4図書室の隅で
朝、九月二十五日
学校のチャイムの音で起きた。皆このくらいの時間に起きるように言われてるんだろうなぁ。
時間は七時。早すぎず、遅すぎず、ちょうどいい時間だ。
私は早速レンにもらったネックレスをつけて、用意してもらった新品な制服に着替えた。
パジャマまで用意させてしまい、ちょっと申し訳ない。
身支度を済ませてリビングへと行くと、すでに朝食が準備されていた。
表面が黄金色に輝くパンや甘い香りのするコーンスープ――他にもたくさんの料理が並んでいた。
「ごめんね。作りすぎただけだから、食べ切れる量食べてね」
「……えっ、待ってください? もしかしてこれ全部レンさんの手作り!?」
朝から推しからの供給がえらいことに。さっきまで眠かったのに、完璧に目が覚めた。
軽い足取りで椅子に手を掛けようとしたら、「どうぞ」とわざわざレンが椅子を引いてくれた。
推しの手料理、推しが引いてくれた椅子……過剰なまでの優しさに、思わず身構えてしまう。
このままでは、私の心臓が爆発してしまうのではないだろうか。
「ありがとうございます」
できるだけ興奮を抑えてお礼を言う。レンは相変わらず笑顔。これだけ良くしてもらっていると、私に好意があるのではないかと錯覚してしまう。さすがモテる男だ。
だが、それゆえ優しい止まりになりがちな私の推し。
友達にゲームを布教しても、どうしてもイオか他メインヒーローを好きになってしまうのだ。
レンの攻略を終わらせる前に、脱落してしまうのだ。
いかん、いかん。今はそんなことどうでもいい。推しと食事ができるんだから、今は目の前の料理に集中しよう。
「いただきます!」
「召し上がれ。口に合うといいんだけど」
心配そうに眉を下げたレン。推しの作った食べ物が口に合わないわけがない。そう思いつつ、一口。
「美味しい! というか、すごく私好みの味付けです!」
「よかった。君好みになるよう頑張ったんだ」
まるで私のお母さんが作ってくれたかのような味付けだ。用意してくれたもの全部食べてしまいたいレベルには好きだ。
どうしてここまで味付けが似ているんだろう? もしかして、ゲームの世界が私に合わせてくれている……とか?
ちょっと怖くなったが、料理には罪はない。
私は食べ切れるだけ食べて、レンにお礼を言ったのだった。
◇
レンは学校で授業。そして私はこれから見回りだ。
先生たちは、レンから話を通してくれているらしい。なので、私はただサボりを見つけたらボタンを押すだけの簡単なお仕事だ。
メガネをかけて、校内へと入る。
レンからもらったお手製の地図を頼りに、ぐるりと探索。先生の説明する声や、生徒の笑い声が、静かな廊下によく響いていた。
図書室に到着。階段を上がって端の方、あまり人が来ていないのか埃が溜まっているそんな場所。
そこにはイオが、かなり分厚くて大きな本を開いて座っていた。
「あ、サボり発見」
「げっ、見つかった――あれ、誰もいないな。声からしてハヅキちゃん?」
目の前に立っているのに、イオと視線が合わない。
イオは遠くを眺めたり、ぐるりと体を使って辺りを見渡したり。
「私、目の前にいるんだけど……」
イオの目の前で手をひらひらとさせてみたが、それでもイオは気づかない。
思い切って手を触ってみると、イオは私の手を握る。
その途端、イオは何か閃いたようで「あっ!」と声をあげた。
そして傍に置いてあった小さな本を開き、指で文字をなぞった後に私へと言う。
「多分、幻惑魔法がかかってるんだと思う。レンから何か身につけてろって言われた?」
「えっと、メガネとネックレス」
「じゃあ、メガネ取ってみてくれないか?」
言われた通りメガネを取ると、やっとイオと視線が合った。
イオは私を見て笑顔で言った。
「会えて嬉しいよ、ハヅキちゃん。ところで何をやってるんだ?」
「私は仕事です。サボりを見つける仕事」
「……マジ?」
衝撃の事実に、イオは顔を歪ませた。
――そういえば、乙女ゲームでも最初にイオをここで見つけるんだよね。
ヒロインはサボりじゃなくて、迷っただけだけど。
「マジです。このスイッチを押せば、先生が来て――」
「待って待って。お願いだから見逃してくれっ!」
スイッチを見せびらかしながらそう言えば、イオは勢いよく立ち上がった。
慌てる姿も可愛いね! て違う違う。
スイッチを奪おうとしたイオを避けて、私はスイッチを後ろへと隠した。イオはそれでも狙ってくる。
「……ここ、普通は入れない場所なんだよ。だから、誰にも見つからないと思ってたんだ」
このセリフ、聞いた覚えがある。最初に出会う時もそう言って、ヒロインに土下座してまで頼み込んでいたっけ。どういう本だったかは忘れてしまったけれど、確かキーアイテムだったはずだ。
そういえばヒロインは先生に言わない代わり、教室を教えて欲しいって頼んだんだよね。懐かしいなぁ。最初に攻略したメインヒーロー……
「おーい、聞いてる?」とイオが目の前で手を振る。
私はハッとする。私はすぐに頷き、イオのセリフを思い出しながら頷いた。
「はい! ここの先生が出張でチャンスは今日しかないって話ですよね」
「そうそう。だから、お願い! 先生は呼ばないで」
必死の形相に、私は思わず笑みがこぼれた。しょうがない。イオが可愛いから。
「わかりました。でも、今回だけですよ?」
あえてヒロインと同じセリフを言ってみる。ちょっと変な感じ。
その瞬間、イオはぱあっと顔を明るくして、スイッチを持っていない手を握る。
握られた手がじんわり熱い。
ちょっと照れちゃうな……
「ありがとう! 今度飯でも奢らせてくれな!」
そう言った後、すぐにまた本の方へと戻っていってしまった。まあ、イオにとってはかなり重要な本だったはずだし当たり前か。確かゲームでも出会いはあっさりだった。
「先生に見つからないようにしてくださいねー」
「おー! 今更だけど、メガネ可愛いよ!」
「ええっ!?」
階段を降りる最中に言われたせいで、私は動揺して足を滑らせてしまった。
その拍子に、レンからもらったネックレスが光った気がした。




