わたくしを大事にしてくれない人なんかいらない。彼と婚約解消して、あの王太子殿下と婚約しました。
マリーディアナ・エルドリルク公爵令嬢は、怒り狂っていた。
「どうしてっ。どうしてよ。あの人は何で来ないのかしら」
マリーディアナにはそれはもう美しい婚約者がいた。
名はルデル・オーレン公爵令息である。
金の髪に美しい青い瞳のルデルは、約束を守らないどうしようもない男だった。
マリーディアナが、オーレン公爵家に嫁ぐのだ。
しかし、マリーディアナは強かった。
エルドリルク公爵家の方が、オーレン公爵家より同じ公爵家でも上だった。
派閥のトップに君臨していたのが、エルドリルク公爵家である。
歳は互いに18歳。来年には結婚するのだ。
今日は夜会である。
一週間前から、きちっとルデルには言ってあった。
「王妃様主催の夜会です。貴方はわたくしをエスコートして下さるのですよね?」
「勿論だよ。愛しのマリーディアナ。当日は迎えに行こう。夕方の6時でいいかな?」
「ええ、お待ちしておりますわ」
それなのに、迎えに来なかった。
すっぽかされたのだ。
マリーディアナは怒り狂った。
大事な夜会である。マリー王妃様から、にこやかに、
「マリーディアナ。是非、来て頂戴。貴方の事をとても気に入っているのよ。わたくしは」
そう直々に言われていた夜会だ。
それなのに。来ないだなんて。
何度も約束を守らない。どうしようもないルデル。
彼はとても美しい男だけれども、約束を守らないのは我慢ならなかった。
彼は今まで何度も約束を守らなかったから。
今回も彼は約束を守らなかったのだ。
一人で夜会に出席する。とても恥ずかしい。名門エルドリルクの名に傷がつくのではないのか?
そこへ、マリー王妃が、バリウス王太子を伴ってやってきた。
バリウス王太子は現在、婚約者がいない。婚約者の令嬢が過酷な王太子妃教育のせいで、身体を壊して婚約解消になったからだ。
それ以降、婚約者が見つからず、探していると聞いていた。
国内では無理だろう。
なんせ、有力貴族の令嬢は大抵、婚約者が決まっている。
歳が離れた令嬢では、一人前になるのに、時がかかってしまう。
マリー王妃の意向としては、バリウス王太子が19歳なので、あまり歳が離れていない令嬢がいいと常に言っていた。
マリーディアナの傍にマリー王妃がやって来ると、にこやかに、
「マリーディアナ・エルドリルク公爵令嬢。どう?貴方、今の婚約者と別れてうちのバリウスと結婚しない?王太子妃よ。未来の王妃よ。貴方にふさわしいとわたくしは思うわ」
マリーディアナは焦った。
王太子妃教育が過酷で、前の婚約者は倒れたって聞いたわ。
わたくしが代わりに?それに、わたくしにはルデルと言う婚約者が。
マリー王妃は微笑んで、
「貴方の婚約者のルデル・オーレン公爵令息。貴方に対して礼儀がなっていないようね。そんな家に嫁いで貴方は平気なのかしら?貴方はとてもきちっとした令嬢だと聞いているわ。そんな令息と別れなさい。バリウスと結婚しなさい。わたくしが命令してもいいのよ」
ルデルと別れて、バリウス王太子殿下と?
バリウス王太子殿下はマリー王妃の後ろに立っていて。
「私と婚約してくれないか?マリーディアナ」
そう言って、近づいて来て跪いて、手の甲にキスを落とされた。
「いえ。わたくしはっ‥‥‥ルデル・オーレン公爵令息の婚約者ですから」
そう言って、慌てて逃げ帰った。
エルドリルク公爵である父と、オーレン公爵に言わなくては。
それにルデルにも。あの人はきっと怒ってくれる。
そう‥‥‥婚約者ですもの。
オーレン公爵家に時々、顔を出した時は、あの人はエスコートしてくれて。
色々と楽しい時間を過ごしたわ。
庭の花を見せてくれて、
「結婚したら、子は3人は欲しいね。私が公爵になったら、沢山贅沢をさせてあげるよ」
そう言って、額にキスを落としてくれた。
ルデルはとても美男で金の髪がキラキラしていて、わたくし、とても幸せだったの。
ただ、彼は約束を守ってくれない。
夜会に行く時にエスコートしてって頼んでおいたのに。
忘れてしまって‥‥‥わたくしの事が大事ではないの?
