-identity crisis-①
どうしようもないこと、がある。
頑張れ、一生懸命になれ、集中しろ――
そんな上っ面の励ましだけじゃ、どうしようもないこと。
自分の力だけじゃ、どうしようもならないような。
いくら頑張って走ったって、車を追い越したりは出来ない。そう言う風な、もういちいちトライするのも溜息が出るような、そんなこと。
それでも、やりたい。やらなきゃいけない。
そんな、どうしようもないこと。
どうしようもないこと。
どうしようも――
○
「じゃぁ、今日はここまでな」
7月に入り、日がかんかんと照る午後4時。
涼しげな夏物のスーツを着た担任教師が、教卓で帰りの会を終える挨拶をする。健康的に浅黒く焼けたその肌は、大柄な体躯と相まってとても存在感がある。
そんな彼が、今日もいつもと同じように、低めの声で教室を見回して、
「最近は暑いからな。熱中症になる生徒も多い、気をつけるんだぞ」
はーい、と返事をするクラスメイト。
その中で、私はひとり、黙って席に座って頬杖をついていた。
なんてことはない。ただ、同年代の生徒に囲まれて日々を過ごすのが、ただただ鬱陶しいだけだ。
「……んぅ」
誰にも気取られぬように、そっと溜息をつく。
「じゃあ、委員長、号令」
担任が出席簿とプリントを纏めながらそう言うと、
「先生ぇ~、今日は委員長、休みですよー」
と、間延びした声で女子が言う。
チッ、と舌打ちをして、私は斜め前――件の委員長の席を見る。
今日も彼は休んでいる。
体が弱い訳でもないのに、彼は学校を休みがちだ。
彼がこの空間にいない日、私の機嫌はすこぶる悪くなる。彼は、私が唯一話し相手にできる、気の置けない間柄だからだ。
「そうか。じゃあ、代わりに俺がやるかな」
担任があぶなげなく「起立」と号令をかけ、
「それじゃあ、さようなら」
『さようならー』
「気をつけて帰れよー」
その一言で、魔法にかけられるクラスメイト。
「ねーねー、今日はどこ遊びに行くー?」
「あ、じゃあじゃあ、私いいお店見つけたからそこ行こうよ!」
「えー、アンタのセンスあてになんないもーん」
「ぶー。またそうやって――」
苛立つ気持ちを、かつかつかつ、と足音にぶつける。
私は机の横の鞄をひったくるように片手にとって、教室を足早に後にした。
○
――本当に、あの人種は理解に苦しむ。
歩くたびに、ちょっと癖のある自分の髪とセーラー服のリボンが揺れるのがとてもわずらわしい。
私は「ふんっ」と息を吐いて廊下を歩く。
「……っ」
早足にイライラをぶつけながら、私は鞄を振り回すように歩く。
どうにも、あの教室という狭いところに押し込められるのは慣れない。
狭い部屋でひとりでいるならまだしも、大人数と一緒にいるだなんて。
いつからだろう、こうして周囲の人間に苛立ちを覚えるようになったのは。
私は歩きながら、窓ガラスの鍵の数を数えてそんな事を思った。
中学に上がって、私はあれ、と思うことが多くなった。
なんだか、人生がとんでもなくつまらない、からっぽに感じてしまうことが多くなった。
その最たる例が、あのクラスメイト達だ。
彼ら、彼女らは、きっと楽しい気持ちで話をしているのだろう。一緒にどこかに遊びに行ったり、どうでもいい話をして笑いあったり。たまに冗談を言っては、クラス中を笑いの渦に巻き込むような人もいる。
それが嫌だった。
理由は分からないけれど、生理的になんだか受け付けることが出来ない。そう言う風に、クラスの皆でまとまってます、みたいなアピールをするのが、大嫌いだった。
そんなクラスで1年以上も過ごせば、今の私みたいに、少しは生活が億劫になってくる。
「はぁ……」
私は溜息をつく。
窓から差し込んでくる太陽の光が、無駄に廊下を美術的に照らし出している。窓枠の影が黒く伸びる白い廊下は、なんだかとても落ち着いた。
なにもない、こんな無機的な空間が、私の性分には合っているのかもしれない。
今日、家に帰ったら、部屋の模様替えでもしようかな。私はふと、そんな事を思いついた。
壁に貼ってある写真とか、ポスターとかを全部ひっぺがして、机の周りの余計な物を取っ払って――
