3彼からのプレゼント
「な、なんでハグなんですか!?」
声が響き渡ったことに顔を赤くし、すぐさま口元を押さえる。
幸い、この建物にいるのはレンと私だけ。
他の寮とも距離があるから、誰も聞いていないはずだ、と自分に言い聞かせた。
そんな私の驚きように、くっくっと喉の奥で笑っているレン。
またお淑やかとはかけ離れた私の慌てっぷりに、呆れてしまったことだろう。
「冗談だよ。ごめんね、一々反応が可愛くて、つい」
騙されたが、レンの良い笑顔が見られたのなら、冗談だったとしても良い。
無邪気な笑顔をありがとうございます……! 私は脳内で合掌をした。
可笑さもだいぶ落ち着いてきたのだろう。レンは涙を拭い、いつも通り落ち着いた調子で言った。
「やることは正直ないんだけど……せっかくの申し出だし、学校内の見回りでもしてもらおうかな」
「見回り? 具体的には何をすれば?」
「例えば、サボってる生徒を見つける。それを手の空いている先生に連絡」
「なるほど! でも、授業をとってなかっただけの人の可能性は?」
この世界の魔法学校は、大学のように自由だと聞いたことがある。必履修もあるけど、それ以外は基本どんな授業を受けてもいい。
となるとサボりかどうかなんて、私にわかるわけがないのだ。
「大丈夫。それは道具で確認すればいい」
レンは魔法で道具をいくつか呼び出した。
やっぱり魔法って便利だなぁ。
じっと見つめていると、呼び出した道具の中から1つ、私へと手渡してレンは説明を始めた。
「このメガネをかけると、今の時間に相手が何かの授業を受けているかわかるよ。何も頭上に写らなければ、空きコマだね」
「すごい! そんなことまでわかるんだ」
鑑定スキルみたいでちょっと面白いなぁ。
早速メガネをかけて、レンを見てみる。もちろん何も写らないが、レンズにはどの程度サボったかなどの詳細も書かれていた。レンは無遅刻無欠席だったけど。
さすが優等生。さすが最推し。文句なしだ。
「ふふ、そうだろう? ただし、魔法で隠蔽は可能なんだ。だから信用しすぎないようにね」
メガネをかけている私を、目を細めて笑うレン。なんだかとても嬉しそうだった。
「それと、これが先生を呼び出せるボタン」
次の道具を私に見せた。それは蓋付きのスイッチだ。赤いそれを押せば、職員室に情報が伝わるらしい。
「あと、これを君に」
「これはなんですか?」
どんな便利道具なのだろう。見たところ可愛らしいただのネックレスのようだが……
興味津々でレンを見ると、僅かに笑い、少し低い声で私に囁いた。
「なんだと思う?」
鼓膜を揺らす心地の良い声。だが、何かを含んでいるような、少々不安になる声色。
一瞬だけ背筋が寒くなった気がした。
いや、推しがあまりにもかっこよすぎて、血の巡りが鈍くなったのかもしれない。そうに違いない。
「私へのプレゼント、のわけないよね――」
「正解。君を守ってくれるお守りみたいなものだよ」
私の言葉にわざと被せるように言ったレンは、にこりと微笑む。
私へのプレゼントと知り、私は包み込むように両手でネックレスを握りしめた。
まだあって間もない推しからのプレゼント! 優しすぎるよこの男……!
「嬉しいです! 肌身離さずつけます!」
「ありがとう。そうしてくれると、君を見つけやすくて助かるよ」
嬉しさのあまり、脳内で『家宝だ!』と叫ぶ。
……危ない、危ない。オタクの私はすぐに誇張してしまう。
「……ん? 見つけやすい?」
「うん」
レンは説明もなく、笑顔でただ頷いた。特に説明するつもりもないようで、黙ってしまった。
……GPSみたいなものなのだろうか。
私が勝手にうろついて困ることもあるだろうし、妥当かも知れない。
「迷子になっても安心ですね。それなら、隅から隅までサボってる人を見つけてみせます!」
私がそう意気込むと、レンは少し困ったように笑った。
「そこまでしなくていいよ。君がサボりに恨まれたら困るし」
「報復的な……?」
「そうそう。報復的なこと。でもまあ、君に何かしてくる人がいれば、僕が対処するから遠慮なく言ってね」
彼の表情から、冗談ではないと直感した。この世界の「お礼参り」は、命の危機もあるのかもしれない。殺傷能力のある魔法だって存在するのだ。少しだけ、背筋が寒くなった。
「そ、その時はすぐにレンさんに言います!」
「うん。君が怪我をしないことが一番だからね」
微笑むレンの姿に私は何度見てもかっこいいなぁと思っていると、チャイムが鳴った。
聞き慣れた音だ。乙女ゲームをやり込みまくっていたのだから当たり前だけど。
その音を聞いて、レンは「今日はもう休もうか」と少々残念そうな表情を浮かべた。
……残念? それは私だ。きっと私が勝手に表情まで捏造してしまったんだろうな。
「おやすみ、ハヅキ」
「おやすみなさい、レンさん」
静かに扉を閉めたレン。しばしの沈黙の後、コツコツと歩く音が響き出した。
レンが部屋へと入った音を確認した後、私は柔らかいベッドへと寝転がった。
「推しのいる乙女ゲームの世界に転生してしまって、しかも推しの隣の部屋。しかもしかも、この棟にいるのはレンだけ……ちょっと優遇されすぎじゃない?」
隣の部屋の、レンがいるはずの壁にそっと耳を当ててみた。何も聞こえない。静まり返ったその壁の向こうに、彼が本当にいるのか、いまだに信じられない自分がいる。
「でも、この優遇って……ほんとにラッキーだけ、だよね?」
でもまあ、責任感は強いし、自分の親の学校で得体の知れない人がいれば気になるのかも知れない。
レンに構ってもらえるのなら、深く考えなくてもいいか。
私はそう思いつつ、隣の気配を意識しながら、ゆっくりと瞼を閉じた。