貴方はわたくしの事が好きではないの?
わたくしは貴方の事が好きなのよ。
貴方は本が大好きで、わたくしが差し上げた王国の歴史本を喜んでくれたわね。
「よく探してくれたね。この本、欲しかったんだ。有難う」
目をキラキラさせて、本を喜ぶ貴方の顔を見たら、わたくしとても幸せを感じたわ。
貴方はお礼に、わたくしに髪飾りを贈ってくれた。
紫水晶と銀で出来たキラキラした髪飾り。
わたくしの金の髪に映えて、とても似合っているって貴方は褒めてくれた。
「君の為にオーダーしたんだ。やはり似合っているね」
そう言ってくれたのに。
貴方はわたくしと約束した事は何一つ守ってくれた事がない。
今度、お忍びでカフェに行こう。って貴方から言い出したの。
わたくし、楽しみにしていたのに。貴方はすっかり忘れてしまって。
わたくしは屋敷でずっと待っていた。
貴方が迎えに来るのを待っていた。
でも、貴方は来なかった。
数日後、貴方に会いに言ったわ。
そして、
「どうして来なかったの?」
って聞いてみたの。そうしたら貴方は、
「歴史本が面白くて、すっかり約束を忘れてしまっていたよ。ごめんごめん。今度から気を付けるよ」
「気を付けるのね。解ったわ」
それなのに、貴方は約束を忘れてしまう。守ってくれた事は無い。
貴方にとって大切なのは、本。歴史の本を読むことだわ。
わたくしより、本が大事だなんて。
馬鹿にしないでよ。わたくしは貴方の事が好きなのよ。
あああっ。このままではわたくしはバリウス王太子殿下と結婚しないとならないわ。
過酷な王太子妃教育をさせるというマリー王妃様。
それを助けてくれないバリウス王太子殿下。
わたくしは嫌。貴方と結婚したいの。ルデル。どうか、わたくしを助けてっーー
三日後、オーレン公爵家に、父であるエルドリルク公爵と共にマリーディアナは出かけた。
オーレン公爵と公爵夫人、そしてルデルと共に客間で話し合った。
オーレン公爵は青い顔をして、
「王妃様から命令が出た。婚約解消しろと。バリウス王太子殿下の相手にマリーディアナを望んでいると」
マリーディアナは立ち上がって、
「わたくしは嫌。わたくしはオーレン公爵家に嫁ぎたいの。過酷な王太子妃教育なんて耐えられない。お断りして」
エルドリルク公爵は、オーレン公爵と顔を見合わせて、
「まぁ、抗議はしてみる。私達、公爵家を馬鹿にしている命令だからな。いかに王妃様とはいえ、これは酷い命令だ」
オーレン公爵も、
「そうだな。抗議はしてみよう」
ルデルを見て、オーレン公爵は、
「しかし、王妃様が引き下がらないとなると、婚約解消するしかなくなるが、お前はいいのか?」
ルデルはにこやかに、
「私は構いません。王妃様の命令ならば、仕方ないでしょう」
マリーディアナはルデルに向かって、
「わたくしが嫌と言っているのよ。貴方は嫌では無いの?わたくしと別れる事になるのよ」
「うううん。そうだな。嫌かな?嫌じゃないかな?王妃様の命令なら仕方ないじゃないか」
思いっきりルデルの頬をひっぱだいた。
「わたくしは貴方の事を愛しているわ。でも、貴方はちっともわたくしを大事にしてくれない」
「大事にしない?そんな事はないよ。髪飾りを贈ったじゃないか」
「でも、わたくしとの約束を忘れるじゃない?何度忘れたと思っているの?わたくしは貴方とお出かけするのを楽しみにしていたのよ。それなのに、貴方はわたくしより、いつも本を読んでわたくしの事を忘れてしまう。いいわ。わたくしは王太子殿下に嫁ぎます。わたくしを大事にしてくれない人なんかいらない。そんな人よりも、過酷な王太子妃教育を受けるわ」
そう、わたくしを大事にしてくれない人なんていらない。
それならば、過酷な王太子妃教育を受けるわ。バリウス王太子殿下と結婚するわ。
