-identity crisis-③
「どう? どこかピンとくる場所はある?」
美空を連れて外へ繰り出した私。
「ん~……」
失くした記憶を探すために、手掛かりを調べに来た私達だけど……。
「あんまり、思い出せねぇな」
「だよね~……」
午前10時。
外に出て見れば、私達を取り囲むのは――真新しいものばかりだった。
高くそびえたつ石造りの建物。
しっかりと舗装され、凹凸も見当たらない道路。
携帯から一瞬たりとも目を離さずに、耳からイヤホンを伸ばして歩く人々。
まぎれも無い現代社会。私がよく見慣れたいつもの風景であり、美空が探し求めるものとは真逆の世界が、眼前に広がっていた。
美空の記憶が戻らないのも無理はない。昔の風景がどうだったかは分からないけれど、少なくともこんな光景は無かったことだろう。
出来るだけ人目につかない道を歩きながら、美空に話しかける。
「見覚えのある道とか、ないかな?」
「んー……」
「舗装されても、道の構造とかはそのままだったりするかもだし」
言いつつも、私は美空の腑に落ちない表情に納得していた。ここまで景観が変わっていては、分かるものも分からないかもしれない。
「なぁ、紬」
すると、ふと美空が顔を上げた。
「?」
「紬は、いつからこの町に住んでるんだ?」
「へ? 私が?」
ん、と頷く美空。
どうしてそんな事を聞くのか。一瞬疑問に思ったけど、私は周囲に人がいないことを確認して、話すことにした。美空は他の人には見えないから、独りでぺらぺらと喋るヘンな人とは思われたくなかった。
「うん。私ね――実は生まれたの、この町じゃないんだ」
「へぇ?」
興味津々、と聞き耳を立てる美空に、私は更に続けた。
私は、小さい頃――小学校の3年生くらいまでは、生まれた町で育った。
今の町よりもずっと田舎で、もっと自然に囲まれた場所だった。家のすぐ裏に山があって、小さい頃はよくそこを遊び場にして駆けまわっていた。
次の年に入るすぐ前、一緒に暮らしていた祖父が亡くなり、同時に父親の転勤も重なって私はそこを離れ、都会に暮らすことになった。
元々暮らしていたのが田舎だったこともあるだろう。都会の生活にはなかなか馴染めず、友達も出来なかった。だから学校が終わったら、すぐにクラスを飛び出して、家の近くを散歩して時間を潰していた。
それから、何度か転校を繰り返し――
今の町にやってきた。ちょうど、私が中学1年生になる春のことだ。
「あんまり、人と関わらない偏屈な子だったの」
呟きながら、ちょっと笑ってしまう。
「だから、自然とあそこに……あの白い廊下に通うようになってさ。あそこから見る景色はとっても綺麗だったから。美空もそう思って、あの場所にいたんじゃないかな?」
「さぁな」
美空はぶっきらぼうに答えた。
「私は、どうしてあそこにいたのかさえ分からないんだ。そんな事を言われても、それは紬の勝手な推測だよ」
「そうだね。勝手な推測。私の」
次第に、人目がどんどん遠ざかり、込み入った道路へと入っていく。
辺りには塀で囲まれた民家が立ち並んでいるだけで、大通りの賑やかさは欠片も感じられない。もちろん、私も来たことがない道だ。
「でも、どうしてそんな事聞くの? 私がいつから住んでるか、なんて」
「そりゃあ」
美空は一瞬目を丸くして、
「昔から住んでるなら、何か手掛かりになりそうな物も知ってるんじゃないかって思ってさ。少なくとも、紬の方は私より記憶があるわけだし」
「あ、そっか……」
よく考えればそうだよね……。どうしてこんな簡単なことに気付かないんだろう。恥ずかしい。
「でも、ごめんね。力になれそうにないよ。私もこっちに来てから、日が浅くないとは言えないから」
「そうか……」
心もち肩を落としながら、美空は呟いた。
「じゃあ、とりあえずは……」
「そうだね」
私は頷いて、
「とりあえず、歩き回ってみよう。何か偶然でも、見つかるかもしれないよ」
美空に言いながら、私は不思議に思っていた。
どうしてここまで、進んで行動しているんだろう。
今までは誰とも関わりたくない、ただ独りでふらふらと時間を過ごすことが常だった私なのに――どうして、誰かのためにここまで頑張るんだろう。
もちろんそんなこと、頭では分かっている。
けれど、やっぱり不思議に思ってしまうのだった。
ともかく、私達はその日、とにかく歩き回った。
自分が住んでいる町はこんなに広いのか、と思い知らされた。
入り組んだ路地を抜け、大きな通りを横切り、古い標識を辿ってまた同じ所へと迷い戻り――
そんな事を繰り返して、気付けば丸一日をかけて町の外周を歩いて一周してしまったのだ。
○
「はぁ~。手がかりなしかぁ」
その夜。ぱんぱんに膨れた足を投げ出し、ベッドに横になる私に、壁にもたれかかった美空が苦笑いで返す。
「仕方ないさ。また明日、探しに行こう」
「そうだね~……私の体がもてば」
きっと、明日は筋肉痛で足は殆んど使い物にならないかもしれないけどね。体育は人並みにはやってるから、大丈夫だと思うけど。
「でも、どうしようかなぁ……」
今のご時世だ。古いこの近辺の地図なんて持ってないし、携帯の地図アプリなんかを使っても古い場所なんて特定できないだろう。両親に聞こうにも、私と同じようにこの場所に来て日が浅いから頼れない。
八方ふさがりか。
「どうしよっかなぁ……学校に行って、古い資料でも探して――」
……いや。あてになるとは思えないし、そもそもあまり学校には行きたくない。
「無理すんなよ、紬。私の為にそこまで無理しないでくれ」
美空が心配そうに呟く。
「あはは……美空に心配かけちゃ、本末転倒ってもんだよね」
今度は私が苦笑いする番だ。美空の為にやってるんだから、別に無理したって私は構わない。
尚も不安そうにしている美空に何か声をかけよう、と思って彼女の方を見て……私は、偶然にそれに気付いた。
「そういえばさ」
「あ?」
「美空のその刀って、何のために持ってるの?」
「刀?」
美空は傍らの、黒光りする鞘におさめられた刀を手に取る。
かちゃ、という金属音がして、重たい雰囲気を放つ。美空は何故か肌身離さず持ち歩いているけれど、それが何故なのかは分からずじまいだ。
「さぁ……私には、さっぱり分からない。ただ」
そこで、美空はちょっとはにかんで、
「持ち歩いてないと、なんか落ちつかねぇって言うか」
「ふぅん」
今どきの人達が、携帯を持ち歩いてないと落ち着かないのと同じようなものかな。とか考えて、ちょっとおかしな気分になる。
いつの人も、何かを持っていないと落ち着かないものなんだな。美空の場合は、どうやらそれが刀みたいだ。
「……ん?」
と、私はここでふとひとつの可能性に至る。
古い。
刀。
この町。
「……そっか」
私は上半身を起こし、呟く。
「そっか!」
「紬?」
私は人差し指を立てて、ずいっと美空に詰め寄る。
「博物館だよ!」
古いものが集まり、なおかつそこまで古い場所ではない。
「博物館に行けば、古い記録も残ってるはず。昔の写真とかもあるから、きっと助けになるよ」
「本当か!?」
美空も興奮冷めやらぬ、という雰囲気で叫ぶように答えた。
「明日、早速行ってみようよ!」
こうして、私達の探索1日目は終わった。