(六)
年末年始は手術と外来がないので、顕也は少し自分の時間を持てることを期待していたが、そうはいかなかった。ある程度覚悟はしていた。日中はこども病院の処置当番、夜は連日の当直で、顕也がまる一日病院に行かなかったのは十二月三十日だけだった。大晦日も当直のアルバイトで、一月一日は当直明けでこども病院の処置に向かった。それでも、午後は病院から離れられるかもしれないと思うと、病棟に向かう足取りが少し軽くなった。
病棟には丸山さんがいた。ナースステーションは申し送り中であったが、欠伸をしながらナースステーションに入ってきた顕也を真っ先に見つけて、元気いっぱいに挨拶をくれる。
「あけましておめでとう。」
他の看護師の真剣な申し送り中に不釣り合いな元気のよさに、顕也は少し遠慮して挨拶を返した。
「おめでとうございます。」
「あら。村沢先生、新年早々元気ないわね。そもそも新年早々こんなところに現れるなんて、彼女と何かあったんでしょ。」
顕也は一瞬ドキッとしたが、丸山さんが美希と自分のことを知っているはずはない。真剣だった他の看護師がちらりと顕也を見てクスクス笑っている。
「何かあるような彼女いないですよ。新年なんて言わずに丸山さんこそ新婚早々お正月に仕事してていいんですか?」
「私たち、そんなの関係ないわよ。子供はいないし、以前の暮らしと何にも変わりないもの。今年は向こうも仕事だし。」
顕也は、ご主人が彼女に合わせて元日に仕事を入れたのだろうと勘繰った。結婚式の二次会の時のご主人の感じからは、丸山さんが正月も働くといえば二人とも働くことになってしまいそうな夫婦の力関係が容易に想像できたのである。
「それにね。村沢先生。」
話を変える丸山さんの声が小さくなった。一瞬遠くを見た彼女の目線がゆっくり目の前の後輩たちに移る。
「それに、私、お正月に白衣着て仕事できるの、もう最後かもしれないの。」
「えっ、そうなんですか?」
「そうなの。もうみんな知ってることなんだけど、主人の実家が岐阜で、春から会社を辞めて家業を継ぐために実家に帰ることになってるのよ。私もここ辞めて付いて行くことにしたの。家業を手伝うから看護師の仕事はやってもクリニックのアルバイトくらいね。私、経理とかやるのかな? 何やるのかもまったくわからないんだけど、先生、岐阜に遊びに来てね。」
顕也は心底驚いた。今さっき想像した力関係とはまったく違うではないか。どう考えても、家業と私とどっちが大事なの、と彼女がひとこと言えば、十五年も勤めて働き慣れた職場で今後もずっと働いていられるはずである。それをあっさり辞めて、しかも縁もゆかりもない土地に移り住むなど、一日も早く神奈川に戻って来られることを待ち望みながら六年間東北で暮らした顕也にはまったく理解できない。怒ると怖いけど上品な顔立ちの丸山さんにどちらかというと不釣り合いな容貌のご主人が、急にスケールの大きな男に思えてきた。
「そうでしたか。寂しいですね。丸山さんこそ、ときどき横浜に戻ってきてくださいね。」
それこそお正月に、やがて子供ができて横浜の実家に孫を見せに帰って来る丸山さんを想像しながら顕也が言う。
「ありがとう。村沢先生、やさしいね。」
新年の挨拶からしても強気の笑顔の中に少しだけ不安を隠せない丸山さんが、この日は愛おしく感じた。その一方で、美希と親しい病院のスタッフがいなくなってしまうことは自分にとって都合がよいと、咄嗟に身勝手な安堵を感じていた。美希と丸山さんが度々プライベートに連絡を取り合ってきた間柄であることを知っている今の顕也にとって、美希はあくまでも患者の家族であった。その点、丸山さんがこの病院からいなくなれば、顕也が美希と付き合うことになったとしても変な噂が広まってしまうようなことはないだろう。立場的に顕也が一方的に美希に近付こうとすることは避けなければいけないとは感じていたが、美希からの誘いを受け続けている顕也が彼女とこのまま密かに男女の関係になることを期待しても誰にも咎められることではないという考えが、ふと沸き起こった。
さすがにお正月の病棟処置は多くない。四人まで減った入院患者のガーゼ交換を行った後、カルテを書いて指示を出して、十一時には医局に戻って来た。午後から時間があるので実家にお節料理でも食べに帰ろうと思っていたが、やはりそんな甘いものではない。突然後藤が医局に入ってきたのである。予想を裏切ることなく、後藤の振る舞いにお正月は微塵も感じられない。
