無我月鏡 -ナガツキ-
ロゼは動揺のあまり、いつもの帰路につくのを辞めた。
香りが無くなってしまったという事は、母達に愛されなくなるのと同じだ、と。
石造りの橋の下、水面を眺める。
白く眩しく輝く三日月。
いつの間にか夜になっていた。
暗くなっていく事にも気付かず、歩き続けていたのかと、ロゼは静かに溜め息をこぼす。
姿は何も変わっていない。
金の長い髪
真っ赤な眼
暗めの赤を基調とした服
そして顔も。
もう、愛されない。
涙を溜め、目を閉じた。
美しく、香りもあり、贈り物にまでされる、愛の象徴である母達。
その母達から生まれたロゼ。
美しい容姿は変わらずあるのに、愛しいものが離れていく。
美しいだけで、香りも愛想も言葉も無い。
それなのに愛される月。
多くの人に手を伸ばされる月。
思わず、髪飾りの薔薇をむしり、川へ落とした。
波紋で歪む月とロゼ。
醜くなるロゼとは反対に、黒の水面と薔薇の花弁によって、白い月光はより美しくなった。
それを見、また深く、それこそ溺れるかのように、絶望に沈んだ。
「……はは。ぁははは」
歪む視界の中、口から笑声がこぼれる。
ルクスが綺麗になった理由が分かった。
ルクスには、光を感じた。
ルクスが、眩しい存在に感じた。
人間の醜い欲望で育った私には、母達には、愛なんて、光なんて、存在しない。
「私も、光が欲しい」
静かに吐息と混じった声で、呟いた。
そして、
黒に浮かぶ白い光めがけて、ロゼは堕ちた。