わたくしは、わたくしはっわたくしはっーーー
エルドリルク公爵が慌てたように、
「落ち着け。マリーディアナ。お前の気持ちは良く分かった。王妃様に抗議をしてみるから」
「いえ。抗議なんて必要ないわ。ルデルと婚約解消して下さい。わたくしは王太子殿下に嫁ぎます」
ルデルは頷いて、
「それがいいよ。私は君と婚約解消しよう」
こうして、マリーディアナはルデルと婚約解消して、バリウス王太子殿下と婚約を結ぶことになった。
マリー王妃は喜んで、
「マリーディアナ。よく決意をしてくれましたね。わたくしは前の令嬢に対して厳しすぎた。
これからは、貴方の教育は他の者に任せます」
王妃は王妃なりに反省しているようで、
マリーディアナは王妃から教育内容を少し緩くするようにと命を受けた教育係から王太子妃教育を受ける事になった。
マリーディアナの体調を考えて、無理ない範囲で教えるようにと。
マリー王妃は考えたようだ。
それでも、王太子妃教育は大変で、覚える事が沢山ある。
バリウス王太子は時々、マリーディアナの元へ顔を出して。
「勉強大変だろう?私も一生懸命勉強している。君は無理をしなくていい。私がきちっと補うから」
「有難うございます。王太子殿下」
勉強は大変だけれども、バリウス王太子殿下の励ましで、なんとか頑張る事が出来た。
それに、バリウス王太子殿下はとてもマリーディアナの事を大切にしてくれる。
「私は王太子だからね。約束は守るよ」
そう言って、きちっと夜会の時は迎えに来て、エスコートもしてくれる。
彼はとても真面目で、マリーディアナは好感が持てた。
とある日、夜会で、ルデルを見かけた。
ルデルは話しかけてきた。
「私はいまだに婚約者が決まらなくてね。本に夢中になってつい約束を忘れてしまうんだ。それくらい許してくれてもいいとは思わないか?」
だから、言ってやった。
「女性を大事にしない男性なんて、誰も婚約を結びたいとは思わないわ。約束を忘れるって事は相手の女性の事を大切に思っていない証拠よ。わたくしは貴方との約束を楽しみに、待って待って待ちくたびれて。そのたびに傷ついてきたわ。婚約者なんて決まらなくて当たり前。貴方と結婚したら、苦労するもの。公爵家の大事な約束だって忘れるのでしょう?」
「さすがに、大事な約束は忘れないよ。でないと公爵家の信用にかかわるからね」
「でも、わたくしとの約束は忘れたわ」
「だって、君は私の家に嫁いでくるのだから、ちょっと位、私が約束を忘れたって許してくれると思っていたんだ」
「許さないわ。わたくしは傷ついた。だから一生許さない。許さないから」
バリウス王太子殿下が肩に手をそっと置いて、
「私も前の婚約者の令嬢を守れなかった。母上からの苛烈な王太子妃教育から。でも、今度は守りたい。それに、母上も反省して口出ししてこなくなってきたとはいえ、私は強くなりたいんだ」
嬉しかった。バリウス王太子殿下の心が。
だから、改めて、ルデルに向かって。
「さようなら。オーレン公爵令息様。わたくしは、この王国の王太子妃として輝くわ」
マリーディアナは今日も王太子妃教育を頑張っている。
バリウス王太子殿下が励ましてくれる。
愛しい人‥‥‥窓から空を見上げれば、秋空が晴れ渡り、マリーディアナはすがすがしい気持ちで窓を開けて、叫んだ。
「気持ちがいいっ。わたくしは頑張るわっ」
とある変…辺境騎士団
「約束を守らない奴は最低だな」
「そうだな。屑の美男教育をっ」
「女を泣かす奴には制裁を」
「我らの出番だ。行くぞ」
ルデル・オーレン公爵令息は行方不明になった。
変…辺境騎士団にさらわれたと、人々は噂した。噂通り、変…辺境騎士団がさらったようだ。