「言うの忘れてたんだけど、来週の土曜日に神奈川症例検討会があるって知ってる?」
後藤が新年の挨拶も世間話もないまま、いきなり仕事の話を切り出した。やや不機嫌な顔付きが、上司が正月からわざわざ職場に来て頼む仕事を断るような人間は打首だ、と語っている。
「知ってますが・・・」
明らかに仕事が降ってくる気配に、顕也が言葉を濁す。
「参加するでしょ?」
「もちろん参加します。」
「演題が少ないから何か出すように連絡が来てたんだけど、参加するんだったら発表してよ。この前手術した顔面の動静脈奇形の患者でいいよ。症例報告なんてすぐに準備できるくらいじゃないと、この先どこに行っても大変だよ。」
確かにそのとおりだった。形成外科よりもずっと厳しい第一外科だと、週に二、三回しか自宅に帰れないような生活の中ですでに四、五回の学会発表をこなしている同期がいることを顕也は知っていた。ボストンに留学中の第一外科の佐伯もそんなやる気を買われてやる気の対象だったかどうかも不透明な研究をやるように教授に命ぜられると、突然家族を引き連れて国外移住することになったのである。独り身の自分が十日も先の小さな地方会の症例報告を命ぜられることなど大したことではない。が、頭でそれを理解できても気は乗らない。何しろ顕也は、医師として働き始めて二年半の間、学会発表らしいものをやったことがなかったのである。
「わかりました。準備します。」
顕也の返事に乗り気でないのを察したのか、後藤が思わぬアドバイスを口にした。
「適当でいいんだよ。完璧にやろうなんて思わない方がいい。俺なんて、いつも行き当たりばったりだから、よくわからないまま気付いたら正月も仕事場に来るような生活になっちまった。ちゃんと見てやるから、まずは休み中に適当に思うようにスライド作ってみな。」
後藤の不機嫌な顔付きが急に緩むのがわかった。本人から直接聞いたことはないが、後藤が離婚間近であるという噂は、顕也の赴任当初からあった。家庭を顧みないで仕事をしたからそうなったかどうかは誰も知らなかったが、少なからず女性問題が関係していることは何となく想像できた。多少の押し付けがましさはともかく、まずまず整った顔立ちと溢れる男気は、看護師や女医にそれなりに支持されていることを顕也は知っていた。つまり仕事一辺倒の堅物とは違い、本来は、例えば同級生であったなら、何かと話せるナイスガイだったのかもしれないとも思う。だから、自分がやる気を出せば心強い上司であることも十分承知している。それでも気持ちは今の仕事に全力疾走できるとはとても言えない。適当でいいと言われて少しは気持ちが楽になってもお節料理どころではなくなったことに変わりはなく、捻り出すようなどんよりした顕也の返事が休み中の静かな医局に響く。
「わかりました。やってみます。」
「じゃあ、よろしくね。」
後藤はいつものようにそう言い残すと、また医局から出て行った。
顕也は、病院の売店で昨年四月にここに赴任してから何度買ったか知れない海苔弁当と栄養ドリンクを買って昼食をとると、午後から発表に使う患者の資料を揃えた。明日は当直バイトで明後日の朝も病棟の処置当番で、その翌日に発表スライドが出来上がってなければならないとすると、今日の午後に最低でも資料だけは揃えないと休み明けの一月四日にスライドを完成させることはどうやっても不可能だったからだ。
顕也は、自分はやる時はやる人間だと心のどこかで自分を信じてきた。浪人中も国公立大学の医学部に合格できるような模擬試験の結果を出したことは一度もなかったが、現役生にも負けないようなラストスパートだけで合格を掴んだと思っている。あの医学部受験の時のように、まだ三日もあると自分に言い聞かせて当直先でスライド作りに専念した。
その甲斐あってか、スライド作りは思っていたよりも体裁が整い、症例検討会の発表もごく無難に終わった。発表の数日前から三回ほど修正しつつ、後藤が付け加えていったアドバイスも顕也をその気にさせたという意味で的確だったかもしれない。場内の誰からも質問がなく座長の先生が簡単に質問してくれただけなのがむしろ残念に思えたくらいで、自分が臨床医として一歩前進したような満足を感じていた。
