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-Mary and UTOPIA-⑤

「ねぇ、お兄ちゃん」

「うん?」

 絨毯の上を歩きながら、メアリーがふと呟いた。

「お腹すいた」

「あー……」

 僕も思い返す。そういえば、もう結構歩いている。言われてみれば、僕も少しお腹が減っている……ような、気がする。

 左手首の腕時計を見ると、アナログの針は午前11時を指している。

 朝食からだいぶ時間も経ってるし、そろそろ小腹がすく頃だ。

「でも、どうしようかなぁ」

 恐らく、アトラクションとはいえこの中で食糧を調達できるとは考えにくい。早めに外に出て、ワッフルでもクレープでも良いからなにか食べよう。

 ポケットの中の財布を気にしながら、僕らは階段を下りてゆく。

「メアリーは、何か食べたいものでもあるかな?」

「ん~」

 口元に人差し指を立ててひとしきり考えてから、メアリーは言った。

「アイス食べたい!」

「ん。了解」

「お友達がね、学校で言ってたの! アイスを三段重ねにすると、すごくおいしいんだって!」

「三段重ね、ねぇ」

 正直、あれを食べる人のバランス感覚が知れない。どうしてわざわざアイスを積み上げて食べるのやら。

 やっぱり男子と女子じゃ、いろいろ価値観に差があるのかもしれない。

「分かった。じゃあ、出たらアイスね」

「うん!」

 僕が言うと、メアリーは元気よく頷いた。

 さんだんっ、さんだん、と口ずさんでいるのは、気にしないでおく。


  ○


 1階の通路も、2階と大した差はなかった。

 ただ、2階よりは幾分か生活感にあふれている気がする。壁には誰が描いたのか、風景画の様なものが飾ってあったり、照明の代わりなのだろう燭台が置かれていたり。

 ここで僕はふと、少し前にネットで話題になっていたゲームの事を思い出した。

「う~ん……」

 気になって、手近な風景画に目を凝らして見る。

 しかし、どこまで言っても僕は平凡な人間だ。特に美的なセンスがあるわけでもないし、絵を見ても何も感じないし、何も見えてこない。

「……」

 ふと思い立って、額縁に手をかけて絵を取り外してみる。当然、何もない。

「お兄ちゃん……?」

 ふと気付くと、メアリーが怪しげな表情で僕を見上げていた。

 僕は若干慌てて額縁を元に戻し、

「何でもない」

「ふ~ん?」

 ちょっとにやにや、と笑いながらメアリーが鼻を鳴らす。

「お兄ちゃん、なんだか変だよ?」

「う……はは、そうかな」

「うん、とっても変」

 くすくす、と彼女は笑う。

 僕は、なんだか後ろめたい気分になった。何かとても悪い事をしているような、そんな気がしてならなかった。

 とりあえず「はは」と笑い返しながら、逃げるように歩を進める。

「さ、行くよ?」

「はーい」

 大人しくメアリーはついてくる。

 本当に賢く育っていくなあ、と思う。一体、誰に似たのやら。

 自分でも複雑な溜息をつきながら、赤いカーペットを進んでゆく。

「結構、長いね」

「どこまで続くんだろう……?」

 ふたり、首をかしげる兄妹。

 しかし、それもつかの間、

「……おや」

 僕の視界の先――廊下の右手側の壁に、新しい部屋が見えた。

「また部屋がある」

「ホント?」

 メアリーが少し楽しげに言った。

「なんだか楽しみ!」

「はは。やれやれ」

 僕らは少し急ぎ足に、その部屋へと向かった。

「今度は何があるのかな?」

 メアリーの言葉に、僕は苦笑しつつも頷いた。

「何だろうね」


  ○


 中に入ってみると、それは2階の部屋で見た光景とは、大分違っていた。

「カビ臭いな……なんだろう、ここ」

 反射的に顔をしかめてしまう。僕は周囲を見回す。

 まず目につくのは、ドアを開けて目の前に見える机だ。

 白い紙が何枚も積み上げられ、よく分からない図や文字、記号が記されている。

 その傍らには何に使われていたのか――化学室で見るような丸底、三角のフラスコ、メスシリンダーをはじめとした実験器具。

 そして、壁を埋め尽くす本棚いっぱいに並べられた、立派な背表紙の本。

「これは……?」

