13結
側で聞いていたイオは、首を傾げた。
「正直さ、レンがそこまでハヅキちゃんに執着する理由がわからないんだけど……」
「ハヅキは魅力的だろう?」
レンは"何を言っているんだ?"とでも言いたげな顔をしているが、正直私もそこは気になる。
「いや、そうかもだけど! ……お前って、かっこよくて頭もいい。だから女子にモテモテだろ? なのに、なんでわざわざ外の女子――ハヅキちゃんにご執心なのかって話」
あまり気が進まないようで、レンはイオを見て顔を顰めた。
だが、イオは「話しにくいことなのか?」と、気にしている様子はなかった。
「……まず、ハヅキは俺の内面を否定しない」
「や、あの、あれは否定して逃げたようなものでは……?」
自分で言うのは抵抗があるが、実際怖くて逃げいている。
だが、レンはキョトンとした顔で言った。
「あれは驚いたからだろう? 俺が言いたいのは、"いつもの優しいレンに戻って"なんて、まともに知りもしない俺の暗い部分を否定する奴のことだよ」
「その弱いところがいいのに?」
つい口にしてしまった言葉に、私は口を覆った。
だが、レンは目を細め、満足そうに、だが少し不気味に見える笑顔で頷いた。
「……君のそういうところが、俺は好きだよ」
「ということは、自分の都合のいい女がハヅキちゃんだったってことか」
「イオさん!?」
そういう解釈するとは思わず、私は驚いた声でイオの名前を呼ぶ。
だが、レンは動じない。むしろ頷いた。
「……そうかもしれないね」
イオの言葉でレンは意気消沈している様子。そんなレンを無視して、イオは私を見つめた。
「やっぱり、レンはやめて俺にしないか? 俺はハヅキちゃんを怖がらせることなんてしない。ハヅキちゃんを利用して心の穴を埋めようなんてこともしない」
心臓が跳ねた。イオの言葉に、一瞬だけ心が揺れる。
怖い思いをしたくない。普通に、優しくしてくれる人の方が――。
けれど。消え入りそうに俯くレンを見てしまうと、胸の奥が痛んだ。
何度も壊れて、それでも私を求め続けた彼を。
――推しだから。
――この人には、私がいないとダメだから。
イオに握られていた手をそっと離して、私はレンを見る。
「……やっぱり、私はレンさんを選ぶよ」
レンが目を見開いた瞬間、イオは苦い顔をして目を伏せた。
レンは抑えきれない興奮に、イオを押し退けて私の手を握った。
「――本当に、俺でいいの? きっとまた感情的になって、君を怖がらせてしまうかもしれないよ?」
口ではそう言っているが、レンは私の手を強く握っており、離してくれる様子はない。
そんなレンの手を握り返して私は言う。
「私が別の男のところに行ったら死んでも止めるくせに、今更じゃないですか?」
「……そうだね。もし君がイオを選んだら、俺はまた死のうとしただろう……まあ、死にすぎて死ぬことさえ拒まれ始めたけど」
試しに自身に攻撃魔法を唱えたレン。小さな火玉はレンに当たる前に消え失せた。
他の魔法を試してみても、結果は一緒だった。
「……もしかして、レンさんの瞳の色って、死のうとしている時に変わるんですか?」
火玉をぶつけようとした時、また一瞬ではあるが、瞳が赤く光っていた。
レンは驚いた表情を浮かべたが、すぐに微笑む。
「よく見てるね……そうだよ。死にすぎて警告されてるって感じかな。そんなことより、よかった。死にも拒まれて、君に拒まれたとなれば、もういっそ君の世界に行く方法を考えるところだったよ」
レンは冷えた体で私をぎゅっと抱きしめた。
押し退けられたイオは、呆れた表情を浮かべている。
そして、一切自身を視界に入れないレンに眉を顰めた。
「俺がいること忘れてね?」
「……まだいたのか。帰ってくれないか?」
「ひっでぇ。祝福はしてやるけど……ハヅキちゃん、もしレンが嫌になったら遠慮なく俺の元に来てくれよな」
イオはまだ気になっているのか、何度か振り返り、少し寂しそうな表情を見せた。
だが、私に手を振った後、静かに寮から出ていった。
二人きりになったリビングで、私はレンに問いかける。
「レンさん、私とイオさんの記憶があるのって、もしかしてわざとだったりしませんか?」
なんとなくで質問してみた私。レンはふっと笑い、頷いた。
「……ハヅキに隠し事はできないね。そう。ちょっとだけ、二人には期待していたんだと思う。俺が何をしているのか、そんな俺を受け入れてくれるのか」
抱きしめられているのでレンの表情は見えなかったが、声色は先ほどよりも落ち着いて聞こえた。
「……本当に、君が僕のそばにいるんだね」
体を離し、私の顔をじっと見つめた。
弱々しく私の肩に触れているレンの手は、熱を帯びて震えていた。
「……レンさん?」
問いかけると、彼は少しだけ笑った。
「何度も……何度も死んで、そのたびにやり直したんだ。でも、どうしても君が手に入らなくて……」
レンの瞳は、罪悪感と安堵が入り混じったように揺れていた。
「怖がらせたくはなかった。だけど……君がいなければ、僕は壊れてしまう」
レンは顔を伏せ、「ごめん」と小さな声で呟いた。
私はそんなレンを優しく抱きしめ、彼の頭を撫でた。
「大丈夫ですよ。私はレンさんの側にいます。この先ずっと一緒にいましょうね」
そう言葉をかけると、レンは泣いているのか少しだけ体を震わせた。