だから私は少女を殺した
世界に2人だけであったなら、悲しいことなんて一つもなかったんだと思う。
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艶のある白銀の髪を肩まで伸ばした少女は、暗く薄ら寒い洞の牢に繋がれていた。洞の中に木霊するのは少女の微かな嗚咽の音と擦れる金属音。少女は生まれてこの方、外の世界を知らない。
少女は先祖返りである。この里では、ある一定のサイクルで生まれ落ちる白銀の髪の子供を神と称し地下の祠に閉じ込め、身体が熟すのを待つ。
白銀は穢れを纏わない神聖な色である。
遥か昔、神に見染められた女子が神と交わり子を成した。神の血を引く子供の髪色は穢れを纏わぬ白であり、暗闇の僅かな光に反射した。
白銀は穢れを吸い取り黒く染まる。その子供が生まれた時代、村に疫病が蔓延した。神と子は話し合い、一つの結論を出した。"父さま、わたしが全ての穢れを引き受けます"
その子供は屋敷の地下に祭壇を作らせ、その奥に牢を作らせ己を繋いだ。そして白銀が黒に染まり消え失せた時、村は浄化されたのである。
村人は言う。
「嗚呼、人神様の死は美しい」
だからこそ、先祖返りは浄化の機を見計らった様に生まれ落ちる。
故に、短命である。
少女は生まれ落ちてから一度も外に出たことがなかった。存外に扱われてたわけではなくむしろ最高の敬意と最高の奉仕を受けていた。けれど、外に出ることは叶わなかった。しかし少女は何度も懇願した。一度だけでいい、外の世界を見せて欲しい、と。何度も其れを言い、何度も拒否され身体に比例する事がない精神は直ぐに涙を溢れさせた。
そして今少女が泣いているのもそれ故であった。牢の前に座っている護衛と称した見張りの青年は顔に影を落としているせいか表情が見えない。少女の懇願を何度かの問答の末に跳ね除け、そのせいで少女を再び泣かせた事を悔いている様にも見えなくはなかった。
少女は鼻声混じりの小さな声で青年の名を呼んだ。青年は反射するように顔をぴくりとあげゆっくり振り返った。少女は木の格子に手をかけ青年を見つめる。赤く腫れた目と震える唇を見た青年は僅かに顔を歪ませた。
「外に、出たいの」
「……なりません」
「…あのね、お前にだけ伝えておくわ」
少女は着物の袖で目元を拭い胸に手を当てた。青年は少女の言葉を待った。
「村が、もう限界なのがわかるの。二度とは言わない、一度でいいの、外が見たい」
「それはありえません。あなた様が20を数えるまで穢れは満ちはしない」
「いいえ、わたしにはわかるの。父さま――いいえ、氏神の結界が弱っていることが」
「ありえない」
「わたし、お前と一緒に外に出たいわ」
青年は声を漏らし少女を見つめた。
「お願い、一緒に逃げて」
青年は静かに立ち上がり少女を見下ろした。少女は口を噤んで返答を待った。
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「いいな、わたしもそれを見たかった」
牢の奥に座る少女は目を開けると目の前に立つ白銀を僅かに赤く染めた女を見上げて苦笑した。見下げた女は片手に血塗れた刀を持ち、頬に鮮血を走らせていた。
「見るべきではなかった」
「…ねえ、人は必ず生まれた意味がある。それは運命として人を縛り、逃げることなんて出来ないなんて言うけれど本当だったの?」
「そう。もし、最善の終わりから逃げれば最悪の終わりを迎えるだけ」
「ふふっ……ふふ。手の込んだ、自殺だこと」
少女は再び頬を涙で濡らした。肩を震わす理由は言わずともわかっていた。
「それでも、わたしは外が見たい。彼と幸せになりたい、彼の子供が欲しい。何で私はずっと死ななければならないの?」
「じゃあ貴女は彼を殺すの?」
「別の方法があるはずよ」
「いいえ、ないわ」
女は刀を強く握ると虚空を見つけた。
「逃げて、逃げて逃げて……。そうね、確かに幸せだった時もあったのかしら。それは、彼の子供も身籠ることが出来たことね、産んではあげれなかったけれど」
女は無意識に腹部を抑えた。
その行動を少女は羨望の眼差しで見ていた。
「でも結局……私の代わりに彼が背負ってしまった」
その言葉に息を呑む微かな音が響いた。少女は目を数秒伏せてまた開く。
背負わせた代償。
彼を助ける唯一の手段。
即ち、歴史の改竄。
彼が穢れに飲まれた時、父は女に言った。過ちを正し運命を正しき軌道へと乗せるならば、お前の愛しい男を助けることが出来るだろう、と。女は叫び狂う夫を抱きしめながら何度も頷いた。
"大丈夫…大丈夫よ!今、今助けてあげるっ……!"
"ああああ、ああああああっ‼苦しい、苦しい、あああああああああ殺せ殺せ殺してくれええええええええ"
"大丈夫大丈夫っ……!"
「穢れを祓うために生まれ出た命ならばそれに準せ」
女は牢の少女を引きずり出し地面に叩きつける。少女は悲鳴を上げ青年の名を呼んだ。入口で門番とともに倒れている青年に届くはずも無く。
「やだ、やだぁ‼︎死にたくない、死にたくないよぉやめてぇ!!」
少女は泣き叫びながら身体をお越し駆け出した。外の世界を求めて。
目の前に牢はない。彼を連れて今こそ逃げ出そう!
――しかし、女は地面に落ちる一つの鎖を持ち上げ、引いた。悲鳴と共に何かが崩れ落ちるのを視界の端に捉え歪に笑う。
逃がしはしない、お前だけは。
少女の悲鳴が洞を震わす。女は刀を一振りして、下唇を嘗めた。血の味に女は穏やかな笑みを零す。その光景を少女は震えながら見ることしかできなかった。足に繋がる枷は少女を死に繋ぎとめる。
「ど、どうして……っ、貴女がわたしを殺すの!?わたしが死ぬのは、村の穢れを全て祓った時でしょッ!?」
その絶叫に女は、心底うんざりという顔で返答した。
「仕方ないじゃない……ぜんぶ貴女が悪いんだもの」
間引きよ間引き。
女は刀を振り上げると、少女は目を見開いた。
△
数秒後、数時間後……もしくは数日後。青年は穏やかに顔をもたげた。身体にのし掛かる重圧に眉を顰め、周囲の事態に驚愕した。しかし直ぐにその目は洞の奥へ向けられる。仄かに香る、血の匂い。それだけで十分だった。青年の衝動を駆り立てるのに。
青年が見るのは唯一つ。黒く染まった、一つの遺体。
お気づきとは思いますが、女と少女は同一人物です()
そんで、女が少女を殺めた以上少女と彼は結ばれることはありません。悲しい。
修学旅行前に上げれてよかったです、それでは此処まで御読みくださり有難う御座いました!