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-Marmot and Messiah-②

「すぅ……すぅ……」

 夜になった。

 ぽろっぽー、ぽろっぽー、と鳩時計が9時を指している。

 ぼくが床に座って、黙って時計を眺めている横で、メアリーが静かに眠っている。目に巻かれた包帯はそのままで、なんだか痛々しい。

 ジェシカはまだ帰ってきていない。あれから『お仕事』を頑張っているみたいだ。普段なら日付が変わるまでには帰ってくるはずだ。

 ふわぁ、とぼくの口からあくびが出る。

「そろそろ、寝ようかな……」

 ぼくは立ち上がって、部屋のはじっこにあるお布団をずるずる、と引きずって、メアリーの近くまで持ってきた。

 メアリーの眠っているお布団と並べるように、ぼくのお布団を敷く。敷き布団とやわらかくない枕、ぼろきれみたいな掛け布団。寝心地は良くないけれど、かたい『地面』で寝るよりはよっぽど快適だ。

 布団に寝転がって、掛け布団を体にかぶせる。

「……」

 仰向けになって、こうして上を見ていると――ふと、見えてくる景色がある。


 丘の反対側の壁にはめられたガラス越しに見える――大勢の白い服の人達だ。


 こっちに指をさして、何かを書いていたり、何かを話しあったりしている。

 ぼくは知っている。

 あの人たちは、ぼく達を『観察』しているのだ。ぼく達が何をして、何を考えて、何を感じているのか――

 そのひとつひとつを文字と数字に変えて、あちこちに記録する。その繰り返しだ。

「……」

 目を細め、それを見上げるのも、毎日の事。

 彼らはぼくらに一瞬だけ冷たい視線をくれ、すぐにまた自分たちの事にいそしむ。とても忙しそうだ。

 ぼくらには興味もくれない。まるで、ぼくらを見下げるように、さげすむように一瞥をくれる。

「……」

 ぼくは窓を見上げてから、お布団に入りこんだ。

「おやすみなさい」


 その夜は、昔のお友達の夢を見た。


  ○


 次の朝になっても、ジェシカは帰ってこなかった。

「遅いですわね……」

 メアリーは、扉を見つめながら不安そうに呟いている。

「普段なら、とっくに帰ってきているはずですわ」

「うん」

「大丈夫でしょうか……」

 不安そうな表情をしながら、メアリーは長い髪を揺らしながらそわそわとしている。

 ぼくは何も言わずに、ただじっと俯いていた。

「……もしかして」

 ふと、メアリーが呟いた。

「もしかして、ジェシカさん――」

「だめ」

 メアリーの言葉を、ぼくが遮る。

「分かってても、しゃべっちゃだめ」

「グミさん……」

「ぼく達は、ただ待ってるだけだから」

 メアリーの残った瞳が、不安げに揺れる。

「待ってるだけ、ですか……」

「そう。だって」

 ぼくはメアリーから少しだけ視線をそらしながら、

「ぼく達は、ここから出ることなんて出来ないから」

「……」

 それきり、メアリーは口をつぐんでしまう。

 長い髪はまったく揺れることなく、ぴたりと時間が止まったように動かない。

 ぼくは何も言わずに、ただ座っていた。壁の絵を眺め、ぼーっとする。

 今日も壁の絵は、見ていてもなにも変わらない風景が広がっている。

 それでも、ぼくは眺めている。ほかにすることが、何もないからだ。


  ○


 がちゃり、と扉が開く。

「!」

 瞬間、メアリーがばっ、とそちらを振り返る。

「ジェシカさん!」

 そう、笑顔で叫んだのもつかの間――

 次の瞬間には、その顔が凍る。

 そこに立っていたのは、白衣を着た女の人だった。

「残念ね」

 彼女は困ったように笑顔を浮かべて、

「JE4はまだ帰ってこれないの。ちょっと『仕事』に手間取っていてね」

「……そう……ですか」

 メアリーはしゅん、と俯く。

 白衣の人は笑いながら、

「それでね……JE4だけじゃ手間がかかりそうだから、手伝いをお願いしたいのよ」

「?」

「GU3、お願いできるかしら?」

 首をかしげながら尋ねる彼女。

 ぼくは立ち上がって、なんとなく膝をぱんぱん、とはたいた。

「わかりました」

「助かるわ。じゃあ、行きましょう」

 扉の向こうに歩き出そうとする白衣に、ぼくはついていく。

 途中、メアリーを振り返った。メアリーは不安そうに、こちらを見ている。

「いってきます」

 ぼくが言うと、メアリーは肩を震わせながら――

 こく、とだけ頷いた。


  ○


 暗い通路を、ぼくと白衣の人は歩いていた。

「ごめんなさいね」

 彼女は苦笑しながら、

「やっぱり、これからはJE4に無理させない方が良いかしら」

「その方がいいと思います」

 ぼくが答えると、彼女は「やっぱり?」と笑う。

「JE4は体が弱いからね。こちらとしては勝手に死なれても困るのよね、CE2みたいに」

「……」

「でも、あなたならその心配も無いからね。GU3、期待してるわよ?」

 イタズラっぽく笑う彼女に、

「はい」

 と、ぼくはそれだけ返事をした。

 しばらく通路を歩いていくと、やがて『お仕事』をする部屋に通された。

 そこは――


 白い、部屋だった。

 壁も白い。天井も白い。電気も白いし、ベッドも白い。

 机と椅子は白くなく、そこだけぽっかりと穴があいているみたいだ。


 そして、もうひとつ白くない物があった。

「ぐ、グミ……?」

 ベッドの上に横たわっているジェシカだ。ぐったり、としていて、声に力が無い。

「どうして……」

「あなたが使えないからよ、JE4」