「だれかのお部屋?」

 メアリーは不思議そうに言いながらも、さりげなく僕の服の裾をぎゅ、と握っている。慣れない光景に、不安になっているのかもしれない。

 訝しみながら、とりあえずひとつの本を適当に手に取ってみる。相当にホコリをかぶっていて、やはりカビ臭い。かなり古い物の様だ。

 ぱさぱさ、とホコリを払う、それだけで「げほっ、げほ」と咳込んでしまう。

「すごいね……」

 メアリーも顔を引きつらせてこの言葉。

「なんだろうね」

 試しに、パラパラとページをめくってみる。

 何か、魔法陣の様なもの。黒い物質、四角いグラフ、これまた古そうな絵画の図。

「……?」

「お兄ちゃん、みせてみせて」

 僕は腰をかがめて、メアリーにも同じように本のページを見せてやる。

「分かるかい?」

「……わかんない」

「だろうね……僕も分からない」

 溜息をつきながらも、とりあえず最後までページをめくってみる。

 すると、途中でふと目に入った文字。

「……『錬金術』?」

 思わず口に出してしまう。

 そして、溜息をついて本を閉じた。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん」

 裾をくいくい、と引っ張りながらメアリーが言う。

「れんきんじゅつって、なに?」

「錬金術って言うのは……要するに、金を作ってお金持ちになろうっていうことさ」

 間違ってはいないはず。

「金? 金って、オリンピックの?」

「ん? んー……まぁ、そうかもね」

 実際には、オリンピックの金メダルは銀らしいけど。

 すると、メアリーがふと、こんなことを言い出した。

「じゃあ、みんな金メダルになれるんだね!」

「んー……それはどうかな」

「みんないちばんだよ!」

 メアリーがきゃっきゃっ、と無邪気にはしゃぐのを見て、僕は複雑な気持ちになる。

 みんな一番、ねぇ。はたしてそれは、いいことなのかな。

 そんな思考を跳ねのけて、相変わらず辺りを見回すことに余念がない僕は、本の背表紙を流し読みしていた。

 宇宙の広さ、銀河の光について、マヤ時代のオーパーツ、ナスカの地上絵、北欧神話……。どれもこれもテーマがバラバラだ。机の上に置いてある実験器具と合わせて考えてみても、いまいちイメージが合致しない。

 一体、この部屋は何を意味していたのだろうか……?

「……ねぇ、お兄ちゃん」

「?」

 すると、メアリーがふと、なにかに気付いたように僕を呼ぶ。

「これ、なんだろう?」

「?」

 メアリーが指さした先には、


 床に描かれた、巨大な魔法陣の様なものがあった。


「うっわ」

 反射的に変な声が出てしまう。まるで振り返ったそこにゴキブリでもいたような、そんな感じ。

 しかし、すぐに落ち着きを取り戻す。僕はそれを注視した。

 大きさは直径2メートルくらいだろうか。黒い綺麗な線で描かれた円に、なにかよくわからない文字の様なものが刻み込まれている。

 中心には、これまた歪な形の十字が描かれている。

 まるで、今から悪魔でも召喚せんとするような、不気味な雰囲気があった。

「凄いなこれ……」

 思わず、そんな言葉が出た。思わず圧倒されてしまう、というか。

 メアリーが少しだけ近付いて、それをじっと見る。

「……ヘンなにおい」

 顔をしかめて、そう言った。

 僕も彼女の隣に立って、すんすん、と匂いを嗅いでみる。カビ臭さとは別の、鼻を刺すような匂いがした。

 なんの匂いだろう。ふと考える。

 凄くつん、とくる感じで、だけどひどく身近な感じがする。

「……なんだか、学校の倉庫みたいだね」

 そう言って、メアリーは地面に手を伸ばす。魔法陣を、指先でなぞろうとしている。

「……メアリー」

 僕は彼女の名前を呼んだ。

 なぜだろう、ひどく嫌な予感がしたのだ。一体、この感じは何だろうか。

 反射的にあごに手をあててしまう。メアリーにも指摘された、僕の癖だ。

「……っ!」

 しかし、この癖のポーズを取った途端に――僕は気付いた。

 鼻につん、と来る匂い。

 学校の倉庫。

 黒い魔法陣。

 そして――怪しげな、錬金術の本。

 それらが合致するとすると、つまり――!

