2彼の隣で
森を抜けて大きな学校へと足を踏み入れた。その瞬間、まるでスポットライトを浴びたかのように、周囲の視線が一斉に私へと突き刺さった。
きっと私が人気者のレンと一緒にいるから、みんな気になるのだろう。
挨拶でもしようかと振り向こうとした。しかし、挨拶しようと振り向くより先に、レンが私の手を強く握りしめた。
レンは学長室の前までたどり着いたところで手を離し、私へと振り返る。
「今から話してくるからね。君はここで待ってて」
「私、挨拶しなくていいんですか?」
「そこまでしなくていいよ。君みたいな可愛い子を連れてきたとなれば、面白がって茶化されそうだからね」
「か、かわっ!?」
動揺のあまり、言葉が出なかった。まさか推しに『可愛い』と言われるなんて思わなかった。
動揺している私をよそに、「じゃあ、行ってくるね」そう言ってレンはノックもせず学長室へと入っていった。
どのくらい待つのだろう、そう思いながら廊下の椅子に腰掛けた。
時計は授業の始まるちょっと前。日付は九月二十四日。
外で何かしているのか、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。私も魔法が使えたら、皆とこの学校に通って、魔法使いにでもなれたのだろうか。
ゲームのように手をかざして、「いでよ、水!」と言ってみた。
だが、水が出る様子はない。
やっぱり、元の世界の体がそのままこちらに飛ばされただけなんだろうな……。
「あれ? 学長室の前に女の子がいる」
「え、あっ、こんにちは……」
突然現れた人に、私は挙動不審。これだから陰キャは……と心の中で自分に突っ込みながら、椅子から立ち上がる。
「蓮月って言います」
頭を下げ、私は自己紹介をする。
男子生徒はレンと一緒でどこか見覚えのある見た目。
赤色の髪に、少しつり上がった緑色の瞳。快活な笑顔がよく似合う。
まるで彼は、ゲームのメインヒーローであるイオのようだ。
「こんにちは、ハヅキちゃん。俺はイオって言うんだ。よろしく」
やっぱり当たってた!
レンと違ってちょっと可愛い系の見た目に声。性格も文句なしに良くて、メインヒーローに相応しい人だ。
「もしかして、ハヅキちゃんは転校生?」
「あー、えっと……」
「イオには秘密」
なんて説明したものかと悩んでいると、すぐにレンが間に入ってくれた。
「え〜! なんでだよ、いいだろ聞いたって」
「イオはすぐに言いふらすからダメ。隠し事してたら顔でバレちゃうし」
「ほら、行こう」イオを遠ざけるようにレンは私の手首を掴んで歩き出す。
「今度もっと話そうぜ! あんたとなら、楽しい話ができそうだ!」
軽やかな声に、メインヒーローらしさを感じた。
この世界にいるのは当たり前だが、まさかこんなにも早くイオに会えるなんて思いもしなかったな。
そんなことを思っていると、レンは小声で言う。
「イオは誰にでも親切だけど、口が軽くてね。君のことは、僕だけの秘密にしておきたいから」
指を唇に添え、レンはクスッと笑った。
そういう反則技使わないでもらえませんかね!?
言いたい気持ちを抑え込んで、私は収まらないにやけに口元を押さえた。
「……不意打ちやめてくれませんか」
「ふふ、君次第かな」
楽しそに笑う姿に、鼓動が早まる。このままだと早死にするかもしれない。
◇
レンが学長の息子ということもあり、すぐに私用の部屋を用意してもらってしまった。
ありがたいことではあるのだが、なんと部屋はレンの隣だと。
ゲームプレイ中には気づかなかったが、レン別棟でいつも過ごしているらしい。
これって、エンディング後誰にも気づかれず、イチャイチャし放題だったてことじゃない!?
夢のような二人きり……スチル、見たかったなぁ!
大興奮で頭の中には、次々と喜びの言葉が浮かんできていた。
だが、表向きは無言だったこともあり、レンは申し訳なさそうに謝罪をした。
「ごめんね。女子寮に空きがなかったみたい」
「全然大丈夫です! 一人部屋を用意してくれただけでも、かなりありがたいです!」
「それならよかった。ここには君の知り合いはいないし、事情を知っている僕の近くの方が、君も安心だろう?」
レンはこんなにも親切――だけど、恋を知ると病んでしまう。その姿が私の心を掴んで離さなかった。
でもまあ、多分私がその好意を向けられることはないだろう。なんせレンのタイプと真逆だし!
そんなことを思いながらも表向きは微笑むだけに留める。
「レンさんに見つけてもらえてよかったです」
「あはは。……僕を疑わなくて大丈夫?」
一瞬だけ真顔になったレン。少しだけ冷たさを感じたその言葉に、私は首を傾げた。
騙されやすそうだから心配してくれているのだろうか。
「なんでですか?」
「あまりにも素直だから。この世界に連れてこられた理由とか、普通は第一発見者の僕が疑われそうだなと思ってたし」
「君に疑われる覚悟、してたんだよ?」と冗談めいた言い方でレンは言った。
「……なるほど。確かに言われてみればそういうことも考えられますね」
といっても、レンの好きなタイプとは全然違う私を、この世界に連れてくる動機なんて、レンにはないはずだ。
となれば何らかのアクシデントに決まっている。
「でも、レンさんはそんなことしないですよね?」
「初対面なのに、かなり信頼されてるね」
「勘です!」と私は胸を張って言った。
すると、レンは肩を揺らして笑った。けれど、金色の瞳は一瞬も私から逸らさなかった。
「ここだよ」そう言って連れてきてもらったのは、私の部屋になる場所。
扉を開けると、埃1つない綺麗な部屋だった。白を基調としており、柔らかい照明。そのおかげか温かみがありリラックスして過ごせそうだ。
「自由に過ごしてもらって構わないよ」
何もせず自由。それはかなり嬉しいことだ。だが、何もしないとなると、それはそれで落ち着かない。どうせなら学校に通わせてもらって皆と勉強を――とも思ったが、習ったからと魔法が私に扱えるのか、そもそも魔力があるのかもわからない。
「清掃員として働かせてもらえませんか?」
「魔法ですぐ片づいちゃうから、清掃員はいらないかな……」
「そっか。……何かできることないですかね?」
「そんなに何かしたい?」
そう言われると、違いますと言いたくなってしまうな。遊び呆けてはいたいので。
実際は不安だから、何かしら仕事を与えられていた方が楽だという話になる。
でも、そんな打算的な行動は、レンはあまり好きじゃないだろうな……。
それでも私は笑顔で頷く。
「はい! レンさんの役に立ちたいです!」
そう言えば、レンは頷いた後、顎に手を添えて考え始めた。
「じゃあ、こうしようか」
レンは閃いたようで、笑顔で私を見た。
「1日1回、僕とハグする」
「ええ!?」
一瞬、耳を疑った。レンは微笑んだまま、私をじっと見つめていた。




