-Mary and UTOPIA-③
歩くこと、少し。
僕たちは受付嬢の案内で、城の足元までやって来た。
「うわぁ……」
門の前で、メアリーが建物を大きく見上げる。
「おっきいね……」
「そうだね……」
僕も、同じ感想を抱いた。
すぐ近くから見ると、城は異様なまでに大きい。
やや青みがかった白い外壁と、派手な装飾も無い清楚な外観。玄関の扉の大きさは僕らの背丈ふたつ分くらいで、高くそびえ立つ屋根は空に突き抜けるよう。
「いかがですか?」
自慢げに受付嬢は笑う。
「当テーマパークの目玉なのです。地域最大規模のアトラクションなのですよ。ふふん」
「ふふんっ」
なぜかメアリーも真似をする。相当、この受付嬢に懐いているようだ。
そして、その受付嬢も「いやはや~」と腰をかがめ、メアリーと目線を合わせて、
「メアリーちゃんは、とっても素直でいい子ですねぇ。よしよし」
「えへへ。ありがとう」
「うむうむ。こんな可愛い子と仲良くなれて、私も鼻が高いですよー」
びよーん、びよーん、とピノキオのように鼻を伸ばす仕草をする受付嬢。
メアリーはそれを見て「あはは! おもしろーい!」と笑っている。
僕は何故か笑いをこらえながら、受付嬢に尋ねる。
「鼻が高い、とは」
「そりゃあそうですよ!」
受付嬢は「ずい!」と口に出しながら僕に詰め寄る。
「なにせ私達、お客様にサービスするのがお仕事ですからね。お客様に好かれることほど、嬉しいことはないのですよ」
「へぇ」
僕は溜息をつく。
「いいお仕事なんですね」
「もちろんです。ぬふふ」
最後に妙な声を上げながら、受付嬢は笑った。
「では、中に入る前に、チケットをお願いします」
受付嬢は入口の横で、僕たちに手を差し出してくる。
「チケット?」
メアリーが反復すると、受付嬢は「はい」と笑う。
「一応、アトラクションですからね。再度、ご提示をお願いします」
「わかりました」
「はーい」
僕たちは懐からチケットを取り出す。メアリーも慣れてきたようで、すぐに2人そろって渡すことが出来た。
受付嬢は「ありがとうございます~。ひょいっ」と、まずは僕の手元の白いチケットを受け取った。
「ごそごそ……あった」
そう言いながら懐から取り出したのは、一回り大きなホッチキスの様なモノ。やはりと言うべきか黒い色をしていて、受付嬢が握るたびかちゃかちゃ、となにかを挟みこむように動く。
「では、失礼しますー」
受付嬢はそう言ってから、僕のチケットをそれでかち、と挟みこんだ。
1秒ほどそうして握っていたが、すぐにそれを外して、
「どうぞです」
と、僕にそれを手渡した。
「?」
返された白いチケットには、赤いスタンプが捺されていた。
円の中には、よく分からない記号が描かれている。まるで何かの本で見た魔法陣のようだった。
この城に入るために必要なのかな、とぼんやり考える。
「はーい、じゃあメアリーちゃんもくださいね」
黒いそれをかちかち、と鳴らしながら、受付嬢はメアリーに笑いかける。
メアリーは無邪気に笑って、「はいっ」と頷いた。
小さい手に差し出されたピンクのチケットを、受付嬢は優しく手に取り、スタンプを捺そうと挟みこむ。
「よ~しっ」
無意味に意気込む受付嬢。
それをわくわく、と見上げているメアリー。
僕とは違って気合が入ってるなぁ、と思う。まぁ、確かに僕よりはメアリーのほうが可愛らしくて愛嬌があるだろうし、そもそもメアリーが小さい子だというのもあるのかもしれない。
受付嬢もメアリーの魅力に気付いたのだろうか?
