6.5:胃部レントゲン検査
「あらぁ、お帰りなさぁい」
腹囲検査室に戻ってきた俺を女性看護師が出迎える。
そんな彼女に俺はうんざりしながらも、なかばあきらめた調子で伝えた。
「あの、ここで胃部レントゲン検査を受けろって言われたんですけど」
「ええ、そうよぉ~。『未華子の腹囲計測室』は、『胃部レントゲン室 未華子』を兼ねているのぉ」
なんだよそのスナック的な名称は……。
ってか、さっきと違ってどことなく口調が間延びしてるんだけど。目もとろんとしてるし、頬も少し赤いような気がする。まるで酒に酔ったような雰囲気だ。どうしたんだ、この人。
「じゃあ、食事にするぅ? お風呂にするぅ? それともレ・ン・ト・ゲ・ン?」
「レントゲンでお願いします」
「んもう。ノリが悪いわねぇ。そんなことじゃ、出世できないわよ宮ちゃぁん」
変にからんでくるし……。
「あの、とりあえずさっさとレントゲンやってもらっていいですか」
「宮ちゃん冷たぁい。そんな態度だと、お姉さん泣いちゃうから。――冗談よぉ、冗談。だからそんな怖い目しないでったら。じゃあまず、この発泡剤を飲んでねぇ~」
お姉さん看護師がすっとコップを渡す。俺は黙ってそれを飲む。うーん、まずい。
「次に、バリウムねぇ」
きた、うわさのバリウム。
上司からさんざん「つらい」「きつい」と言われてきたバリウム。
まずいうえに、飲んでからげっぷを我慢しつつ、検査台の上で右へ左へ転がされるという罰ゲームのような検査内容。
本来、俺の年齢なら受ける必要がないから油断していたけど、胃部レントゲン検査ならバリウムを飲まないといけないことに、いまのいままで気づかなかった。
通常のレントゲン技師があんな状態でなければ、バリウムを飲まされることもなかったのに、まさかこんな目に遭うとは。
でもいままでの受診者もみんな通ってきた道だ。俺だけ逃げるわけにはいかない。
俺は渡されたコップに入った白い液体のバリウムを、のどへ流しこんだ。とにかくまずいものは一気に飲みこむにかぎる。
「いい飲みっぷりねぇ~。惚れ直しちゃう」
あいかわらず頬が紅潮したままの女性看護師に、俺はお腹のバリウムを抑え込みながら訊いてみた。
「あ、あの、さっきから思ってたんですけど……ちょっと酔ってません?」
「どうしてそう思うのぉ~? さっきあなたに冷たくあしらわれたからちょっとやけバリウム飲んじゃったけど、それだけよぉ。なにか問題?」
やけバリウム……?
そう言われて看護師の横にある机を見ると、確かに少しだけ白い液体の残ったプラスチックコップが置かれてた。
……いや、バリウムを飲んだとして、なんで酔ったみたいになるの、この人。
「さあ、まだバリウムあるから、飲みなさいよ」
「いや、もう結構なんですけど……」
「なに言ってるの。バリウム一杯で検査なんてできるわけないでしょ。さ、ぐっといきなさい」
そうなのか……?
初めてのことなのでよくわからないまま、俺は手渡されたバリウムをもう一杯飲んだ。やっぱりまずい。もう飲みたくない。
「いいねえ、さすが若者! バリウム冥利につきるわぁ」
「あなたバリウムの何がわかるんですか……」
「ほらほら、もう一杯いきなさいよ」
そう言いながら、お姉さん系看護師は俺の背中をばしばしたたきながら、プラスチックコップに薬ビンからバリウムをなみなみと入れる。青ざめる俺。
「いや、もういいでしょ。いいかげん、検査してくださいよ……」
そのとたん、彼女の表情が険しくなった。
「は? 私のバリウムが飲めないっての?」
「いや、私のも何も、検査をするために適量のバリウムっていうものがあるんじゃ……」
「なにふざけたこと言ってんのよ。年上の女性があんたのために一杯おごってやろうって言ってるんだから、快く受けるのが漢ってもんでしょ?」
だからこれ、酒じゃなくてバリウムですから……。ってか、もう吐きそうなんですけど。
「はぁ。全く、しかたないわねぇ。これだから新人君は。バリウムも飲めないようじゃ、社会人として通用しないわよ。それだけは肝に銘じておくのね」
「はあ……」
やっぱり、釈然としないんですけど。