 女性は明るく告げた。

「まったく、しょうがない子ね。これじゃあ新薬の効果が分からないじゃないの」

「……」

「ホラ、もう帰っていいわよ」

 女性はドアを開けて、ジェシカを外にうながす。

「ごめんなさい……」

 ジェシカはそう告げて、ふらふらと立ち上がる。

 すると、

「う……ッ!?」

 と、突然目を見開いて背中を丸め、うずくまろうとする。

 しかし、少し遅かった。


「うっ……うえええええええええぇ……っ」

 ――ジェシカは、口から胃の中のものを、全部吐き出した。


「ジェシカ……!」

 ぼくが声を出しても、彼女はなにも言わない。

 吐きだしたものの中には、黒いもの、黄色いもの、赤いものも見える。

「だいじょうぶ……?」

 ぼくが駆け寄って、ジェシカの肩を抱く。彼女はけほけほ、と咳込みながら、

「大丈夫……大丈夫だから……けほっ、けほ」

 渇いた咳をしながら、ジェシカは白衣の女性を見る。白衣の女性は困ったような顔をしながら、ジェシカを冷たく見下ろしていた。

「ご、ごめんなさい……いま、今、片付けますから……」

「……さ、GU3」

 女性はそのままの調子で、

「あなたの仕事に入りましょう。JE4、済まないけど、片付け頑張りなさいね」

「は、はい……けほっ」

 ジェシカはなおも咳をしながら、手近にあったティッシュで自分が吐きだしたものを片付けようとしている。

「ジェシカ……手伝うよ」

 ぼくの言葉にも、ジェシカは「ううん」と首を振る。

「そんなことしたら、グミが怒られちゃうよ。……大丈夫、自分で出来るよ。だって、子供じゃないもん」

 ジェシカは無理に笑いながら、ぼくにそう言った。最後のほうは、特に声が大きかった。

「でも……」

「グミは、グミのことを頑張って」

 結局、ジェシカは最後までぼくの手を借りなかった。


 ジェシカの片付けが邪魔になる、ということで、ぼく達は隣の部屋に移された。部屋の中の作りは全く同じで、なんだか変な感じがする。

「さ、始めましょうか」

 白衣の女性は明るく告げ、白衣のポケットから何かを取りだした。

「GU3、ちょっと腕を出して」

 手に握られていたのは注射器だった。先端の細い針が電気にきらり、と光る。ガラスの注射器の中には、ほんの少し青みがさした液体が満ちていて、この白い部屋では見るからに毒々しい。

「これ、新しい鎮痛剤なの。医療現場で使用する予定なんだけどね、効能を確かめたい訳ね」

「はい」

「さっきJE4で試したのは別の薬だから安心なさいな。あなたまでゲロゲロ吐く必要はないわ。多分ね」

 そうしてぼくの手を優しく取り、腕に注射器を刺す。

 ちくり、とした痛みが走るも、それきり痛い感触はない。それは鎮痛剤のおかげなのか、それとも注射が上手いのか。

 液体が空になるまで注射器を押しこんで、針が抜かれた。

「はい、おしまい」

 女性は微笑んで、

「じゃあ、しばらく待ってなさい。効果が出てくるはずだから」

「はい」

 言われたとおり、ぼくはしばらく待っている。

 10分ほどしてから、女性が「うん」とうなずいて、

「そろそろかしら。ついていらっしゃい、検証にはいるわ」

「検証?」

「ええ。鎮痛効果がきちんと出ているかを確かめるの」

「はぁ」

 ぼくは椅子に座ったまま、彼女に尋ねてみた。

「どうやって確かめるのでしょうか」

「ん? そうねぇ」

 彼女は少し考えてから、

「とりあえず、頭を叩いてみましょうか」

「はぁ」

 ばん、と頭を掌ではたかれる。

 触られた感触と、ごん、という鈍い音が頭の中に響いたけれど――

「どう?」

「……痛くないれす」

「そう? ならよかった。成功みたいね」

 かきかき、と手元の書類の様なものに何かを書きこむ。

 よしっ、と彼女は頷いて、

「実験終了よ、GU3」

「……もう、おわりれすか?」

「ええ。他の薬との兼ね合いは、また次の機会に試すわ。とりあえず鎮痛効果が表れさえすれば、今日のノルマは達成ということで」

「ぁい」

「さ、帰りなさい」

 ぼくは彼女の言葉通りに立ち上がり、


 ばたむ。

 と、床に倒れ込んだ。


「ぁ……れ?」

 急に体から力が抜けるような感覚。

 体全体を強打したはずなのに、まったく痛くない。少しだけ、気持ち悪かった。

「んしょ……っ?」

 体を起き上がらせようとしても、まったく力が入らない。

「へ……うぁら……」

 おまけに、ろれつも回らない。口の感覚が、なくなってゆく。

「ん~」

 と、女性の声が耳に飛び込んできた。

 彼女は気楽そうに、

「ちょっと強すぎたかしら……? 失敗みたいね」

「……っ」

 息を吸ったり吐いたりが出来ない。口が動かせない。

「GU3、ありがとう。貴重なデータが取れたわ」

「……っ、……」

「さて、じゃあ早速上に報告しないと……」


 ――それきり、彼女はぱたぱた、と軽い足音を残して、部屋を後にした。


 ぼくは一人、残された。

「……ぅ」

 意識が遠のいてくる。

 視界も暗くなってきて、体もすっかり動かない。

 最後、目の前が真っ暗になる瞬間に……。

「……」

 ある女の子の姿が、目に入った。

「せし、る……」


 それきり、意識が途切れた。

モールモルモルモルモット。


モルモル達頑張れ!

オリジナルキャラも登場してきます、あしからず。

物語には影響しない範囲ですので、ご安心を。

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