6手料理
イオにお詫びの印として、晩御飯をご馳走してもらうことになった。
場所は学校の外。イオは小さくこぢんまりとした店を指差し、私を見た。
「あそこだ。俺の親父が作ってるんだぜ」
扉を開けてもらい、入店。すぐに「いらっしゃいませ」の言葉が迎えてくれる。
店内には四人席が2つ。カウンター席が5つ。
なお、客はおらず、厨房にはイオの父親だけだった。
魔法を使って、カウンター席に飾り付けや食事を準備してくれていた。
イオと同じ赤髪を揺らしながら、イオの父親は満面の笑みで言った。
「よく来てくれたなぁ。まさかイオが彼女を連れてくるとは――」
「か、彼女じゃねぇって! つーか、レンだって連れてきてるだろうが!」
父親の発言に照れたイオは、大きな声を出した。レンを指差し顔を赤くする姿は本当に可愛い。
親子のやり取りを微笑ましく眺めていると、隣からヒヤリとした視線を感じて、勢いよく横を見た。
だが、様子を見た時には、私を見て笑顔で首を傾げるだけだった。
……気のせい?
「さ、そこで立ってないで座ってくれ」
イオの父親に促され、飾り付けされたカウンター席へと座る。
イオは私達が座ったのを確認してから、厨房の方へと入った。
そこで、食材を取り出し目の前で食材を魔法で切ったり調味料を振りかけたり。まるでショーを見ているかのような手捌き――いや、魔法捌きだった。
私がイオの魔法に見惚れていると、レンに腕を突かれた。
レンを見ると、少しだけ拗ねているのか口角が下がっている。
「今度僕が料理をしている姿も、見たくない?」
「見たいです!」
まさか誘われるとは! 私が大きく頷くと、レンは先ほどまで下がっていた口角を上げ、嬉しそうに笑ってくれた。
イオはもちろん好きだけど、レンに敵うわけないのに。
いや、そもそもなんでイオと張り合う必要があるんだろう。
まさか私のことが好き――でも、そんなこと本当にあるかな。
そんなことを考えつつ、イオ親子に作ってもらったご飯を美味しくいただいた。
――イオと別れ、レンと一緒に薄暗い帰路を辿る。
道には人っ子一人おらず、とても静かだ。
「レンさん、美味しかったですね。まさか、イオさんに作ってもらえるなんて思ってなかったなぁ」
私は作ってもらったポテトサラダやパスタ、オムレツなど特に美味しかったものを思い浮かべながらレンに言った。
「そうだね」
本当にそう思っているのか怪しい声色で、レンは言った。
レンは私の前を歩き、振り向かない。いつもなら、歩幅を合わせてくれ、にこやかに私に笑いかけてくれそうなものなのに……。
黙ったままレンの背中を追う。
虫の声も風も、何も聞こえない。
次第に自身の靴音さえも聞こえなくなってきた。
怖くなってきてレンに話しかけようとしたが、突然耳をつんざくような耳鳴りが、私の頭に反響した。
このゲームに落ちてきて、よく頭痛や耳鳴りがする。私が外部の人間だからだろうか。
「……やっぱり、――めて――だったんだ」
「え、なんて言いました?」
「ああ……ごめん、なんでもないよ」
やっと振り返ってくれた。やっとレンは笑顔でそう返してくれた。
だが、月明かりのせいか、いつにも増して不気味に見える。
「心が狭くて、ごめん」
レンはそう口にした後、目の前で突然倒れてしまった。
「れ、レンさん!? レンさん! 起きてください! レンさんっ――!!」
◇
「レンさんっ!」
勢いよく体を起こした。
陽気な小鳥の声が聞こえ、窓の外は明るい。
日付は九月二十六日。
「ゆ、夢……?」
私はパジャマを着ており、ベッドの中。部屋はレンが用意してくれた私の場所。
汗でべっとりな額を拭い、私は大きく息を吐く。
「私、昨日何をしていたんだっけ」
放課後からの記憶がぽっかりとない。
必死にレンの名を呼んでいたが夢の内容が思い出せない。
汗や私の慌てっぷりから、よくないことが起きたことはわかる。だが、それ以上のことはわからない。
「ハヅキ? さっき、僕の名前を呼んだかい?」
コンコンと扉を叩く音がする。そして何より、いつも通りのレンの声に私は思わず涙が出そうになった。
覚えていないが、レンが危険な目に遭ったのは間違いないはず。夢でよかった。
「ごめんなさい。内容までは覚えてないんだけど、怖い夢を見たんです」
「なるほど。僕はここにいるから、安心してね」
レンは「今日は寝坊しちゃったから、ご飯の用意手伝ってね」と扉を挟んだまま、言った。
そのあとコツコツと足音を立てて離れて行った。
「え!? レンも寝坊することあるんだ!?」
意外な発見に私は思わず笑みが溢れた。
いやいや、悠長に我ってる場合ではない。早く支度をして、朝食の準備を手伝わないと!
階段を駆け降りて、足早にレンのいるキッチンへと足を運んだ。
レンはバタバタとやってきた私を見て可笑しそうに「慌てなくてよかったのに」とくすくすと笑う。
朝から良い笑顔だ。
「お皿の準備を頼める?」
食器が綺麗に収納されている棚を指差して、レンは言う。
すかさず私は頷き「わかりました!」と言葉を返す。
ちょっと返事が元気すぎた気もする。やっぱり私にはレン好みを演じるのは無理そうだ。
二人分しかないお皿を棚から取り出して、レンに指示された通り、テーブルに並べる。
レンはそれを見届けた後、魔法で調理。鮮やかな手際に私は思わず見惚れてしまう。
なんだか少し前にも誰かが魔法で料理をしているところを見た気がするが……ゲームのスチルか何かで見たのだろうか。
「手際が良すぎますよ〜! 頭も良くてかっこよくて、料理までできちゃうなんて……女の子が放っておきませんね」
「君も、僕に惹かれてる?」
そう言えば、レンは小首をかしげる。かっこいい男が可愛いポーズをするの、超可愛いな。
私は満たされた気分に思わず笑みが溢れてしまう。
「もちろんです!」
「ふふ、それは光栄だ」
レンはものの数分で出来上がった料理を皿に移した。私の手伝いは必要なかったのではと疑ってしまうほどの手際の良さだった。
「さ、食べよう。その後に話したいことがあるんだ」
先ほどまで笑顔だったのに、レンから笑顔が消えてしまった。




