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-Mary and UTOPIA-④

「ではでは、こちらのアトラクションの説明をさせていただきますっ」

 恭しくそう一礼して、受付嬢は片手を「ひらりっ」と示す。

 その先には、暗くて先も見えないような、天井の高さも、通路の幅もとてつもなく広い廊下が続いている。

 ご丁寧に床には赤いカーペットが敷かれ、僕たちをいざなうよう。

 受付嬢が「ふふ」と子供っぽく笑って続ける。

「お二人には、こちらの廊下からカーペットの上を歩き続けて頂きます」

「おさんぽするの?」

「そんな感じですっ。てへ」

 わざとらしく笑う。

「ただ、普通のお散歩じゃないのですよ、メアリーちゃん」

「?」

「途中途中、もちろん様々なイベントがございます。それをかいくぐりながら歩き続けて行くと、この城をちょうど一周してここに戻ってくることが出来る仕組みとなっていますので、それがゴールになります」

「城を探検する、ということですか」

 僕の言葉に受付嬢は頷く。

「きっとお楽しみいただけるかと思います! 何せ、我々の目玉ですからね」

「ほぉ……」

 自然とあごに手をやりながら、僕は考える。

 要するに、お化け屋敷と言うよりは、

「迷路、みたいなものですか?」

「そういうことです。まあ、迷い道にはなっておりませんので、ご安心を」

 それを聞いて、僕はなんとなく引っかかった。

 アトラクションが用意されているとはいえ、要するに、ただ広い屋敷をぐるりと一周するだけ。

 それが目玉となると……やや不自然ではある、様な気がする。

「ええい」

 ぶんぶん、と首を振る。

 悪い方向に傾きがちな思考を、なんとかリセットする。

 僕の悪い癖なのかもしれない。いったん何かがあると、ずっと引きずり続けている。

「いかんいかん」

「お兄ちゃん?」

 メアリーが何気なしに首をかしげ、僕を見上げている。

 そうだ。

 折角、メアリーの誕生日の祝いも兼ねてやって来た遊園地なのだ。せめて、彼女の前では、このひとときを楽しんでいたい。

 僕は受付嬢に向き直り、

「分かりました」

「くふふ」

 彼女は手を口にあて、わざとらしく笑う。

「それでは、ゆっくりとお楽しみください」


  ○


 僕はメアリーの手を引いて歩いてゆく。

 敷かれたカーペットが柔らかいせいか、足音が反響したりすることはない。

「なんだか……」

 ふと、メアリーが言う。

「ヘンな所だね」

「そうだね」

 それは僕も同意見だった。

 アトラクション、と言いつつも、ただただ壁に挟まれながら歩くだけ。特に何があるわけでもない。

 勝手に警戒していただけに、なんとなく拍子抜けしてしまう。

「……」

 おまけに、なんだか空気もひんやり、としていて、なんとなく居心地が悪い。

 冷房でも効いているんだろうか。

「メアリー、寒くないかい?」

「ううん」

 返事をするメアリーは、とりあえず元気そうだ。

 しばらく歩いていくと、曲がり角に差し掛かる。

 直角に折れ曲がっている通路を左に曲がると、

「……あれ」

 向かって左手の壁に、木でできていると思しき扉が並んでいる。

 数えてみると、それは3つ。その先の通路は無く、再び左に折れ曲がっている。

「なんだろう……?」

「誰かのお部屋?」

 呟いたメアリーにつられるように、僕らはとりあえず一番近くにある扉に近付いてみる。

 大きさは、ちょうど僕の身長より少し大きいくらいの、やはり木で作られている扉だ。触ってみると、少しさらさらとしていて心地よい。

「もしかして……」

 これが、あの受付嬢の言っていた、アトラクションなのだろうか。

 だとしたら、少し入ってみたい気もする。

「メアリー、入ってみるかい?」

 尋ねてみると、メアリーは少しだけ押し黙った後「ん」と短く頷いた。

 それを確かめて、僕は金属製のドアノブに手をかける。


 中は、ちょうど少し狭いアパートの一部屋くらいの大きさ。

「……」

 僕たちはドアを閉め、とりあえず部屋の中を観察することに。

 メアリーと手を離して、別々に見てみることになった。

「メアリー、気をつけなよ」

「はーい」

 ごそごそ、とタンスの中を開けて中を見るメアリーを確かめて、僕は部屋をぐるりと見まわす。