この廊下みたいな、シンプルな、なにもない部屋にしよう。それとも、枕のカバーを取りかえるのもいいかな……。
そう考えながら廊下を歩いているうちに、私は旧校舎に足を踏み入れていた。
実習教室――いわゆる理科室、家庭科室や美術室がならぶこの校舎。文化部が盛んでなく、ほとんど活動もしないこの学校では、この校舎は放課後になると、不気味なくらい静まり返る。
私は誰もいない校舎を、たったひとりで歩きまわっているのが好きだった。
たったひとり。
夕焼けに廊下の白い壁はオレンジに染まり、黒い影が色濃くアクセントをつけている。
そんな色彩の単調な場所は、上履きの一歩一歩と同時に、薄く反響を私に返してくれる。
ひとりなのに、私はここにいるんだ。
そんな風に感じさせてくれるこの場所は、学校生活での、数少ない宝物だ。
「……」
無言で目を閉じ、ゆらゆらと歩く。どうせ障害物なんてないし、誰もいないんだから、真っ直ぐ歩くだけなら大丈夫。
腿のあたりに、ひらひらとスカートが揺れてぶつかる。
そんな様子は、廊下にどんな影で映っているのかな。そんなくだらない疑問を考えるのも、この時間だからこそできることだった。
私はちゃんと、ここにいる。
そう実感できる瞬間だった。
「ん~……」
目を開けて、今まで歩いてきた廊下を振り返ってみる。
無駄に長く感じる廊下は、清潔な雰囲気に包まれている。
ここが、私の聖域だって、そう思える。
「……ふふっ」
そう思うだけで、なんだか笑えて来ちゃうな。
学校で笑えるのなんて、ここでだけだ。
委員長と話している時だって、こんなに楽しい気分になったりしない。
要するに、私はただ、ひとりでいたいだけだ。
誰とも関わらず、ただひとりだけで、自分が満足できる世界で暮らしていく。それが、私にとって、理想の人生と言えるのかもしれない。
そろそろ、学校では進路と言う言葉もちらほらと聞こえてきたりするが、きっと私は興味がない。
それは、自分の理想がもう固まっているからだ。
ずっと、ずっと、こうしていたいなぁ……そう、思っていた。
「……帰ろ」
ふふん、となんだか鼻を鳴らしたい気分になって、私は鞄を両手に持ち直す。
旧校舎は大きな四角形をしていて、道なりに進めば必ず元の場所に戻るような作りになっている。もと来た道を戻るよりも、真っ直ぐ進んだほうが、気分がいい。
いつもと同じことを考えながら、私が振り返ると、
「?」
ふと、違和感に気付いた。
振り返った先、私の歩く方向に――
女の子がひとり、いたからだ。
「……?」
私は首をかしげる。
普段なら、こんな所に人はいないはずなのに。でも、黒いセーラー服を着ているということは、彼女も生徒なのだろう。
どうしてこんなところに?
私は不機嫌な疑問を覚えながら、彼女を注視する。
長いツインテールをまったく揺らさずに、彼女は真っ直ぐに夕焼けの差し込む窓の外を眺めている。その瞳はなんだか、色がない。何を見ているのか、ひどく曖昧な印象がする。
そして、彼女は右手に、長い棒の様な何かを持っていた。少しだけカーブして、ゆるやかな曲線を描きながらそれは黒光りしている。
私はゆっくりと彼女に近づきながら、鞄を持つ両手をぎゅっ、と強く握る。
彼女は全く振り返らない。ただ、窓の外をじっと見ている。
「……」
唇は真一文字に結ばれ、瞳は真っ直ぐに空虚に。
私は少しだけ違和感を感じたけれど、不思議と、怖くはなかった。
だから、少しの勇気を持って、
「あの」
と、声をかけた。
「何してるんですか……?」
「……」
しかし、彼女は答えない。
こちらを見もしなければ、髪の毛一本も揺らしたりしない。
「あのぅ……」
「……」
相変わらず、彼女は答えない。
まるでイヤホンで音楽を聞いているかのようだ。実際にはイヤホンなんてついてないし、そもそも人の気配くらい気付いてもいいだろう。
「……」
だから、私はイヤホンをつけている人に話しかけるように、
「ちょっと」
と、肩に手を置いた。
そして、すかっ、という感触とともに、
「……おろ?」
と、バランスを崩す。
どうやら手を置く場所を間違えたらしい。私は一気に前のめりになって、
「うああ!?」
――ぶつかる!
