3:しりょく検査
「宮内さん。さあこっちへ」
パーティションで区切られた次の検査室に入ると、そこには医師っぽい雰囲気の、中年の男性が白衣を着て座っていた。
「いまから『しりょくけんさ』をおこなう。さあ、これでまず左目を隠しなさい」
黒縁眼鏡をかけた白髪まじりの男性から、俺は視力検査用の黒い棒を受け取る。先端が広い丸型になっていて、片目を隠すことができる、あの棒だ。
指示通り左目をそれで隠し、離れたところにある視力検査板をながめる。
そこには大きさの違う、様々な向きの「C」の字が並んでいる。
医者が指し棒で指し、俺はその「C」の空いている方向を答えていく。お決まりの視力検査だ。
「はい、これ」
「右」
「これ」
「左」
「これ」
「下」
「これ」
「下」
「これは」
「う~ん……ちょっとみえづらいです」
「じゃあこれ」
「ええと……上、かな」
「本当に上かね」
「はあ、まあ……そう見えますけど」
「目をこらしてみたか? まだ序盤だぞ」
「えっ。目をこらしたら本当の視力がわからなくなるんじゃないですか」
「なにを言っておるのだ。目をこらさずに、本当のしりょくなど分かるはずないだろう」
「はぁ、じゃあ……ええと、右上、かな」
「うむ。ではこれは」
「ああ……これは見えないです。わかりません」
「簡単にあきらめるんじゃない。しっかり目をこらせ。ダメなら眼鏡やコンタクトをつけて再チャレンジだ」
……ん?
「いや、それはいくらなんでも……視力がわからなくなるんじゃ」
「さっきからおかしなことを。なぜ何ら努力もせずにしりょくを測ろうとしているのだ」
「いま測ろうとしているのは、目の見えやすさでしょ。なのに途中で裸眼から眼鏡をかけたりしたら、僕の視力が分からなくなるんじゃ――」
「なにを言っておるのだ。いま測ろうとしているのは、死力だ」
「しりょく――死力!?」
「そうだ。どんな手段を使ってもかまわん。円の空いている方向を見つけるために死力を尽くす検査。それがこの『死力検査』だ」
なんだよそれ……。健康とか関係ないだろ。
「ってか、あれって目の検査用じゃないんですか?」
「つべこべ言わずに、これ!」
「え、ええと……」
釈然としない気持ちのまま、しかたなくこれまで以上に目をこらしてみる。
「左、です」
「ではこれ!」
「右、です」
「ではこれは!」
「う~ん……さすがに目をこらしても……わかりません」
「この程度の死力だとは……。君の死力は0.2だな」
「あの、それってどの程度の死力なんでしょう」
「朝、出勤するときに空が曇っていたら気持ちが落ち込んで帰宅してしまうレベルだ」
弱すぎるでしょそれ……。
ってか、このままだと誤解された診断結果になってしまう。なんとかしないと……。
そのとき、俺は手持ちのスマートフォンのカメラにズーム機能があるのを思い出した。
ことわりをいれてから一旦、更衣室に引き返し、スマホを手にして戻ってくる。
立ち位置からカメラを向け、ズームしてみる。解像度がギリギリだが、なんとか読めそうだ。
「ええと……右下、です」
「うむ。これで君の死力は3.0にアップしたな。よくやった」
一気に十五倍かよ……。いままでのは何だったんだ。
「では次の検査に行きたまえ。次は聴力検査だ」
「はい。あの、ちなみに、死力3.0っていうのは……?」
「絶望的な状況でもわずかな可能性に希望を見出し、世界の危機を救う英雄のレベルだ」
おおげさすぎる……。