「メアリーっ!」

 僕は彼女の手をつかんだ。

 彼女の反対側の手の指先が、魔法陣に触れる。

 しまった、と思った。

 この、つんとくる匂い――学校の倉庫の様な匂いは。


 まるで、鉄サビの――血の匂いじゃないか。


「わぁっ!?」

「うっ……!?」

 途端に、僕らは急な衝撃に襲われた。

 光か、音か。それすらも曖昧になるような、そんな衝撃だった。

 悲鳴を上げながら、叫びながら――

 僕は、握った暖かい手の感触を、しっかりとつかみ続けた。


  ○


「……う」

「んん……」

 目が覚めてから、意識が元通りになるには少し時間を要した。

「め、メアリー……」

 必死に彼女の名前を呼ぶと――

「お兄ちゃん……?」

 と、少し眠そうな声が聞こえてきた。

 その声を聞いて、初めて僕は、右手に握りしめたままの彼女の手に気が付いた。まだ暖かい。

「大丈夫?」

「う、うん」

 そうして2人立ち上がり、とりあえず無事を確かめあった。

 メアリーも僕も、目立った怪我や傷はないみたいだ。だんだんと意識もはっきりとしてくる。

「それにしても……」

 僕は周囲を見回す。

 僕らが立っているのは、全く見知らぬ場所だった。

 青い壁の廊下に、赤いカーペットが敷かれ、前も後ろも暗闇しかない。

 ただひとつ分かることは、ここはさっきまでいたあの書斎の様な所とは全く違うところだということだ。

「うう……」

 と、メアリーが怯えるように僕にすがりついてくる。

「こわいよぅ……」

「……大丈夫だ。僕がついてるから、安心して」

 僕には、涙をうかべるメアリーの頭を撫でてやることしかできなかった。

 どこまで行っても、僕はヒーローなんかじゃない。ただ、この子の兄だ。

「とりあえず、先へ行ってみよう」

「い、嫌だ……!」

 メアリーは一層、僕にへばりつくように体をこわばらせる。

「怖い……! 行きたくない……!」

「でも、いつまでもここにいるわけにはいかないよ」

「嫌だ!」

 メアリーが大声で叫んだ。

 僕が一瞬、身じろぎすると――メアリーはそのまま俯いて、押し黙ってしまった。

「……いやだよぉ」

「メアリー」

 僕は彼女の手を取って、少しだけ強く握ってやる。

「大丈夫さ。まず進まないと、どうにもならない」

「でも……」

「ずっとここにいても、何も変わらないよ。……メアリーの楽しみにしてる、三段アイスだって食べられない」

「う……そ、それは……」

 メアリーが少しだけ、手を握り返す。

 僕はそれに少し笑って、

「ホラ、……ね?」

「……う、うんっ」

 自分に気合を入れるような感じで、メアリーが言う。

「が、頑張るもん!」

「あはは、頑張ろうね? 僕が一緒だから、大丈夫」

「う、うん!」

 しかし――

 メアリーがそう元気に返事をした、その瞬間だった。


「いやぁ、なかなか美しい兄妹愛ですねぇ!」


「っ!」

「ひぃっ!」

 小さく悲鳴を上げるメアリー。

 僕は瞬間的に身構えてしまう。

「私、感動で涙が枯れてしまいそうですよ……よよよ」

「……あなたは」

 僕が睨みつける先――廊下の向こうから歩いてくるのは、

「ですが、あなたも中々やりますねぇ」

 もうすっかり見慣れた、あの受付嬢だ。

 あの時と同じ、黒いツインテールに黒い服装、黒い手袋。しかし、廊下の先に見える暗闇にもしっかりと映える、そんな存在感があった。

 彼女は笑う。

「私も長いことこの館におりますが――いやはや、ここまでやってきた方はあなたがたが初めて! 嬉しい半分、悔しくもありますねぇ」

「何を……!」

 僕は思わず叫ぶ。

「ここはどこですか!? 僕たちに、一体何があったんですか!?」

「んふふぅー。興奮しちゃいけないですよ、疲れちゃいますからね」

 人差し指を立てて、どこまでも食ったように笑う。

「しかし、あなたも中々のモノですよー。妹さんだけならともかく、ここまで辿りつけるとはね」