目の前に彼女の肩がある。ああ、もうダメだ。
そう思って目をつぶる瞬間、
ずるっ、という音が聞こえた気がした。
「おぉ、あ?」
私の顔は、彼女の肩に吸い込まれ――――
「……ん?」
気付いたら、彼女は私の背中を陣取っていた。
「……え?」
頭が真っ白になる。
「え? ……?」
「……」
こちらを見向きもしない彼女に、私はうろたえるように疑問を投げ続ける。
鞄を持つ手が震え、金具がかちゃかちゃと音を立てる。その音が廊下の向こうから反響して聞こえてくるほど、静寂に包まれた、白い廊下。
私はその廊下の真ん中で、素っ頓狂な声を上げた。
「……透けた?」
○
「……?」
すると、目の前の彼女が、ゆっくりとこちらを見た。
前かがみに立ち尽くす私を見て、少しだけ驚いたような表情をしている。
「……」
私はもう一度、今度は目の前にいる彼女をじっと観察する。
黒いセーラー服に、胸の前で綺麗に結ばれたリボン。長い髪はツインテールにまとめられ、瞳はまるで宇宙と繋がっているように黒く、感情が浮かんでいない。
そして、彼女の右手に目をやったところで、私は言葉を失う。
「……日本刀?」
……にしか、見えない。
黒光りする鞘、それに巻かれた白い包帯、根元の鍔。どれをとっても、日本刀だ。
まず、本物みたいだなぁ、とぼんやり考えた。
この人は演劇部か何かで、その道具なのだろうか。……ていうか、この学校に演劇部なんて――
「なぁ」
「ひゃい」
うわ。
「……ぷっ」
くすくす、と目の前の彼女が笑う。かちゃかちゃと、刀の金具の揺れる音。
うわぁ……めっちゃ笑われてるよ。……ひゃい、って……。
「恥ずかしい……」
鞄で彼女から顔を隠していると、彼女は優しげな声色で、
「なぁ、君さ」
「……。はい」
一呼吸置いてから返事をすると、彼女は妙な事を口にした。
「私が、見えるの?」
「……。……はい?」
「だから」
彼女はちょっとイライラしたようにそう言って、
「私のこと、見えるの?」
「……」
そっと、鞄越しに彼女のほうへ目を向ける。
確かに彼女はそこにいる。セーラー服に日本刀を肩に置いて、女番長のように佇んでいた。
「……見えます。はい」
「ホント?」
「見えます。はい」
疑わしげな彼女に、私は首をかしげる。
今どき(笑)の女子中学生は、人に「ねぇ、私の事見える? 見えてる?」とか聞くのかな。
「うわぁ……」
「……何さ」
嫌な人を見る目でこっちを見る。そんな目で見ないで。見ないで……。
鞄を盾に顔を覆い隠しながら、私は彼女に会話を試みた。
「あのぅ……」
「あ?」
男っぽく返すその人に、私はちょっと嫌な気分を鞄に隠し、
「その……あなたは、誰ですか?」
「……」
黙ってしまった。
「……」
ちら、と鞄の隙間から彼女の様子をうかがう。
彼女はこちらを見て、なんだか困ったような顔をしていた。
「あの……」
私が再び尋ねようとすると、
「ほら」
と、彼女はいきなり左手を差し出してきた。白い綺麗な指を、パーにして向けてくる。
ここで委員長が相手だったら間違いなくチョキを出している。
しかし、これは話が別だろう。握手、と言う意味だろうか。
「は、はぁ」
私は何となく縮こまりながら、
「どうもです」
と、左手を同じように差し出して、手を握った。
すると、どうだろう。
「……」
私の左手が、綺麗なグーを作っていた。
もちろん、彼女はパーを出しっぱなしだ。
そんな彼女の綺麗な指をすり抜けるように、私はグーを作っている。
いや、と言うより――すり抜けていた。
「な?」
彼女は意味深にそう呟いた。
「な? って……」
彼女の手を握ることが出来ない。
私は再び、頭の中が真っ白けになっていくのを感じた。
さっきといい、今といい――どういうことなのだろう。
体が、透けている。
姿かたちは見えるのに、透けている。
「……」
試しに、グーをぶんぶんと彼女の手で振ってみる。
するとどうだろう。私のグーは、彼女のパーをすり抜けて、ぶんぶんと左右に振れている。
「……これって」
私が呟くより前に、
「そうだよ」
彼女が言った。
「私、幽霊なんだ」
「ゆう……れい」
「そ」
彼女は短く返事をして、
「わかるだろ? 私、体が透けるんだよ。幽霊だから、人には触れないのさ」
なんだそれは、と思う。
普通に考えて、幽霊なんているわけがない。どうせ嘘っぱちなんだろうと、そんな話も信じてはいない。
それが、今まさに目の前にいるって?