さらに、程なくして顕也に難しい手術をメインで執刀するチャンスが巡ってきた。顕也はそれまでまったく手術を執刀しなかったわけではない。切ってただ皮膚を縫合するだけの簡単な手技で済んでしまう皮膚腫瘍切除術などは、むしろ顕也と上級医の新田に任せられていたからである。とはいえそれもすべて、ある意味後藤よりも厳しい新田の監視下での執刀であった。彼の粗探し的な監視が自分の手術のテクニックを向上させてくれていると感じたことはなかったが、すべての駆け出しの外科医にとって実際に手術を執刀しているという事実だけである種の安堵感に浸っているというパターンは、形成外科医の顕也も例外ではなかった。
研修を終えたばかりの入局一年目が普段滅多に執刀することのない口蓋裂の手術を執刀するように、朝のカンファランスで後藤が顕也に伝えた時にも、新田は直ちに「村沢にはまだ早いのではないか」と進言した。彼自身もまだ駆け出しであり、口蓋裂の手術の執刀をすべて任せてもらえるような立場ではない。口蓋裂の手術を執刀することはあっても、要所ではいつも後藤の監視下である。単純な皮膚腫瘍切除術すらままならない顕也が彼と同じような立場で口蓋裂の手術を執刀するなど、あり得ないことだったのであろう。何を思って後藤が顕也に口蓋裂の手術の執刀を命じたのか知る由もなかったが、実は顕也はその手術に楽観的な自信を持っていた。上手く執刀できる自信ではない。新田と同じレベルで執刀できるという自信である。そもそも顕也は、彼が後藤の監視下で口蓋裂の手術を執刀する時に助手をするのが大嫌いだった。いつも同じようなところで行き詰まってああでもないこうでもないと言い始めると手が動かなくなり、動かなくなってしまった彼の手に代わって後藤の手が動き始める。それでもまたすぐに彼に交代するので、しばらくするとやはりああでもないこうでもないと言い始めて同じ光景が繰り返される。圧倒的なテンポの悪さが助手としては非常に辛く、遅々として技術的な進歩がない新田に対して後藤が普段から言葉を荒げて怒ったりしないことがむしろ不思議だった。顕也から見て大した技術を持ち合わせていない上に顕也に対して常に指導的立場を貫こうとする新田に、顕也が密かな闘志を燃やしてしまうのは当然のことだったのかもしれない。
しかし、そんな思惑とはかけ離れて、顕也は実際に手術を執刀して大いに打ちのめされることになった。体表を扱う皮膚腫瘍切除術とは全然違って、まずメスやハサミなどの器械が口の中で思うように動かせないのである。口蓋裂の手術は患児を仰向けに寝かせてできるだけ顎を上げた状態で専用の開口器を使って行うのであるが、今まで幾度となく助手として術野を眺めて感じていたよりも遥かにやり難いではないか。一才過ぎの幼児の口は想像以上に小さく狭く、平坦な皮膚の上でやるのとまったく違う手の動きを要求された。というより、ほとんど手が動かせずにいきなりメスで粘膜の切開すらできない。ボトルシップを作るような操作である。見かねた後藤が代わって慣れた手付きで粘膜の切開をやるのを眺めながら、顕也は正直なところほっとした。自分が無理に続けていれば切ってはいけないところを切ってしまうかもしれない、と感じたからである。記念すべき初執刀の口蓋裂の手術は、終わってみれば自分が手を加えたのはせいぜい三割程度だった。思い上がりを反省するようなレベルでもなく、ましてや新田との差が浮き彫りになったことを悔しがるようなレベルでもなく、ただただ手術が無事に終わってほっとした。
部分的にでも自分が執刀したのだから、術後の経過を見るのも入念にならざるを得ない。自分の縫ったところの糸が外れて傷が開いていたらどうしようと今までにはなかったような不安を抱きながら、毎日毎日患児の口の中を覗く。幸いとくに問題なく、いつも後藤や新田が執刀してきた患児たちと同じような経過をたどって無事退院していった。手術の結果に対する不安から解放されていくのと同時に、徐々に自分の手術手技のセンスに漠然とした不安が募っていった。やはり自分にはまだ早かっただけなのであろうか? あのやり難さにいつか慣れて淀みなく手が動くようになるのであろうか? それとも自分には新田ほどのセンスもないのであろうか?




