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9:問診


 最後の検査は、簡単な問診。

 ここさえやり過ごせば、健康診断は全て終了だ。ここさえやり過ごせば。

 気合を入れつつ検査室に入ると、中にいたのは白衣を着た中年の男性医師だ。少し気難しそうだが、一応、見た目は普通。


 受診票を手にした医師は、正面の丸イスに俺を座らせる。


「ではいまから、宮内さんの生活についていくつか質問するから、正直に答えるように」


「はい」


 ひとつせき払いすると、医師は俺がこのクリニックに来る前に書いた、生活習慣に関するアンケートの答えをながめながら、話し始めた。


「朝食は、食パンのみかね」


「はい。毎日二枚くらいですけど」


「食パン二枚とは。もっと食べなければいかん。全然足りんぞ。食パンなんてお菓子みたいなもんだろう。日本人ならご飯を食べなさい」


「はぁ」


「次に、運動は?」


「最近はあまり……やってないですけど」


「若いくせに、運動もしていないとは。君は何歳かね。まだ二十四? かーっ。毎日三十分以上、汗を流す運動をしなければ健康を維持できんぞ。一体どういう生活をしているのかね?」


「はぁ、すみません……」


「それに、睡眠時間。これが一番の問題だ。一日平均六時間? なんだねこれは。ふざけるのもたいがいにしたまえ。こんな短い睡眠では次の日の仕事に差し支えるだろう」


「その、まだ仕事に慣れていないもので……」


「いいわけはいい。睡眠時間は毎日最低でも八時間。理想は九時間以上だ。絶対に守るように」


「はぁ……」


 なんだか、かなり厳しい物言いだ。

 でもこれさえやり過ごせば、検査は終わるんだ。ガマンして聞き流そう。


「全く。食事・運動・睡眠は生活の三大要素だぞ。それをおろそかにするとは。君は社会人としてなっていない。もう一度、学生からやり直した方がいいんじゃないのかね」


「はぁ……」


「君のようなふざけた者がいるから、若者のモラルが低下しているといわれるのだ。一体、君の親はどういった教育をしてきたのかね。顔が見てみたいな。ま、ろくでもない人間であることは想像がつくがな」


「…………」


「ろくに運動もしない自堕落な生活を送っている君のことだ。どうせ友人もチャラチャラした低能なやつらばかりなんだろう。え? こんなやつらが日本の将来を担っていると思うと、私は不安でしかたがない。自分の人生の十年先、二十年先、老後のことまできちんと見すえているのかね。どうせ何も考えていないのだろう」


「…………」


「自分の健康管理もしっかりできないのだから、人生設計などできるはずがない。どうせ君の親はいい加減な人間だから、そんな大事なことも教えてこなかったのだろう。そういう人間は平均寿命以下の年齢で糖尿病などの生活習慣病にかかって死ぬのがオチだ」


「…………」


「低能な友人にも、私の言ったことを伝えてやったほうがいい。そうせねば、いつか心臓病や脳梗塞でコロッと死ぬに決まっているからな。まあ、低能だから伝えたところで理解できんかもしれんが。何にしても、君らのような浅はかな考えでは、社会を甘く見ているとしか思えん。私からしてみれば、あきれてものもいえん――」


「ちょっと待ってください」


 俺は、医師の話をさえぎった。

 ――いくらなんでも、言いすぎだろ。


「俺のことを言うのはかまいません。実際、そうなんですから。でも、家族や友人のことまで悪く言うのはやめてください。俺の健康には何も関係ないでしょ」


「本当のことを言ったまでだ。何が悪い」


 当然だというように答える医師。

 こいつは、俺をわざといら立たせようとしているんじゃないか。そうとしか思えないくらい尊大な態度だ。


「じゃああなたは俺の両親や友人の何を知ってるんですか。だいたい健康診断でそこまで言われる筋合いはないですよ」


「周りの人間に影響されて、君の健康が悪くなるということもあるだろう。私はそれを防いでやろうとしているのだ」


「俺の健康は全部俺のせいです。他は関係ありません。それを言い出したら、健康じゃなくても人は周りの人になにかしら影響されているでしょう。ってか、こんな場で親や友人の話を出されても、俺にどうしろっていうんですか。するんなら、俺自身がどうすればいいのかのアドバイスを下さい」


 そこまで言い切ったところで、医師ははじめて口をつぐんだ。

 そしてしばらくの間、俺の顔を見つめてくる。

 すると――


「うむ、合格」


 とつぜん、目の前の医師が、思いもよらない言葉を吐いた。


「は……?」


 あぜんとする俺。

 いま、合格、って言った?


