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8:採血


 結局、他の受診者同様、髪の毛がちりちりに爆発した状態になったまま、俺は次の検査場に向かった。すでに心はズタズタだ。


 次の検査は採血らしく、パーティションでふさがれた向こう側に回ると、中にまだ若い女性看護師がいた。


「み、みやうち、さんでしょうか……? あ、あのっ、いまからさ、採血しますので、こちらにお願いしますっ」


 かなり緊張した面持ちで、看護師は正面にある丸イスを勧める。まだ新人なのだろうか。あまり慣れていない感じだ。

 う~ん、正直、経験の少ない人に注射されるのは怖いんだけど……しかたがない。

 とりあえず普通に採血してくれればそれでいい。それだけで、このクリニックに限っては十分満足だ。本当に。

 祈るような気持ちで、俺は彼女の質問――アルコール消毒で肌が荒れたことは、とか、採血で気分が悪くなったことは、とか――に答えつつ、右腕を前に出そうとした。

 すると彼女は、あわてた様子で俺の腕をつかみ、押し戻そうとする。


「あっ! う、腕はけっこうですっ! その代わり、うしろを向いてもらえますか?」


 うしろ?

 俺は言われるがまま、丸イスを回転させて背中を向ける。


「あ、あの、左右どちらかの肩を出して頂けますか……? お、お手数をおかけしてすみませんっ」


 肩?

 疑問に思いながらも、いままでの看護師と違って低姿勢な彼女の態度にどこか安心していた俺は、言われるがまま首周りから右腕を出し、肩をさらした。


 それにしても、肩からどうやって採血するんだろう。

 最新の技術で、腕から採るより肩から採った方が採りやすくなったとか。注射器を使わないとか。それならありがたいけど。

 まあ、極熱の体重計を用意したりとか、やたらとバリウムを飲ませたりとか、むりやり電撃をあびせてきたりとか、そういうことはしなさそうだし。もしそんな無茶をしてきても、この人なら文句を言えば止めてくれそうな気もする。


 そんなことを考えていると、看護師が俺の右肩を丁寧にアルコールを含んだガーゼでふき始めた。

 そんな当たり前のことですら、いまはうれしい。


「あ、あの、最初はちょっとチクッとするかもしれませんけど、そのあとはだいじょうぶですから……だから、ガマンしてくださいねっ」


「あ、はい」


 俺が答えると、看護師はガーゼを足元にあった小さな箱に捨てた。

 いよいよ採血だ。いったい、どうやって採血するんだろう。

 肩に注射器をぶっ刺して――というのは想像しづらい。いや、本当にそうするのかもしれないけど。まあ、とにかくいつもの通りにガマンすればいいだけだ。いつも通り、いつも通り……。


「では、いきます」


 看護師はそう告げると、とつぜん両手で俺の肩をつかみ出した。

 そして彼女の頭部が、急に俺のすぐ右後ろに出てくる。


「えっ、ちょ――」


 すぐそばにある彼女の髪のいい香りが鼻をつき、戸惑う俺。

 その直後、俺は肩に「チクッ」という痛みを感じた。

 注射器で刺された――んじゃない。彼女の両手は、俺の肩に置かれている。

 しかも痛いのは、二点だ。正確には、肩の後ろも少し。

 この感触は、なんだかかみつかれたような――


「って、ちょっと!?」


 首を斜め後ろへめぐらせる。

 そこに見えたのは、女性看護師が俺の肩口にガッツリかみついている光景だった。

 俺の動揺を見てとったのか、ぱっと口を離す彼女。


「あっ、も、もしかして、痛かったでしょうか……?」


「いや、痛いとかそういう問題じゃなくて……なんで俺の肩にかみついてんの?」


「あの、その……さ、採血」


「採血するのに、なんで俺の肩にかみつくんだ? 吸血鬼じゃあるまいし」


「あの……あの……きゅ、吸血鬼なんです、私……」


 恥ずかしそうに目を伏せる看護師。その表情は真剣そのもので、ウソをついているようにはみえない。

 マジで言ってるの、この人……。


「吸血鬼なので、肩から血を吸うんです……。ほ、本当は腕から血を吸うのがいいのかもしれませんけど――私、そういう経験なくて、だから、いつも通り肩から血を吸わせてもらってるんです……」


 もう度重なる信じられない出来事に考えるのもつかれ果てた俺は、とりあえず彼女の話に合わせることにした。


「いや……仮に君が吸血鬼だとして、なんで採血してんの?」


「あ、あの、私、こう見えても『血液ソムリエ』一級の資格をもっているんです」


 なにその資格……。


「け、血液ソムリエというのは、その、吸ったときの味とか香りとか、脂っぽいとかさらさらしてるとかで、その人の血液中の赤血球数とか、血小板の状態とかが分かる人に与えられる資格なんです。私、吸血鬼初の血液ソムリエで、血は吸いなれていますから、だから心配しないでください!」


 心配も何も、もうよく分かりません。


「はあ、まあ、そういうことなら……」


「じ、じゃあ、続き、いきますね!」


 そう言うと、再び彼女は俺の肩をかみはじめた。にじみ出る俺の血の味をテイスティングするために。

 俺はイヤとも言えず、もうそのまま彼女に任せるがままにした。

 これで血の成分が本当に計測できるのかとか、俺の健康状態が分かるのかとか、いろんなことが頭をかけ巡ったが、次第にもうどうでもよくなってきた。

 とにかく無事に検査が終わってほしい。俺の今の願いはそれだけだ。






「は、はい、きゅうけ――採血、終わりました~」


 三十秒ほどして――

 俺の肩から口を離し、看護師は採血の終了を告げた。

 渡されたガーゼでかまれた肩口をおさえつつ、俺は受診票になにやらサラサラと書き込んでいる彼女に訊いた。


「あの……ちなみに俺の血は、どんな味だったんですか」


「え、味ですか。えーと……そうですね。味わいはベリー系やカシスを思わせ、香りはややアニスを感じつつも、すっきり飲みやすい血でした」


 なにをどう解釈したらそんな表現になるんでしょうか……。


「と、特に異常な味ではありませんでしたよ。心配なさらず」


「はぁ……」


 この診断結果を、俺はどこまで信用すればいいんだろう。


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