7ネックレス
朝食を終え、紅茶を飲みながらレンの話を聞くことになった。
レンの真面目な顔つきに、自然と背筋が伸びる。
「やっぱりサボりを見つける仕事はなしにしよう」
なんとなく察していたが、まさか一日で解雇になるとは……。
これからサボりを見つけつつ、学校内を満喫しようと思っていた私にとって、それは悲しい報せだった。
「……やっぱり、授業の邪魔をしちゃったからですか?」
私が落ちなければ、レンは授業をしっかり受けられていただろう。
もしも怪我をするようなことが起きれば、またレンの邪魔をしてしまう。
分かってはいるのだが、少々残念だ。
私が落ち込んでいるのがバレたのか、困った表情を浮かべたレン。
「君が悪いわけじゃない。単に僕が心配なんだ」
「そんなに……? 確かに私は魔法も使えない、力もないし賢くもない――」
「そうじゃないんだ。……その、言いにくいんだけど」
珍しく歯切れの悪いレン。目を私に合わせようとせず、しどろもどろ。
珍しい姿に驚きはしたが、今は"萌え"なんて言っている場合ではないことは理解できた。
やっと決心したのか、重い口を開いたレン。
「君はこの世界で死を繰り返している」
「……へ?」
唐突な言葉に、私は素っ頓狂な声が漏れた。レンが真面目な話をしていると言うのに、本当に締まりがない。
「私が、ですか? じゃあ、私は何度もこの世界に来てレンさんと会ってるってことですか?」
「そうだよ」
レンはかしこまった顔をして頷いた。
たった一言だった。それなのに動揺のせいか、朝食で温まったはずの体は冷え切り、指は震えていた。私は、レンの言葉が理解できなかった。
推しの言葉を信じたくないわけではない。だが、このゲームは死に戻るような重い話はなかったはず。
設定上、レンはちょっと重いし人によっては『怖くて無理』と言われる。
でも、愛が重いだけで危害は加えない。少し強引な場面もあるが、ヤンデレの中でもかなりライトな部類だ。
「君がイオと会って、図書室の二階から落ちたのは覚えてる?」
「はい。あの時は、レンさんが助けてくれましたね」
その言葉を聞いて、少しだけ安心したような表情を見せたレン。
「そう。なんでタイミングよく現れたのか――それは、君に渡したネックレスのおかげだ」
落ちた時、ネックレスが光っていたはず。きっとその光でレンに信号を送っていたのだろう。
元々すぐ見つけられるようにと貰った物だ。危険を察知する機能が付いていてもおかしくはないだろう。
「けど、ネックレスを渡さなかった時は、運悪くテーブルの角に頭をぶつけた」
「そうだったんですね……。それが1回目の死ですか?」
「違う。もう君は何10回以上死んでいる。その度に僕が君を生き返らせてるんだ」
他にも、屋上から落ちて死んだり、中庭で大木に潰されて死んだり。
それと、最初に森を抜けて校内に入ろうとした時もそうだったらしい。手を引いてくれたのは、私の死を回避するためだったと。
「ネックレスで危険を察知しているのに、なぜそんなに死んでるんですか?」
ネックレスさえあれば、私が何度も死ぬ戻ることなどないはずだ。それなのにレンが言うには、私はすでに10回以上死んでいる。
レンは私の言葉に、私から視線を外した。
「やっとネックレスを完成させられたんだ。ごめんね、遅くなって」
「いえ! それなら仕方ないです! そんなに貴重なものを作ってくれてありがとうございます」
でも、やはり本当に死に戻っているのか、私にはわからない。
「……本当に死に戻りなんてもの、あるんですか?」
「さすがにこれは疑うんだね。残念だけど、僕にその証明はできない」
残念そうに眉を下げ、目を伏せた。
しばらく俯いて黙っていたが、レンは私の手を握り「でも、信じて欲しい」と一言。
「どうやって私を生き返らせているんですか? このことを知っているのはレンさんだけなんですか?」
「生き返らせる方法は秘密。君が死に戻っているのを知っているのは僕だけ」
生き返らせる方法も秘密。レンしか死に戻りを知らない。信憑性に欠けてしまう。
最推しのミステリアスな雰囲気は大好きだが、私に関わることを隠されるのはなんか違う。
加えて、それ以外のことも一緒に隠しているように見えて仕方ない。
「私、この世界に来てから頭痛が酷いんですけど、何か知っていますか?」
「頭痛? それはいつから?」
驚いた様子のレン。それについては何も知らないようだ。……と言っても、私がレンの嘘を見抜けるほどの洞察能力があるかと言えば、自信はないが。
「ここに来てすぐです」
「そっか。……君はこの世界に連れてこられた。でも、君は世界から呼ばれて来たわけではない異世界者。だからこの世界から拒まれていて、頭痛が引き起こされている可能性があるかも」
「あくまで仮説だから、鵜呑みにはしないでほしい」そう言った後、レンは私から手を離し席を立った。
「今日はこの棟から出ないで大人しくしてて。僕が調べてくるから」
「私が図書室で調べさせてください。レンさんよりも長く調べられます」
「魔法で探した方が早いから、気にしなくていい。お願いだから、ハヅキは安静にしていて」
レンは私の頭を撫で悲しそうな瞳で私を見つめた。
「……わかりました。危ないことはしないでくださいね?」
「自分で言うのも恥ずかしいけど、僕はそこそこ強いから、何があっても大丈夫だよ」
レンは安心させるように微笑み、リビングから去っていってしまった。
「このままずっとレンの世話になってる場合じゃないよね……」
部屋にネックレスは置いておこう。階段を上がり自身の部屋に備え付けてあるドレッサーの引き出しへとしまいこむ。
メガネは阻害魔法があるって言ってたし、掛けて――あとは先生を呼び出せるスイッチも念の為持って行こう。
「イオがいたあの空間に、何かあるかな」
図書室の隅に配置されており、いつもは入れないあの場所。
乙女ゲームではあれ以降入れなかったが、攻略の最中に読んでいたものは禁忌の書だと教えてくれた。最初の攻略対象なので、読んでいた理由は覚えていない。だが、どこかでその知識を使っていたはず。
「レン、ごめん」
私は学校へと駆けていった。