 窓に向かって置かれた机と、3本のロウソクが刺さったままの燭台。無造作に置かれた羽ペンと、空のインクの容器。

 部屋の隅には、丁寧に整えられたベッドと、その隣の小さなテーブル。

 テーブルの上には、銀色に光るティーポットの様な入れ物と、白い陶器のカップとソーサー。

 なんだか、中世の宮殿みたいだ。

 城の外観をなんとなく思い出す。あれを思い出すと、なんだかタイムスリップでもした気分だ。

「ねぇねぇ、お兄ちゃん!」

 すると、メアリーの明るい声がする。

 僕が振り返ると、

「見て、見て! この服、とっても可愛い!」

 メアリーが両手に持っていたのは、女の子用と思しき洋服だった。

 黒と白の2色を基調として、全体的に丸みを帯びたデザイン。ところどころにフリルがあしらわれ、幅広のスカートがそれを強調している。

 まるでメイド服みたいだ、と僕は思った。

 ふと後ろに目をやると、メアリーの背にあるタンスの引き出しが開けっぱなしになっている。あの中に入っていたのだろうか。

 メアリーはサイズのぴったりなその服を自分にあてがって、

「これ、着てもいいのかな?」

「う~ん……どうだろうね」

 アトラクション、と言うからには、これもサービスの一環なのだろうか。

「ねぇねぇ、いいでしょ?」

 メアリーはるんるん、と鼻歌交じりにその服を自分の体に合わせたり、眺めたりしている。

「ん~……」

 僕が考え込んでいると、メアリーの身体がふと、バランスを崩した。

「ひゃっ」

 短く悲鳴を上げて、メアリーはすとん、と軽く尻餅をつく。

 手に持っていた服がふぁさっ、と床に落ちた。

「ああ、ほら」

 僕はメアリーをつんつん、と指で突っついてやる。

「浮かれちゃダメだよ、メアリー。ケガするかもしれない」

「う……ごめんね、お兄ちゃん」

「分かれば良いよ」

 最後に笑いあって、僕が地面に落ちた服を拾おうと手を伸ばすと、

「あれ?」

 あることに気付いた。

 スカートの裾の内側に、刺繍でなにかが縫い付けてある。

 持ち上げて見てみると、その文字は、


 Michael


 と、書いてあった。

「マイケル……?」

 同じように、それを見たメアリーが言った。

「いろいろ読み方はあるけど……ミッシェル、ミハイル……」

 しかし、これはどれも男性名だ。

 仮に、この服の持ち主の名前を縫い付けておいたとして、どう見ても女の子用のこの服に、男性名が記されているのは少しおかしい。

「どういうことなんだろう?」

 首をかしげつつも、僕はとりあえずその服を畳んで、タンスにしまいこむ。

「あー……しまっちゃうの?」

 メアリーは名残惜しそうにそれを見つめる。

「仕方ないよ。名前が書いてある以上、他の人の持ち物みたいだし、多分、勝手に持っていったらダメなんだ」

「そっか……」

 しかし、メアリーはあの服がいたく気に入った様子だった。

「かわいいお洋服だったのになぁ……」


  ○


 次の部屋に入ってみると、

「……何も、ないね」

「そうだね」

 この一言に尽きた。

 さっきまでいた部屋とは全く違う。ベッド、机と、最低限のものが置いてあるばかりで、生活感が一切削ぎ落されているような。

 当然、なにも興味を引かれるようなものは無かった。

「ん~……」

 メアリーが意味深そうに腕を組み、あごに手をあてている。

「どうしたんだい?」

 僕が尋ねると、メアリーは「えへへ」と無邪気に笑う。

「お兄ちゃんのまね!」

「えっ」

「お兄ちゃん、いっつもこうやってるから」

「そ、そっか」

 少し虚を突かれた。確かに、無意識のうちに腕組みとあごに手をやるのは癖になってしまっているかもしれない。

 なんだか恥ずかしい所をまねされたな、と思う。我が妹ながら、侮れない。


  ○


 その次の部屋に至っては、

「あれ……開かない」

 ドアノブに手をかけても、ガチャガチャ、と鍵の音がするだけで、扉は開かない。

「……ここはダメみたいだ」

 僕が呟くと、メアリーは「ふ~ん?」と殆んど息の様に頷く。

 そして、ぽつり、と呟いた。

「ねぇ、お兄ちゃん」

「?」

「このお部屋、誰かが使ってたのかな?」

「ん……どうだろうね」

 だとしても、遊園地のアトラクションの中にある理由が分からない。

