5取り合い
「ほんと、ハヅキは耐性がないね」
落ちる浮遊感はなく、いつの間にか、私はレンの腕の中にいた。
きっとネックレスのおかげなんだろう。しかし、授業中なのに、なんて申し訳ないことをしてしまったのだろう。
「ごめんなさい! ありがとうございました」
降ろしてもらい、私はすぐにレンへと謝った。レンは気にしていない様子で、ただ笑顔で私を見つめる。何も言われないのって不安になるんだけど……
「悪い! 俺がいきなり話しかけたから」
二階から少し大きめの声で、イオは申し訳なさそうに言ってきた。
大丈夫ですよと言おうとしたが、レンが私の前に立ち怒りを滲ませ、イオを睨みつける。
「わかってるのなら、今後は関わらないでくれないかな」
「は? そこまで言われる筋合いは――」
「俺は、関わるなと言ったはずだが?」
言い返そうとしたイオに、レンは低い声で言い放った。
レンの言葉や態度にイオは萎縮してしまい、顔を曇らせる。
「……っ、悪い」
一瞬、いつもと違うレンの姿を見た気が……ヤンデレの時に一人称が俺になって、口も少し悪くなる。そのイメージはあったが、まさか怒っている時もそうなるのか。まあ当たり前か、怒ってるんだもん。
推しは怒っていても絵になるなぁ。
しかし、その怒りが私に向けられたものではないとわかっていながらも、胸の奥がざわつく。
……もしかして、この『特別扱い』は、私が思っている以上に重いものなのかもしれない。
「レンさん。レンさんのおかげで私は怪我もありません。というか、この程度の高さならアザ程度で済むと思いますよ」
私がそう話しかけても、レンは怒りが抑えられないのか私を見ようとはしなかった。
いつもはあれだけ私を見つめて微笑みかけてくれるのに。
レンのこの反応、ちょっと過剰すぎるのではないだろうか?
「……僕が、大丈夫じゃないんだよ」
小さく、独り言のように言葉を吐き出したレン。
どこかをじっと見つめ、息苦しそうに呼吸を繰り返していた。
他に何か、かけられる言葉をと考えていると、レンは「ごめん」と言った後、魔法で姿を消す瞬間に、その金色の瞳がわずかに赤く光った気がした。
そんな設定あったっけ? それとも見間違い?
シンと静まり返った図書室。
授業中だったのが不幸中の幸いだろう。誰もレンの裏の顔を見て、ショックを受けることはなかったのだから。
イオは二階から飛び降りる。着地直前に風魔法を使って衝撃を抑えた。
私も魔法が使えたら、あんな感じで軽々降りてこられるのだろうか。そしたらレンに心配をかけることもなかったのに。
そんなことを思いながら、イオを見ていると、目の前で深く頭を下げた。
「ハヅキちゃん。本当に、ごめん」
「わざとじゃないんですし、気にしないでください。レンさんも、きっと驚いただけですよ」
「だと良いんだけど……」
イオは苦く笑い、頬を掻いた。
落ちても怪我をする程度、しかも骨折しても治療をすれば――あれ? 待てよ?
この世界の主人公しか治療魔法持ってなかった気がする。となると、怪我したら治療薬を飲んで安静にするしかないのか……!
レンに助けてもらってよかった……
立ち尽くしている私とイオ。何も話すことがなくただ沈黙のまま。
何か話した方がいいのかと悩んでいると、キンコンと授業終わりのチャイムが鳴る。
「……じゃあ、私はこれで」
「待って! あのさ、今日学校終わったら時間あるか? お詫びに飯ご馳走したいんだけど」
「ええ? いいですけど……あ、待ってください。先にレンさんの許可を――」
そう言ったところで腕を引かれ、誰かの腕の中にすっぽりとハマってしまった。
「許可しない」
こんなことをされたら脳内大パニックだ。一気に脳内を駆け巡る推しへの愛。
私、小さくてよかった〜! レン、いい匂いする……! レンの温もり……!
騒ぎ立てる脳内は、レンに聞かれたら困るほど。
やばい言葉が飛び出す前に、落ち着けと自分に言い聞かせていると、レンはイオに笑いかけた。
「なんでだよ! 別に飯誘うくらいいいだろ!」
少しレンより身長の低いイオは、下から睨む。レンはそんなイオを見て馬鹿にしたような笑みで言った。
私はいつ離してもらえるんだろう。心臓が持ちそうもないんだけど。
「そんなにハヅキとご飯食べたい?」
「迷惑かけたお詫びだ!」
「じゃあ、僕も行こうかな」
「は? お前が誰かと飯を!?」
イオはまさかついてくると言い出すと思っていなかったのか、目を丸くした。
レンって人とあんまりご飯食べないんだっけ……? でも私と朝ごはん一緒に食べたしなぁ。
「僕だって人と食べることはあるよ。ただ、タイミングが合わなかっただけ」
「でも、お前学食全然来ないし、女子の誘いも全部断ってただろ」
イオの言葉に私は思い出す。
そういえば、女の子から誘われても絶対頷かなかったよね。でも、ヒロインの前では美味しそうにご飯を食べてた。特別感があったし、スチルのおかげでテンション上がったなぁ。
レンに肩を持たれ私は我に返る。よくこの状況で私は回想を――!
「君が変なことを言わなければ、僕が呼び出されることもなかった。違う?」
「俺だって魔法で助けられたっつーの!」
「君の詠唱で間に合ったのかわからないけどね?」
「うぐぐ、こいつ〜!」
いつの間にか、二人の言い合いになっていた。休み時間ということもあり、人だかりもできてしまっている。
「と、図書室では静かにした方がいいんじゃ……」
「それもそうだね。それじゃあイオ、また放課後にね」
レンは私を抱きしめたままその場でワープ魔法を使った。
初日に黒い手に引きずり込まれた時のように、あの嫌な感覚が、一瞬だけ体を走った。




