7:心電図
ボロボロの気持ちのまま、俺は胃部レントゲン検査を受け(検査自体はすんなり進んだ)、次の検査――心電図に向かった。
「ギャーーーーーー!」
叫び声が聞こえてきた。
それからしばらくして、検査室の中から受診者の男性がふらふらとした足取りで出てくる。
髪の毛が爆発してチリチリになった状態で。
――もうイヤだ。絶対普通じゃないだろ、この検査。
次の人、どうぞ、と呼ばれ、俺は暗い気持ちでとぼとぼと検査室に入った。
お次はどんな看護師なんだろう。そう思いつつ中に進むと、そこにいた人の姿に、俺は思わず目をみはった。
俺の目に映ったのは、看護師とは思えない服装――暗緑色の長く厚いローブを身にまとった、背の高い女性だった。
たぶん看護師なのだろうが、これまでの看護師が着ていた白衣の「は」の字も見えない。なんだかあやしげな占い師みたいだ。
イスに座った彼女は俺の顔をじっと見上げてから、そばにある検査台を指さした。
「あなたが最後の受診者? じゃあそこのベットに横になって」
おとなしく、俺はサンダルを脱いで、ベッドに横になる。
そして言われるがまま、上着をたくし上げる。看護師は手際よく俺の体にコードのついた吸着パッドをつけながら、ブツブツとつぶやいた。
「あんな程度の魔力で根を上げるなんて、所詮は並の人間ね。この町にこそ、魔王に対抗できる勇者がいると思ったんだけど――さて、あなたはどうかしら」
パッドをつけ終わると、横にある器具のレバーに手をかける。
「この世界を救う資質があるか、試させてもらうわ」
真剣な顔で、横たわる俺の方を見つめる看護師――だと思うローブの女。
ってか、さっきから意味不明の言葉ばかり出てくるんだが、いったい何なんだろうこの人。
「まずは小手調べよ。イオ!」
女性が左のレバーを下げる。すると、つけられたパッドのあたりが、ピリピリとしぼられるような痛みに襲われた。
「いててててっ……!」
何とか我慢していると、女性がレバーを戻す。痛みがおさまる。
「ま、これくらいは当然ね。次は本気でいくから。あなたが魔王討伐にふさわしい勇者かどうか、私が協力するに値するか、勝負よ」
「あ、あの……」
おそるおそる尋ねようとする俺に、女性は顔を向けた。
「なに。いまさら逃げ出したいなんて泣き言は言わせないわよ」
「いや、そうじゃなくて……あの、これ、心電図の検査じゃないんですか」
「シンデンズ? なにそれ。新手のモンスター? わけのわからないこと言ってるヒマがあるんだったら、私の強力な魔法に耐える準備をした方が賢明じゃないかしら」
わけのわからないのはあなたのほうなんですけど……。
「さっきから、魔王がどうとか、勇者としてふさわしいかとか、さっぱり意味が分からないんですが……これは何の検査なんですか」
「だから、これは世界を支配する魔王を倒すため、聖剣『エクスカリバー』を使える勇者を見つけ出そうと、高位魔術師である私みずからがこうして得意の電撃魔法をあびせることで、今後強力なモンスターを相手に戦い抜けるほどの魔力抵抗があるかテストしてるんでしょ。そんなことがどうして分からないの?」
「ええと、その器械は心臓の動きとかをみるためのものなんじゃないんですか」
「これは私の使用している魔術の杖よ。少し形状は変わっているけど」
「あなたは魔術師なんですか」
「ほかに何に見えるっていうの」
「……あの、それはいわゆる中二病というやつでは」
その瞬間、彼女は世にも恐ろしい形相でギロリとにらんできた。
「――いえ、なんでもありません」
どうやら彼女の中で完成されている設定の触れてはいけない部分に触れてしまったらしい。
思わず謝る俺をみて、高位魔術師らしい彼女はため息交じりにレバー(魔術の杖)を手に取った。
「……あなたが勇者であるはずがないから、もう試すまでもないんだけど。念のため。私の魔法を食らって万が一、耐えられたなら、あなたを勇者として認めてあげるわ」
「じゃあ試さなくてもいいですので、これで検査は終わりということでどうでしょう」
「ダメ。万が一あなたが勇者だったら、後でいくら後悔してもしきれないから。さあ、観念しなさい。イオラ!!」
「ギャーーーーーーー」
その器械が魔術の杖だっていうのは無理があると思った。