「うっそだ」
だから思わず口にしていた。
「嘘つけ」
「あ?」
ぐいっ、と顔を寄せられる。よく見ると目は切れ長で、悪く言えば目つきが悪い。
「さっきお前、見たろ。私の体」
「……えーっとぉ」
私は視線をそらして、
「そう!」
と、口から出まかせに、思いもしない事を言った。
「じゃあ、これは夢か、幻か!」
「……」
ああ、そんな目で見ないで……今日は鞄が大忙しだ。
「……でも」
と、私は鞄越しに弱々しい声で呟いた。
「違うんです……よね」
「……ん」
彼女もためらいがちに頷く。
きっと、分かってもらえると思っていなかったんだろう。それはそうだ。
いきなり学校内で、同じ制服を着た女の子に「私幽霊なの! きゃる~ん」とか言われたらまず病院に吹き飛ばしてやる。
だけど、と私は考えた。
不思議と、彼女を疑ったりは、しなかった。
夢とか、幻とか。
私はそんなものから、もっとも縁遠い種類だと思っている。ましてやこんな口の悪い幽霊が出てくるなら、なおさらだ。
それに、私は自分の心が、頭が、全身が『彼女はそこにいる!』と叫んでいる気がしてならない。
夢でも幻でもない、たとえ幽霊でも、彼女はそこにいるんだって。
白い廊下に、黒いセーラーと日本刀を構えた、不思議な幽霊。
「……なぁ」
そんな彼女は、震え気味の声で私に言った。
「お前、名前は?」
私はそれに答える。
鞄を両手で膝の前に抱え、
「雲川紬」
自信を持って答えた。
彼女は「そか」とフランクに答え、
「紬、ツムギな。覚えておく」
「それより」
と、私も負けじと尋ねた。
「あなたの名前は何? 幽霊さん」
「……」
「幽霊さんにも、名前があるの?」
「……」
くるり、幽霊さんは背を返して、私から顔をそらす。
そして、彼女は震えながら言った。
「ないよ」
「え?」
「名前なんて、ないよ」
右手に持った刀が、なんだかとてもうら寂しく見えた。
彼女は続ける。
「名前がないから、私は消えそうなんだ――『いる意味』がないからね」
「いる意味……?」
「だって」
彼女は振り返って、両手を大仰に広げる。
「誰にも見えないのに、名前なんてあっても仕方ないだろ? そもそも誰とも関わらないんだし」
「……」
「……だからさ。そろそろ、いなくなるかも。ここから」
そう言って、彼女は両手を降ろし――
また、さっきと同じように、窓をじっと見ていた。
私は彼女と少しだけ間を開けて、横に並んで、同じように空を見た。
「……」
彼女は少しだけ髪の毛を揺らしたけれど、すぐに微動だにしなくなった。
目の前には、とても綺麗な夕焼けが広がっている。
赤い空に、白い雲が燃えるように浮かんでいる。少しずつ沈んでいく太陽を眺めているのは、とても神秘的だ。
「……ここ、好きなの?」
私は彼女に尋ねた。
「まあ、ね」
彼女がぶっきらぼうに答えるのを見て、私は自然と笑ってしまう。
私もよく、こうして窓から夕焼けを見ていたものだ。
この誰も来ない廊下は、こういうことにはもってこいなのだ。こんなの、うるさいクラスメイト連中と一緒じゃ、絶対に味わえない感動だ。
それくらい、ひとりでないと味わえない、美しい空が広がっている。
「私も、好きなんだ。ここ」
「へぇ」
「だから、いつもここに来るの」
「そうかい」
ちら、と横を見ると。