そんな事を考えて、ふと彼女のほうを見ると、
――ひどく冷淡な笑みを浮かべた、黒い女の姿があった。
「っ……?」
僕は、思わずあとじさった。
「はい、メアリーちゃん。出来ましたよー」
「わぁい! ありがとうございます!」
「うむうむ、いい子ですねー。よしよし」
しかし、それは一瞬のこと。
次の瞬間には、先ほどまでと変わらない、受付嬢の姿があった。
だけど――僕は、見逃さなかった。
「……」
まるで、人が苦しむのを楽しむような、そんな笑み。
狂気じみた、青く光るような瞳。
冷たい顔に無理矢理張り付けたような、三日月形の唇。
「おにいちゃん?」
「っ」
メアリーの声で我に返る。
まるで心臓を軽く平手打ちされたような気分だ。強烈でない分、後味の悪さがこの上ない。
「……だいじょうぶ?」
メアリーは僕を心配そうに見上げ、手をぎゅ、と掴んでくる。
「……すぅ、はぁ」
自分を落ち着かせんと深呼吸をしてから、
「大丈夫だよ」
と、メアリーの頭を撫でてやる。
「ちょっと、ぼうっとしてただけ。暑いからね」
「……?」
メアリーは首をかしげている。
本当に、こういうことには聡い子だ。きっと、僕が本心を言っていないことも、うっすら分かっているのだろう。
「大丈夫だから、ね?」
それでも、最後にそう言うと、
「……うんっ」
と、気丈に頷いてくれた。
「では、準備はいいですかー?」
受付嬢の間延びした声がする。
ついさっきの一瞬の、不気味な印象は微塵も感じられない。すっかり元通りだ。
「……」
ひょっとして、いや、ひょっとしなくても、ついさっきのは僕の気のせいだったのだろうか。
思わずそんな考えが頭をよぎる。
「……いや」
小さく呟いて、僕はかぶりを振る。
頭の中の雑念を払わないと、いつまでたってもこの考えに縛られたままだ。それはきっと、よくないことに違いない。
少しだけ目を閉じると、程よく落ち着きを取り戻すことが出来た。
「……では、行きますよ?」
僕が目を開けたのを確かめて、受付嬢は懐からまた何かをごそごそ、と取り出す。
それは西洋風のモチーフのあしらわれた、黒い鍵だった。長さは人の掌くらいで、かなり重量感がある。
それを玄関の鍵穴に差し込んで、時計回りに回すと、ガチャン、と重たい音がした。
「よしっ」
受付嬢は頷いて、重たそうな扉を前へと押す。
ごりごりごり……と、石をこするような音が耳に届く。
受付嬢は振り返って、
「どうぞ? 中へ」
「……」
「ささ、遠慮せずに……」
どこか含みのある物言いに、少しだけ警戒心を覚えるが、すぐに振り払う。
「さ、行こ、メアリー」
「う、うん……」
メアリーも緊張しているのか、少し肩が強張っている。唇は頼りなさげに結ばれ、瞳には戸惑いの色が浮かんでいる。
「……はぁ」
僕が苦笑交じりに手を差し出すと、メアリーは瞳を輝かせてそれを握り返した。
「いっしょ!」
「うん。一緒」
笑いあって、開かれた扉をくぐる。
「いよいよですよー。御二方」
受付嬢の声が、大きな城にこだまする。
「ようこそ、我らがアッシェンプッテル城へ!」
○
中はまさしく、シンデレラ城だった。
巨大な玄関ホールと、中央からふたつに伸びている階段。奥には巨大な赤い旗と、そのさらに奥に一際大きなホールが見える。
「うわぁ……」
メアリーが無心のうちに呟いた。
「きれい……」
「ほんとうだね……」
僕も、思わず心を奪われそうになる。
特に目立った装飾も無く、豪華そうなオブジェもない。ある物は、天井からホールを優しく照らすシャンデリアの光だけだ。
何もなくても、美しい。そんな芸術があった。
「いかがでしょうか」
そんな雰囲気に合わせるように、受付嬢が静かに笑う。
「これはまだ、ほんの一部なのですよ。ついてきて下さいな」
そう言って踵を返し、受付嬢はすとすと、と軽い足音を立てて奥へと進む。ツインテールは微動だにせず、まるで時間が止まっている中を歩いているようだ。
僕は一瞬だけ息を止めてから、メアリーの手を引く。
「ほら、行くよ」
「う、うん……」
メアリーはためらいがちに頷いた。
「……どうかしたの?」
僕が聞くと、メアリーは「ううん」とかぶりを振って、しかし答えた。
「なんだか、私の知ってるシンデレラじゃない気がする……」
「……?」
その言葉の真意はつかみかねたが――僕は、もう一度メアリーの手を引いて歩きだした。
しかし、歩きだしてもなお、メアリーはなんだか気が晴れないようだ。
「メアリー……?」
「……」
メアリーはじっと俯いて、迷子になった子供のように不安げな表情をしている。
「気分でも、悪い?」
「……わかんない」
力無く首を横に振る。
「なんか、寒い……」
そして、そんな言葉を口にした。
もう一度、メアリーを見る。夏には全くふさわしくない、こんな服装なのに。
しかし、僕には何も感じられない。
「どうしましたー?」
「ひゃっ!」
いきなり響いた大声に、メアリーは短く叫んで体をこわばらせる。
僕が声の元を探すと――
「こちらですよー!」
僕らの正面の真上、階段の上のテラスから、受付嬢が手を振っている。
「早くおいで下さーい! いえーい!」
「……」
場違いな受付嬢だが、今の空気を変えるにはちょうど良かった。
「メアリー」
僕はかがみこんで、震えるメアリーと目線を合わせる。瞳にはうっすらと涙が浮かび、つつけば壊れてしまいそうなほどだ。
僕は彼女の頬に両手を添えて、
「大丈夫。僕がそばにいるから、安心して」
「……ぐす。うん」
メアリーは笑って、しっかり頷いた。
僕は最後に頭を撫でて、メアリーの手をぎゅ、と強く握る。
「一緒だよ」
「……うん、いっしょ」
ただのシスコンになってきた。
でも、このふたり、本当に仲が良いですねぇ。
こんな兄と妹がいるとしたら、とても素敵だと思います。
あと1、2回この話を続けて行きます。
ちなみに、このメアリーのお兄さんには「クロト」という名前があります。命名・私。
あくまで公式設定ではないので、ご了承ください。