかぶって、杖までついている。老人に必要な物を全てまとっている感じだ。
老人は狭い店内をグルリと見回した後、十数本の五線が並ぶコーナーへゆっくり近づいていった。
そして、上の段に並んでいる比較的値段の高い物を、一つ一つ手に持って見ている。
その間、僕らの問いかけには一切反応を示さず、また、音を鳴らそうともしない。 普通は、値段の高い楽器を見る人なら、必ず試奏して音色を確かめるものだ。
これはただの冷やかしかなぁ と思い始めた時、一つの五線を持った老人が僕に近づいてきた。
「これを頂こう。」 そう言って持ってきた五線は、棹に『エーマクルチ』という、最高級の素材を使った、50万円の代物だった。 最近、腕利きの職人さんから仕入れたばかりだったのだが、その音色はまさに、
「心の琴線に触れる」という感じだった。
その五線が、こんなに早く売れるとは夢にも思わなかったので、一瞬なにかの冗談ではないかと疑ってしまった。
老人は、
「現金はお家にあるから、後でその五線を届けてくれんかね。 ワシにはちと重いのでなぁ。」
家はすぐ近くだから と言って、住所の書いてある紙を残して、老人はこの店を後にした。
これで当分は売り上げの心配はいらないと、もう1人の店員ははしゃいでいたが、五線を届けに行かなきゃいけない僕としては、心配事だらけだ。 なにしろ50万円もの大金を持ち歩かなきゃならないのだから…。