彼女は、なんだかうっすらと笑っているように見えた。
太陽に目を細めながら、なんだか微笑ましいものを見るような目で。
「……」
黒いセーラー服に、日本刀で、幽霊な彼女。
まるで、黒い服は白い廊下の中でゆらゆらと揺れているかのよう。
「……綺麗だなぁ」
と、彼女が呟いた。
とても小さく、消えてしまいそうな声で。
私は彼女の目線の先を、じっと見つめた。
地平線に沈んでゆく太陽。その周囲に立ちこめる、たなびくような雲。
まるで、授業で習った鳥辺山みたいで。
「……ねぇ、幽霊さん」
「……?」
私の声に、彼女はゆっくり、振り返る。
私は彼女の目を見つめ、
「名前」
「は?」
「名前、考えたの」
私は笑いながら、
「――美空、なんてどうかな?」
私は、雲。
君が、空。
「……消えたく、ないでしょ?」
「……」
唇をかみしめる彼女に、私は言った。
「……私、ずっとずっと、友達がいなくてさ」
黙っている彼女に、私は口を止めない。
「小さい頃は、仲のいい子はいたけど……なんだか、つまらなくなってさ。そういうのが」
「……」
「周りを見れば、みんなみんな、下らない話で笑いあったり、どうでもいい事に適当に相槌うったり、陰では貶しあってる癖に、本人たちは仲のいい振りしたりしててさ。……そういうのが、なんだか、とってもとっても、大嫌いで」
彼女のツインテールが少しだけ揺れる。
「……もう、私もさ。なんだか、消えたいなぁって」
「っ!」
ばっ、とこちらを振り返る彼女。
私は「ふふっ」と軽く笑って、
「嫌だなぁってさ。こんなところ、もういたくないなぁってさ。自分しか好きになれないって、そう思ってたんだけど――」
そこで、私は鞄を廊下の床に置き、
「――そうでも、ないかも」
両手を彼女に差し出す。
それは、駆け寄ってくる子供を、抱きとめる姿勢に似ていて。
「ねぇ、幽霊さん。私、あなたと友達になりたい。一緒に遊びたい」
「……」
「だから、さ。消えないように、名前を付けてあげる」
そこで、私は大きく息を吸い込んで――
思い切り、ぶつけてやった。
「――私と遊ぼ、ミク!」
「……はん」
すると、幽霊さん――美空は、ニヒルにそう鼻で笑って、
「遊ぶ、ねぇ」
と、日本刀を肩に担ぎ直す。
「借りるぜ、名前」
「……うんっ」
「ありがとよ、ツムギ」
――美空はそう言って、私の左手を、しっかりと握り返した。
「じゃあ、まずは鬼ごっこでもするか」
「えぇ、古くさっ」
いきなりの古風な発言に、私はビックリ。
「んー……じゃあ、手鞠とかか」
「……」
ん? と首をかしげる美空の肩に、かちゃかちゃと音を立てる日本刀。
ああ……と納得する。
私は溜息に重い塊を溶かして、
「じゃあ、行こ」
「おう」
美空の手をしっかりと握って、廊下を歩きだした。
はい、最初は「アイデンティティ・クライシス」です。
さりげなく現代風刺っぽい描写も多くて、なんだか演劇的な展開がとても好きです。
タイトルには「メアリーと遊園地」を採用していますが、この曲は展開的に日常描写もあるので、こちらをプロローグ代わりとして採用しました。
もちろん、これで終わりではありませんので、ご安心ください。
完全に自己解釈で執筆してまいりますが、これもひとつ、楽しんでいただければ幸いです。