 これが、あの受付嬢の言っていた、アトラクションなのだろうか。

 メアリーは続ける。

「なんだか、昔、人が使ってたみたいだね」

「そんな、怖い事言うなよ」

 幽霊話みたいだ。

「遊園地のアトラクションなんだ。人が住んでる訳ないだろう?」

「む~」

 少し怒ったように頬を膨らませて、メアリーは僕を見上げる。

「使ってたかもしれないじゃんっ」

「どうだろうね」

 返事をしてから、僕は再びメアリーに言った。

「ほら、早く次の所行くよ?」

「……うん」

 まだ少し不機嫌そうに返事をしつつも、メアリーはしっかりと後についてきた。


  ○


 再び通路を曲がると、しばらく真っ直ぐな道が続く。

 窓から差し込む外の太陽の光が、通路に白い四角の光を残している。妙に神秘的だ。

「ん」

 窓はちょうど僕の首の高さくらいあって、外の様子をうかがい知ることが出来る。

 遊園地は昼時が近付いて、更に盛り上がっているようだ。人の数も、ぱっと見でも十分に多い。

 クマを模したような着ぐるみが小さな子供に風船を配っていたり、頭部が懐中時計をした人間が黒い服を着て歩いていたりする。

 変な雰囲気の遊園地だな、と僕は思った。

 まるで、不思議の国にでも迷い込んだみたいだ。ただ、僕にアリスは似合わない。

「……あれ」

 そんな事をぼんやりと考えながら歩いていくと、ふとメアリーが声を上げた。

「お兄ちゃん、あそこ」

 彼女が指さしたのは、通路の奥。

 そこには、木でできた大きな扉があった。

「また誰かのお部屋かな?」

「……どうだろうね」

 僕は笑って、木の扉に歩み寄る。

 取っ手に手をかけ、押し込むように扉を開いた。


 すると、そこにあったのは――


「わぁ……」

「おお……」


 思わず言葉を失うような――広い部屋だった。


 内装は暖色で統一され、一面に絨毯が敷いてある。

 その中で一際目立つのが、真っ白なクロスのかけられたままの、巨大な白いテープルと、それに座るためと思しき12個の木の椅子。テーブルにはどこかで見たようなティーポットやカップが綺麗に並べられ、今にもお茶会が開かれんと言った具合。

 中央に取り付けられた暖炉のそばには暖かみのあるロッキングチェアが置かれ、なんだか生活感のある印象を受けた。

 僕とメアリーはとりあえず中を歩き回りながら、周囲を見回してみた。

「おおきいね……」

 メアリーは斜め上を見上げたまま、口を閉じることが出来ていない。

 僕も、似たような気分だ。

 学校の体育館ほどの大きさがあるように感じる。内装がシンプルにまとめられている分、よりそう見えるのかもしれない。

「……おや」

 部屋を見回していると、ふと、ひとつ目に留まるものがあった。

 それは、壁に掛けられた、金色の額縁だ。

 そして、綺麗に装飾されたその額縁の中で笑う、女性の絵。

「へぇ……」

 僕は思わず、見入ってしまう。

 無邪気そうでありながら、なんだか大人っぽい落ち着きもある。不思議な印象の絵だ。

 色鉛筆で描かれたのか、ところどころに斜めの線が入ったりしている。それもまた、変に写実的でなくていい。

 よく眺めていると、その絵の右下に、赤いインクで書かれた単語がある。


 Nort


 と、読めた。

「ノート……?」

 書く方のノートとは綴りがちがう。

 この絵の女性の名前なのだろうか。それにしては妙な名前だ。何語だろう?

「おにいちゃーん」

 と、メアリーの声で我に返る。

 振り返ると、彼女は通路の奥を指さして、

「こっち、こっち! 階段があるよ」

「階段?」

 まだまだ続く、ということだろうか。

 僕は嘆息する。大分広いこの屋敷に、まだまだいなければいけないのだろうか。

 しかし、まだあの受付嬢の言葉が気になっている。

 アトラクション、イベント。まだそれらしきものはない。

 一体、何を以て、この城を目玉とまで称するのか……少し、気になる所ではある。

「じゃあ、行ってみようか」

「うん!」

 元気に頷くメアリー。

 僕は彼女と一緒に、赤いカーペットの階段を下り始めた。

長引き過ぎだ(

いろいろ書きたい設定が多すぎて……。

そろそろいったん切りたいなぁ。次で切りたい。

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