「あの、それってどういう――」


 俺が訊くと、医師はまるで表情を変えずに告げた。


「どういう、って、これが問診だよ。君は合格だ。なかなかやるな」


 全然意味がわからん……。

 さらに訊こうとしたとき、医師の後ろからひとりの女性看護師が出てきた。

 見覚えのある顔。あれ、この人、受付で会ったような――


「宮内くん、すごーい。最後の検査でA判定ですね~」


 パチパチパチ、と笑顔で手をたたく彼女。わけもわからず戸惑う俺。


「あの、これはどういう……」


「社長。まだ診察は終わっていないんですから、途中で出てこないで頂けますか」


 首をめぐらせて話す医師にも、彼女は「浅野さん、かたぁい。もう判定出たんだからいいでしょぉ」とのんびりした口調で返す。

 って、いま気になるワードが聞こえたような――


「ええと、その、いま社長って……?」


「はい。なにをかくそう、私が宮内君の働いている会社の社長で~す。ぶい」


 ……はい?

 右手でわざとらしくVサインを決める若い女性看護師に、俺はぼうぜんとする。

 この人が、社長……? どうみても俺と同い年くらいにしか見えないんだが。


「社長って、ここのクリニックの、じゃなくて――」


「うん、もちろん。あ、正確にはここ、うちが二年前に買収したんだけどね~。えむあんどえー、っていうのかな。知ってます?」


 そんな名前の格安ブランド衣料店が近くにできましたというくらいの気安さで、彼女は俺にニコニコしながら告げる。

 口調は軽いし本人は若いし、どうにもその事実が信じられない。


「あ、自分と同い年くらいの人が何言ってるの、とか思ってるでしょ。いちおう私、十六歳で起業してるから、少なくとも会社の経営経験は宮内君よりはるかに長いんだけどなぁ」


 マジか。

 いわゆる学生起業ってやつだろうか。それにしたって、十六は若い。

 あまりの驚きで何も言えずにいる俺に、受付の看護師もとい女社長は少し感心したように目じりをゆるめた。


「それにしても、浅野さんの問診でA判定なの、うちの社員にはほとんどいないんですよぉ。『圧迫問診』って私は呼んでるんですけどぉ。特に若い人はみんな怖い怖い浅野さんに言葉で責められたら黙っちゃって。自分の思うことをはっきり言う人が私、好きなのになぁ」


「あの……これ、そもそも健康診断じゃないんですか」


「うん。じつわぁ、健康診断に見せかけた、社員テストなんですぅ。私が考えたんですよぉ、エラいでしょ?」


 じまんげに胸を張る社長。

 これは健康診断ではなく、じつは社員を各部署へふりわけるためのテスト。

 まさかそんなことになっていたとは……。

 俺はこれまでの異常な検査方法に納得したような、でもある意味さらなる不安に襲われたような、複雑な気持ちで息をついた。

 そんな俺にかまわず、社長は続ける。


「今日の結果で、みんなの配属先が決まるんですぅ。宮内君はまだほかの検査結果をみてないけど、地方に行ってもらうのはもったいないから、私だったら本社勤務を推薦するかなぁ。あ、いままで宮内君が会った看護師さんは全員、うちの社員だから、心配しなくていいよぉ」


 社長の言葉に、俺は青ざめるばかりだった。

 ……あんな人たちが社員なのか。演技とはいえ。たしか、自称魔術師とか、吸血鬼とかもいたぞ。


 この会社は一体どんな職場環境なんだろう。

 本社勤務なら、今日会った人たちとも顔を合わせるわけだよな。

 あの人たちが、マジメに仕事をしているのか。

 ――だめだ。イメージできない。どうやってあの人たちはサラリーマン・OLをこなしているんだろう……だんだん不安になってきた……。


 そんな俺の思いをよそに、社長は朗らかに言った。


「検査結果と配属先は一か月後に通知するから、楽しみに待っててね~」


 楽しめねー。


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