「……?」

「んふふ。ですが、私はあなたにはあまり興味がありません」

 すると――右手をこちらに向け、まるで糸でも手繰るようにそれを動かす。

「何を……?」

 僕は彼女に、強く警戒心を抱き続けた。

 その時だった。

 右手を、急に何かに振り解かれるような感覚に襲われた。

「っ?」

 反射的に右手を見る。何もない。


 そう、何もない。


「……!」

 気付いた時には、もう遅かった。

「ふふふっ……」

「……そんな」

 受付嬢の笑い声に視線をやった時に、僕は見た。


 彼女の黒い両手に抱えられた――小さな、メアリーの姿を。


「この子はいただきます」

 あまりにもあっさりと、彼女は言った。

 その顔には、あの恐ろしいまでの笑みを浮かべて。

「ここまで連れて来てくれたあなたには感謝します。これで、私の念願もようやく……ふふふ」

「メアリーを返せ!」

「ダメですよぅ」

 僕は反射的に駆けだし、彼女の手の中のメアリーを奪い返そうとする。

 しかし、それはするり、とかわされる。

「暴力はいけませんよ~?」

 ケタケタ、と笑う受付嬢に、僕はもう一度距離を詰める。それも、紙一重でかわされる。

「メアリーちゃんには、私の念願を叶えてくれるだけの素養があります」

 彼女は言う。

「これでようやく……ふふふ。あははははは!」

 そして、堪え切れなくなったように、もう一度笑う。

 最後にこちらをぎら、と睨みつけて、

「では、私はこれで!」

「待て! メアリーを返せ! 何をするつもりだ!」

「それはお楽しみですっ。てへぺろ」

 茶目っけたっぷりに舌を出して、彼女は言った。

「悔しかったら、取り返しに来てください! なにせ、ここはアッシェンプッテル城なのですから!」

 最後に、声高に彼女は叫んだ。

「あなたも、白馬の王子になることはできますよ!」


 そして――

 気付いた時には、どこにもその姿は無かった。


「メアリー!」

 僕は叫んだ。何度も、何度も。

「メアリー……メアリーっ!!」

 返事は帰ってこない。

 僕の声が響くことも無い。ただひとり、何もない空間で、妹の名を叫び続けている。

 ここがどこで、どうしてこんな所へ来て、なにがどうなったのかさっぱり分からない。

 ただ、メアリーを見失った。

 メアリーを攫われた。

 それだけで、僕は壊れそうだった。

「……くそっ!」

 壁を思い切り殴りつけ、拳に痛みが返ってきた。

 その痛みが、訴えかけてくるようだった。僕のせいなのか。

 僕のせいなのか。

 僕があのとき、ちゃんと止めていれば。

 僕が余計なことをせず、きちんと出口まで戻っていれば。

 僕がメアリーを、こんな所へ連れてこなければ。

 こんなことにはならなかったのだろうか。考えても考えても、僕の非をとがめ続ける声が聞こえてくるようで。

 後悔が押し寄せてくる。

 どうしようもない、過去の間違いを咎める声が聞こえてくる。

「くそっ、くそっ……!」

 両の目から流れる涙すら、自分の過ちの様な気がして。

 ただ、僕には――


 メアリーの名を叫び続けることしか、出来なかった。


  ○


 どうしようもないこと、がある。

 自分の過去の間違い。それは、決して変えられない、どうしようもないこと。

 本当に、どうしようもない。

 どうしようもない――。

「メアリーと遊園地」前半終了です。


黒い受付嬢に、メアリーが攫われてしまいました!

後編ではクロトさん、フォトンチェンジ( 気合を入れて彼女を取り戻します。

アッシェンプッテル城の部屋や絵画は何だったのか。

受付嬢の念願とは、一体何なのか。

兄は無事、メアリーを取り戻せるのか……?


次回は「アイデンティティ・クライシス」の続き。

その後はお待ちかね!「モルモットと傭兵」の予定です。

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